引き合わせ
シンタロウは廊下に出て、溜息をついた。
『第六ドーム…行きたくないのは、君の方だよね。』
また声が聞こえた。
後ろにいる気がする。
黒い髪の、細い、色の白い、白衣を着た研究者。
チカッ
とシンタロウは目の前に変な光を見た。
立ち眩みをして、壁に寄りかかった。
点滅するように見える光。
混ざった光の視界。
認識した途端に、暴力的にシンタロウの世界に踏み込んできた。
「…俺に、何を望むんだ…」
シンタロウは頭を抱え、正体の分からない、いるのかすら分からない存在に呟いた。
「シンタロウ!!」
頭を抱えるシンタロウを見つけたイジーは彼に駆け寄った。
彼女の他に、ユイとアリアもいた。
「ちょっと、大丈夫?」
アリアもイジーと同じく心配そうに見ていた。
「…シンタロウ、もしかして…」
ユイは険しい顔をしていた。
シンタロウは目を伏せた。
「何か心当たりあるの?」
アリアはユイを見た。
「…プログラムが何か声をかけてきているんでしょ?」
ユイはシンタロウを問い詰めるように見た。
「…わからない。きっと、疲れによる幻聴だ。」
シンタロウは首を振った。
「シンタロウ。」
イジーがシンタロウを叱るように呼んだ。
シンタロウは俯いた。
「プログラムのことに関することは、隠しちゃいけないって。わかっているの?」
ユイがシンタロウを責めるように言った。
「そうよ。シンタロウ。…辛いならそれも言わないと…」
アリアが言いかけると
「辛いとか俺は言ってはいけないんだ!!」
シンタロウは自分に言い聞かせるように叫んだ。
アリアとユイは目を丸くした。
「二人はわかっているだろ?俺がどれだけの犠牲を出したか…俺の手でだ。俺の感情を優先することはダメなんだ。」
シンタロウは訴えるように言った。
「あんた…全部背負う気なの?」
アリアは信じられない者を見るようにシンタロウを見た。
「一人ではないです。…私もです。」
イジーはシンタロウの肩に手を添えた。
「…それは私たちが言うことではないけど、プログラムに関しては…揺らぎを狙ってくるんだよ。シンタロウ。わかっているでしょ?私たちが…どうなっていたか。」
ユイは心配するようにシンタロウを見た。
「わかっている。俺は近くでレイラを見ていた。」
シンタロウは苦い顔で頷いた。
「マックスに全て話してしまった方がいいよ。今はコウもプログラムの研究者だし…感情優先じゃなくて、心の隙間を狙われないように防御するって考えて。」
ユイはシンタロウとイジーを見て言った。
「そうよ。全く、いいこと言うわよね。」
アリアはユイの頭を撫でた。
「へへへ。」
ユイは嬉しそうに頭を撫でられていた。
「…ユイさんたちの言う通りね。シンタロウ。コウヤさんたちに言いなさい。」
イジーはシンタロウの肩を叩いた。
シンタロウは少し眉を顰めた。
「あなたが本音で、本気で話せるのは…コウヤさんだけですよね。」
イジーは少し寂しそうに言った。
「イジーもだ。」
シンタロウは口を尖らせて言った。
「もうやめてよ。ここでそんな惚気…全く、ユイ。行くわよ。」
アリアはユイの肩を掴んで歩き出した。
「うらやましー」
ユイも冷やかすように言うとアリアに引っ張られて行った。
「同じ声を聞いているあの子にも何か聞いてみれば?」
イジーはシンタロウに提案するように言った。
「あの子…リコウか?」
「ええ。別にあなたの感情を言うんじゃなくて、彼にも何か接触があるかどうかよ。」
イジーは訂正するように言った。
「…そうだな。…ただ、俺はわからない。」
シンタロウは頭を抱えた。
イジーはシンタロウを見つめていた。
「何で…彼らが鍵となったのかだ。」
シンタロウはイジーに問いかけるように言った。
「アズマさんを止めるために、とリコウさんは言われていたけど…」
「暴走する可能性を見抜いてたとしたら…目的は破壊も含んでいるのか…」
シンタロウは首をひねった。
「あの二人は、特別な能力も無い…どうしてだ?」
シンタロウは疑問が解けないのか、未だに首をひねっていた。
ディアとハクトはレーダーを見ながら注意深く周りに気を配っていた。
自分達の正体が乗っている飛行機からバレることは無いだろうが、油断はできない。
「あと少しで…リオとカカの元に着く。」
ハクトは溜息をつきながら言った。
「正面からじゃ入れないだろうから、遠隔操作で港を開かせる。」
ディアは疲れた様子だった。
「俺がやろう。お前は休め。」
ハクトはディアの肩を叩いた。
「いや、ハクトが休むといい。私にやらせろ。」
ディアもハクトの肩を叩いた。
「いや、俺が」
「私が」
「俺が」
「わた…」
譲り合いの途中で、二人は表情を変えた。
「おい…クロスだ。」
ハクトはディアを見た。
「ああ。…第16ドームにいる。」
ディアはハクトを押しのけて操舵席に座ろうとした。
「俺が操作したままでいいだろう。…ディアに遠隔操作を頼む。」
ハクトはディアの手を優しく払って言った。
「わかった。」
ディアは頷いた。
二人の飛ぶ飛行機は速度を上げ始めた。
「あのバカ…とっちめてやる。」
ディアは眉を顰めて言った。
「同感だ。俺も…連絡が取れなくなってどれだけ心配したか…」
ハクトが言うのをディアは横目で聞いていた。
「…変な誤解するな。だいたい噂は噂だ。俺にはディアだけだ。」
ハクトはディアの視線に気づいて付け加えるように言った。
「それは知っているが…噂でもいい気分じゃない。」
ディアは口を尖らせて言った。
カカとリオはどうにか港まで人目に付かず出られた。
前を走るヘルメットを被る人物を二人は心強そうに見ていた。
彼は周りを見渡し、二人を物置に案内した。
「ここで待つといい。…ハクト達が直ぐに来る。」
彼は人差し指を立てて言った。
「ハクトさんたちが…」
リオは安心したようにその場に座り込んだ。
「ありがとうございます。」
カカはヘルメットの彼に頭を下げた。
彼は二人の様子を見て、頷き、走り出した。
「あ!!待っ…」
カカが彼を追おうとしたが、他の人の声が聞こえたため、直ぐに黙った。
見つかったら全て台無しになる。
リオとカカは目を合わせて頷き合い、息を潜めた。
豪華な暮らしをしていたので、狭い場所は久しぶりだった。
二人は数年前にフィーネに乗った。
そして、そこで作戦に参加し、命を危険に晒しながらも微力だが成功へ協力した。
ガタン
ゴゴゴ
何やら港に何か入ってきたようだ。
警告音もなしで入ることがあるのか?
リオとカカは不安になって、とっさに息を止めた。
もちろん二人がいるのは倉庫なので、直ぐには問題ない。
ゴゴゴゴン
思った以上に早く港が閉まる音が響いた。
あまりに反応がいい気がした。
入ったのは何か知らないが、小規模のものだ。
リオとカカは二人息を止めながら、外の様子を見た。
小さな飛行機のようだ。
二人の男女が…
姿を確認した途端、リオとカカは倉庫を飛び出した。
男女も二人に気付いて駆け寄ってきた。
「「ハクトさん!!元総裁!!」」
リオとカカは二人の男女、ハクトとディアに飛びつく勢いで走った。
ディアは素早く避けたが、ハクトは二人を抱き留めた。
「怖かったよー!!」
リオはハクトにしがみ付いていた。
「みんな怖いよー」
カカも同じように抱き着いていた。
ディアは二人の後ろを見た。
「…クロスは?」
周りを見渡し、さらに探していた。
「…ここまで案内してくれたんですけど…」
カカは申し訳なさそうに周りを見た。
ハクトは少し落ち込んだ様子を見せたが、二人の肩を叩いた。
「…行くぞ。早く乗れ。」
ハクトの言葉にリオとカカは頷いた。
四人は小型の飛行機に乗り、第16ドームを出た。
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。いずれはドールプログラムの研究に関わりたいと思っている。元々ゼウス共和国の人間だったが、3年前に両親を火星で亡くす。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。
コウヤ・ハヤセ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。リコウが通っている研究室の先輩。リコウからは苦手意識を持たれているが、ドールプログラムに詳しく学内では頭一つ抜けた頭脳を持っているようだ。人の感情の変化を読むのに長けており、何やら不思議な力をもっているらしい。「フィーネの戦士」の一人。養母がレイモンド・ウィンクラー総統と結婚したため戸籍上ではウィンクラー少佐と兄弟になっている。
マウンダー・マーズ:
みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人でもあり「英雄の復活を望む会」から狙われる。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれ、実績もあり、有能で有望。コウヤとは付き合いが長いらしい。戸籍上ではコウヤと兄弟になっている。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者のよう。
イジー・ルーカス
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。ウィンクラー少佐の精神的主柱。
ユイ・カワカミ:
アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。体育会系の体型をしている。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。リコウを信用していない。ウィンクラー少佐の外部部下と任命される。
オクシア・バティ
第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。叔父であるカズキ・マツを捨て駒のような作戦で失ってから軍とは距離を置いている。
ルリ:
第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いているようだ。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。
ハクト・ニシハラ:
第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリー)
「フィーネの戦士」の一人。苗字を変えて第三ドームの大学に通っていた。シンタロウを妨害した黒いドールのパイロット。
レイラ・ヘッセ
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。
ジョウ・ミコト:
ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。
タナ・リード:
第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間でレイラと因縁があるようだ。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、元中佐。宇宙一の戦士と呼ばれ、若い世代を中心に敵味方関係なく崇拝する者が多かったほどのカリスマ性と存在感があった。3年前の作戦で戦死したと言われている。