違い
宇宙から降りてきた戦艦なだけあって、装備もかなり厳重だ。
装甲もだが、扉は何重にもなっている。
イジーたちが乗っているものは確かに宇宙でも飛べるが、主に地球の作業を前提としているため、この戦艦ほど厳重な装備は無い。
「…大きさの割に、搭載している兵器は少なそうですね。」
イジーは乗組員の数と内面から想像できる戦艦の広さでそう呟いた。
「ああ。そうなんだよ。まともなドールパイロットは今ほとんど地球にいるだろ?宇宙にもいるけど、それは全部パトロールに回される。」
マリク大佐は困ったように言った。
先ほどから彼は困った顔をしかしていないな…とイジーは思った。
「ここだけの話…場合によったら、私がドールで出るようにしているんだ。軍規則の中で、現場判断という曖昧なものがあるだろ?それの濫用に近いが、そうでもしないと回らない。下手したら死人が出る。なら私が出た方がいい。」
マリク大佐はやはり困った顔をしている。
だが、イジーは意外だった。
会ってから彼は消極的とまでは行かないが、どこか他人に振り回されている感覚があったからだ。そんな彼が直接的に言わなくても、自身のドール操作がまともということを言っているのだ。
「…自信があるのですね。」
「こう見えてもドールには10年以上乗っているからな。…おそらく、最初の小隊に割り当てられていた。中々苦労したが、慣れると戦闘機よりも乗れるものだ。」
マリク大佐は目を細めて言った。
彼は本当にドール操作を得意としているらしい。
だが
「…意外です。いえ、ドールパイロットは…その若い方が多いイメージが…」
「事実だから仕方ない。だから私は前線に割り当てらなかったのだ。若くないから半端な経歴があって、捨て駒に出来ない。私が若かったら…今頃いないのではないか?」
マリク大佐は皮肉るように言った。
イジーはさらに彼の評価が変わった。
昔の上層部に対して憤りを持っている。
そして、“捨て駒”というときに口を歪めている。
考えてみると、彼は色んな作戦を見てきたのだ。
色んな悲劇も見てきたのだ。
「…まあ、私にあるのは…見てきたという経験だけだ。前線に出ていない分やはりドール操作は緊張感が欠ける。」
マリク大佐は寂しそうに笑った。
彼が言った“見てきた”という言葉が、なぜかとても重く悲しく感じた。
「要は、年数は長いが、君よりは場数を踏んでいない。可憐でも君の武勇は聞いているよ。もちろん少佐のもな。」
マリク大佐は一変して顔をほころばせて笑った。
「そんな大したものではないです。生きるのに必死だったので…」
「いやいや。そこで生き残れるのがすごい…」
「ルーカス中尉。」
マリクが言いかけた時、イジーを呼び止める声がかけられた。
艦長であるマリク大佐が話している最中だというのに、中々教育の行き届いた乗組員だとイジーは思った。
マリク大佐はいつものことなのか溜息をついていた。
「あ、大佐。出かけるんですか?」
イジーに声をかけた乗組員はわざとらしくマリク大佐に今気づいたような顔をした。
まさに、軍にあってはならないものだ。
だが、マリク大佐は咎める様子もない。
「どうした?俺はこれからお前らの憧れの少佐に会いに行くぞ。羨ましいか?」
マリク大佐はイジーの時とは口調が変わっていた。
おそらくこの大佐の特色のようだ。
気楽さを好む。
無礼なやり取りに見えるが、間には信頼があった。
「え?ずるいです。俺も…ていうよりもみんな行きたいと言いますよ。」
「後でいいだろ?どうせ長くこのドームの処理に追われるんだ。」
「そうですね…と、ルーカス中尉すみません。お呼びしたのに、大佐のせいで」
イジーに声をかけた乗組員は飄々と言った。かなり若い。おそらくイジーと同い年くらいだろう。
「いえ。それよりもご用件は?」
イジーはあっけに取られて口が開きっぱになっているのに気付いて慌てて口を閉じて真面目な顔をした。
「ええ。実は軍本部に連絡を取りたいのですけど、出来ればルーカス中尉かウィンクラー少佐も一緒にいればいいかなと思いまして…とは言っても、また通信機の調子が悪くなったので待たせると思いますが…」
乗組員はイジーに縋るような目を向けている。
「…調子が…今は何を?」
「今は技術員が見ています。地球に降りて来てからずっと調子が悪いんですよ。本当は本部に行って機器を変えようと思ったんですけど、そうもいかなかったので…」
乗組員は困ったように言った。
どうやらこの戦艦に人間はだいたい困っているようだ。
そして、どう見ても権力に執着しているような、手柄欲しさに他人を押しのける人間には見えない。
「わかりました。すみません、マリク大佐。このことも少佐達に伝えてください。」
イジーは頭を下げた。
「いやいや。こちらこそ申し訳ない。私はどうも、上層部が苦手で…変わったはずなのに変わっていない空気があるからな。」
マリク大佐はイジーには丁寧にだが、上層部に対して冷ややかな感情を見せて言った。
「ああ、悪い悪い。私は総統は好きだよ。それ以外が嫌いなだけだ。」
マリク大佐はイジーを見て慌てて言った。
おそらく言っていることは嘘ではないだろうが、結構とんでもないことを言っている。
「…では、今度そう伝えます。」
イジーは思わず笑った。
マリク大佐は自分がとんでもないことを言ったと思っていないようで安心したように笑っていた。
「じゃあ、ルーカス中尉からと言って行くから、彼女をくれぐれも頼んだぞ。」
マリク大佐はイジーに声をかけた乗組員に指を差して言った。
乗組員はふっと笑ってから、表情を引き締めて敬礼をした。
そのギャップにイジーは驚いたが、やはり二人の間には信頼があるのだと感じた。
目の前をすさまじい勢いで光の束が通り過ぎる。
何かをくぐって、何かをほどいている。
が真っ暗なものになった。
リコウは今、目を閉じている。
視界から入ってくる情報と光の束の情報、両方が同時に存在することに慣れていないからだ。
今、目を閉じている風景だ。
リコウは目を開いた。
「…少し待った…」
どうやらリコウからコウヤが手を外したようだ。
かなり大量の汗をかいている。
そして、息切れもしている。
「大丈夫か?」
ウィンクラー少佐が心配そうに駆け寄った。
「…情報漏洩は、この端末からで間違いない。…何よりも使っているネットワークが、テロリストのものだ。」
コウヤは近くにいた兵士に渡されたタオルで汗を拭きながら言った。
「漏洩の内容は確認できなかったらしいが、端末のネットワークが違うなら朗詠は確定だな。」
ウィンクラー少佐は顎に手を当てて唸りながら呟いた。
「でも、お前がそんなに疲れるなんて、どうした?」
マックスはコウヤの顔を覗き込みながら訊いた。
「事態は深刻だよ。マックス。俺がここから感知できないレベルまで広がっている。もしかしたら地球だけに留まらないかもしれない。」
「…とすると、この端末のような状況になっている奴がまだあると?」
マックスは先ほどまでコウヤが探っていた、ルリのものだった端末を指して訊いた。
「そうだな…。というよりも点在しているんだと思う。各地に…あちこちに広がっているのを見ると、中継の役割をするものも、受信する施設もあるんだと思う。」
「…これは、上に報告すべきものだな。下手したら軍の情報も取られているかもしれない。」
ウィンクラー少佐はコウヤにタオルを渡した軍人に目で何かを命じた。
おそらく本部にこのことを報告させようとしたのだろう。
「準備がいいな…ただのテロリストが手に負えるようなものじゃない。」
マックスはコウヤとウィンクラー少佐を順に見た。
「こんなことを出来るのは…」
マックスは続けて何かを訴え得るような目を向けながら言った。
「カワカミ博士じゃない。」
だが、コウヤはマックスの訴えを否定した。
「それは俺も思う。…あの人は好奇心があるが、ここまで直接的な手段を取ることをしない。それこそ…見ているだけだ。」
ウィンクラー少佐もコウヤに頷いた。
「今だってそうだろ?」
マックスは少し冷ややかだった。
「ヤクシジを鍵にした理由がわからない。…こればかりは本人に会わないと…何とも言えない。」
コウヤはリコウをチラリと見て言った。
「…それはそうだけど…他に誰が…」
「俺は、ドールプログラムが自ら成長した形だと思っている。」
ウィンクラー少佐は断言するような口調だった。
「俺も同じ意見だ。カワカミ博士は仕組みを開発できても、ネットワークに介入できる力はない。」
コウヤはマックスを宥めるように頷きながら言った。
「そうだな。…この情報漏洩の対策に移るんだろ?」
マックスはしぶしぶ頷くと、すぐにニヤニヤしながらリコウを見た。
リコウは何で見られたのか分からず、コウヤとウィンクラー少佐を見た。
「…まあ、どこまで漏洩したのか分からないから、それが一番だと思うけど…」
コウヤはリコウを気の毒そうに見ていた。
「あの、俺に何を?」
リコウは含みを持たせる言い方をするコウヤと、ニヤニヤと冷やかすような目を向けるマックスを見ても何を言われるのか分からずにいた。
「本人に訊くのが手っ取り早いってことだ。この端末の持ち主であるルリ・イスターに訊くということだ。」
ウィンクラー少佐は困ったように頭を抱えた。
「でも、何で俺?」
「察しが悪いな。お前の方が口を割らせられるはずだということだ。ああいう類の乙女は下手な軍人より口が堅いし、厄介だ。」
気の毒そうな顔をしたジュリオがリコウの傍に寄って囁くように言った。
「聞いただろ?脳筋でも察せられるのに、お前実はバカなのか?」
マックスもリコウを気の毒そうに見ている。
「…だが、やはりこちらで聞いて口を割らなければ頼むことにしよう。リコウ君はまだコウヤとその端末とネットワークを探って欲しい。」
ウィンクラー少佐は汗が引いたコウヤを見た。
「そうだな。それに、ヤクシジには探る練習をしてもらいたいから、今がいい機会かもしれない。」
コウヤはリコウの肩を軽く叩いた。
マックスは少し残念そう顔をして居る。
たぶんろくなことを考えていない。
とりあえずこれからの作業が決まったところで、ピーピー…と通信が入った音が響いた。
「…どうした?」
ウィンクラー少佐が少しだけ張りつめた声で訊いた。
『少佐。少しいいでしょうか?あの、…救援に来た戦艦の艦長であるカルム・ニ・マリク大佐が来られています。』
戦艦の内部にいる軍人からで、ウィンクラー少佐に客人らしい。
「…ルーカス中尉が向こうに行ったはずだが…」
『それが、ルーカス中尉かららしくて、情報の食い違いがあるということで、その確認をして欲しいらしいです。』
「え?」
ウィンクラー少佐は、意外な間抜けな声を上げた。
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。元々ゼウス共和国の人間だったが、3年前に両親を火星で亡くす。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。
コウヤ・ハヤセ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。リコウが通っている研究室の先輩。リコウからは苦手意識を持たれている。人の感情の変化を読むのに長けており、何やら不思議な力をもっているらしい。「フィーネの戦士」の一人。養母がレイモンド・ウィンクラー総統と結婚したため戸籍上ではウィンクラー少佐と兄弟になっている。
マウンダー・マーズ:
みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人でもあり「英雄の復活を望む会」から狙われる。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれ、実績もあり、有能で有望。ドールプログラムの声に苦しんでいる。コウヤとは付き合いが長く親友であり、さらに戸籍上では兄弟になっている。元の名前はシンタロウ・コウノ。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者のようだ。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。
イジー・ルーカス
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。機械的で事務的な話し方をするが、健気でシンタロウに尽くしている。
ユイ・カワカミ:
アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。体育会系の体型をしている。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。ウィンクラー少佐の外部部下と任命される。
カルム・ニ・マリク:
月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・コードンの上官である。
オクシア・バティ
第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。叔父であるカズキ・マツを捨て駒のような作戦で失ってから軍とは距離を置いている。タナ・リードから色々な話を聞かされた。
ルリ・イスター:
第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった可能性がある。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。
ハクト・ニシハラ:
第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリー)
「フィーネの戦士」の一人。苗字を変えて第三ドームの大学に通っていた。シンタロウを妨害した黒いドールのパイロット。
レイラ・ヘッセ
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。
ジョウ・ミコト:
ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。
タナ・リード:
第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間でレイラと因縁があるようだ。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、元中佐。宇宙一の戦士と呼ばれ、若い世代を中心に敵味方関係なく崇拝する者が多かったほどのカリスマ性と存在感があった。3年前の作戦で戦死したと言われている。




