招き手
燃える町、ひたすら破壊だけを尽くされた景色。
『こちら駐在軍です。市民も無差別に襲われています。』
息を荒げながら連絡する軍人の後ろで沢山の銃声と爆発音が響く。
そして断末魔。
「これが送られてきたのが6時間前で、今は連絡も取れない。」
ウィンクラー少佐は部屋のモニターに映った映像を止めて説明した。
「ひどい。なにこれ。」
ユイは眉を顰めていた。
「軍の施設だけならわかるけど、これは市民を標的にしているわね。」
アリアも顔を歪めていた。
「…」
コウヤは何かを思い出しているのか、黙っていた。
「これを、兄さんが?」
「いや。下っ端だ。正直言うとお前の兄は幹部クラスだろう。奴がいないとテロリストはネットワークを自由に支配できないのだからな。」
ウィンクラー少佐は淡々と言った。
幹部クラス
「だが、それなら俺らでなくても対応できるんじゃないのか?」
コウヤは首を傾げて言った。
「入ってくる奴も無差別に襲うんだ。シェルターに避難している市民がいる可能性がある限り、軍も手を尽くす姿勢を見せないと叩かれる。こんな時だけ総統を引っ張り出してきたらしい。」
「だから戦士であるあなたが艦長をしている戦艦が選ばれたわけね。」
アリアは皮肉気に笑った。
「…そうだ。」
ウィンクラー少佐は少し悲しそうな顔をしていた。
「自分は何をすれば…」
ジュリオは周りを見ながら恐る恐る手を挙げた。
「学生たちを落ち着かせてくれ。実際に内部に入るのは俺とコウヤが居れば十分だ。」
「遠隔操作の出来るかわいい子を追加すべきだと思います。」
ユイが勢いよく挙手をした。
「…戦士は何人か戦艦に残ってもらいたい。戦艦が攻撃されない保証になるからな。」
ウィンクラー少佐は申し訳なさそういユイを見た。
「私も行く。戦闘訓練は受けているし、あんただって身をもって知っているでしょ?」
アリアはウィンクラー少佐に対して不敵に笑った。
「後ろから銃で撃つのとは訳が違う。」
「少なくともコウヤよりは私の方が役に立つ。」
アリアはコウヤを顎で指して言った。
「遠隔操作ができるのは大きい。」
ウィンクラー少佐は少し困ったように言った。
「私もできる!!」
ユイは声を荒げて言った。
どうやら先ほどの映像を見て、何かやりたくて仕方ないようだ。
「万一戦艦にテロリストが入って来ても戦える人員がいて欲しい。」
ウィンクラー少佐は戦艦の方を心配しているようだ。
「舐めないでください少佐。私も戦えます。」
ウィンクラー少佐の横に立っていたイジーが言った。
「だが…」
ウィンクラー少佐は驚いて少したじろいだ。
「戦闘員ではなかったですが、私は戦いましたよね。あなたと。」
イジーはウィンクラー少佐を軽く睨んだ。
おそらくこの二人の発言権というのは無意識にイジーの方が上なのだろう。
「イジーの言う通りだ。それに、テロリストが関わっているのなら、ヤクシジにも出てもらわないといけないかもしれない。」
コウヤは心配そうにリコウを見た。
「は?」
「こいつが?」
リコウとジュリオが同時に声を上げた。
「ヤクシジの警備役にユイとアリアを置くと考えてくれるといいだろ。」
コウヤはウィンクラー少佐の方を見た。
「戦艦を開けなければ問題ないです。少佐の選んだ方々ですから大丈夫です。」
イジーが淡々と言って、どんどん決まっていく。
どうやらウィンクラー少佐、コウヤ、アリア、ユイとリコウが第六ドームでは外に出て処置に当たるらしい。
ジュリオがリコウのことを羨ましそうに見ていた。
「…俺が。」
先ほどの映像を見ただけでも精神的にはきついのに、その場に行くことになったのだ。さらに言うなら兄が作ったかもしれない現場だ。
「…決まりだな。半日近くで着く。リコウは念入りに打ち合わせをしてもらう。お前には経験がないからな。」
ウィンクラー少佐は少し困ったような表情をしていたが、平常にもどりつつあった。
「そういえば、マーズ博士は?さっきから見ないけど。」
アリアはマックスの姿が見えないことが気になっていたようだ。
ウィンクラー少佐とコウヤはリコウとジュリオを見た。
「別に…ちょっと言い争いをしただけで、と言っても俺とヤクシジがです。」
ジュリオは慌てて状況を説明した。
ウィンクラー少佐とコウヤ、ユイとイジーは顔を青くした。
「クロスの話をしたうえでその話か…お前は前にロッド中佐の話もしているもんな。」
コウヤは呆れたように呟いた。
「ルーカス中尉。マックスには安全な部屋を用意しろ。今はたぶん空き部屋か格納庫にいる。」
ウィンクラー少佐はイジーに頼むように言った。
「はい。」
イジーは返事をすると廊下に出て行った。
「マックスがいないのに話すのは気が引けるけど、ここまで触れたなら言っとく。お前もだ。」
コウヤはジュリオとリコウを指して言った。
「…はい。」
二人は怒られるよりも諭すように言われる方が辛くて、すごく肩身が狭そうにした。
「…マックスは弟を亡くしている。」
コウヤは二人を見た。
「弟を…」
リコウの頭には、マックスがアズマを説得している場面が思い浮かんだ。
「マックスの弟を殺したのは、レスリー・ディ・ロッド中佐だ。」
コウヤは苦い顔をした。
「え?」
「だから、協力ができないと言っていたのか…」
ジュリオは合点がいったようで納得したように呟いていた。
「マックスの弟は、ゼウス共和国の兵士で、フィーネの追撃を任されている部隊だった。」
コウヤは沈んだ声色でぽつりと呟いた。
「…第六ドームから本部のドームに向かう途中で攻撃された。応戦して、凌いで…本部の近くで」
コウヤは顔を歪めた。
「あいつにロッド中佐の話を控えて欲しかったのは、こういう理由だ。」
コウヤは俯いていた。
「…すみません。知らずに…」
ジュリオは自分の「割り切れない」発言を悔やんでいるようだ。
「でも、なんでクロス・バトリーの話題も?」
リコウはロッド中佐の話がダメなのは分かったが、別の戦士であるクロス・バトリーの話に触れてはいけないのが分からなかった。
「クロスとレスリーは光と影だった。二人は軍に置いて協力関係にあった。」
ウィンクラー少佐はリコウとジュリオを順に見た。
「下手な詮索は止めておけよ。お前らが思っている以上に彼は苦しんでいる。」
コウヤの言葉にリコウとジュリオは俯いて反省した。
ガシャン
「ひい!!」
カカは家に投げ込まれた石に驚き飛び上がった。
「お前らのせいでどれだけ犠牲が出ていると思っているんだ。」
「とっととどうにかしろ!!」
外から怒鳴り声が響いた。
リオとカカは身を寄せ合って震えていた。
「何だよ。何だよ。俺たちが何をしたんだ。」
カカは随分やつれた顔をしていた。
「誰も信用できない。もう嫌だ。」
リオは寝不足なのか目の下の隈がひどい。
大きな屋敷の周りには人混みが出来ていた。
屋敷の中には二人だけ。付き人たちも全て外に出した。
「誰も信じられない。」
リオとカカの一致した意見だった。
「なら逃げだそう。」
二人しかいない屋敷の中から声が聞こえた。
「「ぎゃあああああああ」」
二人は抱き合って飛び上がった。
「静かにしろ。…逃がすから。君たちをハクトとディアに渡す。」
屋敷の中から一人の男が出てきた。
バイク用のヘルメットを被っているが、長身で細身だ。
「その声…」
声を聞いて二人の表情は変わった。
「来い。ドーム内のシステムを乗っ取っているうちに出るから。」
ヘルメットの男は二人に手招きをした。
二人は男の後を追った。
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。いずれはドールプログラムの研究に関わりたいと思っている。元々ゼウス共和国の人間だったが、3年前に両親を火星で亡くす。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。
コウヤ・ハヤセ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。リコウが通っている研究室の先輩。リコウからは苦手意識を持たれているが、ドールプログラムに詳しく学内では頭一つ抜けた頭脳を持っているようだ。人の感情の変化を読むのに長けており、何やら不思議な力をもっているらしい。「フィーネの戦士」の一人。養母がレイモンド・ウィンクラー総統と結婚したため戸籍上ではウィンクラー少佐と兄弟になっている。
マウンダー・マーズ:
みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人でもあり「英雄の復活を望む会」から狙われる。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれ、実績もあり、有能で有望。コウヤとは付き合いが長いらしい。戸籍上ではコウヤと兄弟になっている。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者のよう。
イジー・ルーカス
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。ウィンクラー少佐の精神的主柱。
ユイ・カワカミ:
アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。体育会系の体型をしている。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。リコウを信用していない。ウィンクラー少佐の外部部下と任命される。
オクシア・バティ
第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。叔父であるカズキ・マツを捨て駒のような作戦で失ってから軍とは距離を置いている。
ルリ:
第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いているようだ。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。
ハクト・ニシハラ:
第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリー)
「フィーネの戦士」の一人。苗字を変えて第三ドームの大学に通っていた。シンタロウを妨害した黒いドールのパイロット。
レイラ・ヘッセ
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。
ジョウ・ミコト:
ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。
タナ・リード:
第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間でレイラと因縁があるようだ。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、元中佐。宇宙一の戦士と呼ばれ、若い世代を中心に敵味方関係なく崇拝する者が多かったほどのカリスマ性と存在感があった。3年前の作戦で戦死したと言われている。