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美少年

 仕事内容の説明が終わって、廊下を歩いていると、メイドたちがひそひそと噂している声が聞こえてきた。

「恋敵を苛めて国外追放するなんてバカじゃないの。あの子、絶対に頭おかしい」

「きっと自分のことしか考えられていない最低な女なのよ」

 怒りで震える拳を握り締める。

 何が自分のことしか考えられない最低な女だよ。

 自分のための人生だもの。自分のことを中心に考えたっていいじゃない。

「どうせセレナーデに媚を売ってここで働かせてもらったんでしょう。早くこの屋敷から消えて欲しい」

 悪口を言われているのを聞きながら、血管がぶちぎれそうになった。

 何よ。あのクソ婆共が!

 あたしのことなんて全然知らないくせに、批判ばかりしてきてうざいんだけど。

 こういう人間は、毎日、どうせ悪口ばかり言って笑っているんでしょう。そうやって、一生豚のようにブヒブヒいい続けていればいい。人の目線ばかりに囚われて、他人の欠点ばかり探すことを考えてかわいそうに。

 負けてたまるか、こんちくしょう。

 アイーダは、前を向いてまっすぐと歩いた。



 翌朝、セレナーデにセシルを紹介されたアイーダは、思わず人差し指でセシルを指さした。

「あなたは、あの時の……」

 そう。そこにいたのは、アイーダは、強姦魔から助けた美少年だった。言われてみれば、その子は、銀色の髪や、雰囲気がセレナーデによく似ている。自分って愛されているでしょうという感じのオーラもそっくりだ。

 少年も、アイーダに気がつくと、驚いたようにサファイアのような目をまん丸に、パチクリと瞬きをした。

「こんなところで、ふたたびあえるなんてうんめいだ……」

 彼は、魔法にかけられたようにぽうっとしながら、そう呟いた。

 アイーダは、こいつなんてバカなことを言っているのだろうと思いながらも、「私の名前は、アイーダ・イスタシアよ。今日から、あなたの家庭教師になったの」と自己紹介をした。

 それを聞いた彼も、自己紹介をし始めた。

「セシル・ダナトラスといいます。よろしくおねがいします」

 そして、天使のように純粋そうな笑顔を浮かべてきた。

 何だろう。この見ただけで、頭の上に焼きそばをぶっかけたくなるような笑顔は……。 ふふふふふふ。このガキをどんな風に虐めてあげようかしら。

「じゃあ、僕は仕事があるから、あとは頼んだ」

「ええ、わかったわ」

 セレナーデは、アイーダを部屋に取り残して去って行った。

 時間は、たっぷりあるし、勉強をし始める前に、雑談でもしようかしら。

 よし、とりあえず好きなものと嫌いなものを聞いて弱みでも握っておくか。

「何か好きなものとかあるの?」

「うーんとね、ぼく、どうぶつがだいすき」

 動物を好きな人間は、総じて偽善者だ。口では動物が好き、かわいいとかいいながら、そいつらも肉を食べているし、自分が飢え死にしそうになったらきっとペットの肉にも手を伸ばすに決まっているわ。それに動物がかわいい、かわいいとか言いながら、内心は、動物が好きな自分がかわいいし、心も美しいとかいう風に酔いしれているのだわ。

 この歳で、ナルシストな偽善者になってしまうなんて、きっと、もうこいつは取り返しのつかないところまできているわね。

「おねえちゃんは、なにがすきなの?」

「そうね。ふわふわパジャマと、シナモンロールかしら」

 それ以外では、ウィルのことしか思いつかない。

「ていうか、おねえちゃんじゃなくて、先生とお呼びなさい」 

 舐めた口をきいているんじゃねぇ。宇宙の果てまでぶっ飛ばすぞ。

「でも、ぼく、もっとおねえちゃんとなかよくなりたい。だから、おねえちゃんとよびたい。だめ?」

 セシルは、かわいらしく首をかしげながら、上目遣いでそう聞いてきた 少し首を傾けたくらいで、何でも言うことを聞いてもらえると思ったら、大間違いなんだよ。

だけど、今にも泣きだしそうな様子で、瞳をうるうるさせている。それを見たアイーダは、セシルが泣きださないか不安になって折れてしまった。

「べ、別にどうでもいいわよ」

「ありがとう」

 セシルは、生卵をぶつけまくりたくなるような笑顔を浮かべた。

「ねぇ。おねえちゃんは、お兄様とけっこんするの?」

 セシルは、不安そうな顔をしながら聞いてきた。こいつも、セレナみたいに大好きなお兄ちゃんをあたしにとられるのが嫌なのだろう。

「そんなことこの惑星が滅んでもありえないから」

「じゃあ、ぼくとけっこんしてください」

 きっとけっこんのけの文字さえもわからないガキの戯言だ。気にする方がおかしい。

「あーはいはい。わかったから」

 アイーダは、本棚の本を眺めながら適当に返事をした。

「本当ですか」

 セシルは、目をきらめかせているが、どうせガキだし明日になったら忘れているだろう。 

「うん。だから、とりあえず国語からやろうね」

 まずは、文字がどれくらいかけるか、チェックしてみるべきだろう。

 早くしないと、しばくぞ。

「はい」

 セシルは、元気よくそう返事をした。


 

 一日教えただけで、セシルは才能があり、飲み込みが早いことがわかった。記憶力もいいし、頭の回転も速い。貴族の7歳児のレベルをはるかに超える知識量も持っていた。

 むかついてきたアイーダは、むちゃくちゃ難しい問題を自作で作り、セシルに解かせることにした。

 解答用紙の前で、手を止めるセシルを見ながら、内心ほくそ笑んでいた。

 ふっ。ちょっと頭がいいからって調子に乗りやがって。ざまあみろ。

 そんな風に、バカにしていると、鈴の音を転がすようなかわいらしい声で「ねぇ、おねえちゃん」と話しかけられた。

「どうしたの?」

 ヒントでも、求めているのだろうか。絶対に、そんなもの教えてあげるもんか。解けなかったら、『こんな簡単な問題もわからないのか』とうんとバカにしてやろう。

 けれども、セシルは、アイーダの予想外のことを言った。

「このもんだいのスペルがまちがっているよ」

 まあ、どうしましょう。溢れる殺意が止まらないわ。

「あ……。ちょっと、間違えてしまっていたわ」

 アイーダは、乱暴な手つきで問題に線を引き訂正をした。すると、セシルは、さっきまで固まっていたことが嘘のように、スラスラと手を動かし始めた。

 あっという間に、全ての問題を解き終わりアイーダに提出してきた。

 いったいどんなひどい点数をとるのだろうと思っていたアイーダは、丸つけをしながら、絶望的な気分になる。

 こいつ……。全部、合っている。何で歴史の長文問題とかも解けるの?理科の応用問題とか、基本を教えただけでできてしまうの?

 まじかよ……。こいつ化け物みたいだな。気持ち悪い。

 そんなアイーダの心境を知らないセシルは、百点満点のテストを見て、ニコニコと嬉しそうに微笑んだ。

「おねぇちゃんにほめてほしくて、ぼく、すっごくがんばったんだ」

「すごいね」

 アイーダは、棒読み口調でそう言ったが、セシルは、そんな皮肉に気がつくことなく「あたまをなでなでしてほしいな」とお願いしてきた。

 アイーダは、軽くなでるついでに毛根を引っこ抜いてやろうかしらと思いながらも、まあちょっとだけならいいかと頭をポンポンとした。髪からは、お花のいい香りがする。男のくせに、こんないい香りがするなんて気持ち悪い。女の敵だ。

 たいていの奴らは、こいつのことをかわいい、かわいいとちやほやしていたのかもしれないが、そうはいからないから。どうせセレナーデの弟という時点で、人間の皮を被った悪魔のようなものだと覚悟しておいた方がいい。舐めていたら、包丁で心臓をぶっ刺されるくらいひどい目にあうだろう。

 ちょっとかわいいからって、調子こいているんじゃねーよ、ブス。

「ぼく、おねえちゃんのことだいすき」

 不意にうっとりとした顔のセシルは、そう告げた。

「あたまがよくて、やさしくて、かっこよくて、かわいくて……。おねえちゃんがぼくのかていきょうしでよかった」

 あれ。か、かわいい。妖精かと思うくらいかわいいんだけど。

 いや、騙されるな、あたし。こいつは、きっと腹の中では『ふっ。こいつもちょろいぜ。そのうち現金をがっぽり奪い取ってやろう』とか考えているに違いない。

 こいつの笑顔なんて、所詮、ゴブリンがほくそ笑んでいるようなものだ。こんなものに騙される奴は、頭がどうかしている。

 そう思いながらも、アイーダのセシルの頭を撫でる手つきは優しかった。


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