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 ちょうどその頃、少年いわく女神であるアイーダは、セレナーデにパアンと平手打ちをしていた。セレナーデの雪のように白く滑らかで美しい肌が、赤く腫れた。

「あたしが首ってどういうことよ!ふざけないで!」

 アイーダは、セシルの胸倉を掴んでガクガクと揺さぶった。

「と、とりあえず、落ち着いて。その手を離して」

 手が疲れてきたのでいったんセレナーデの胸倉を掴んでいた手を離した。けれども、セレナーデを射殺すように睨み付けたままである。

「落ち着いていられるもんですか。どういうことか説明しなさい」

 セレナーデの首を絞殺しそうな勢いでそう命令をした。

「だから、そのままの意味だ。君をセレナの話し相手にするのは辞めさせる。首だ」

「何でよ!あたし、セレナのことなんて大嫌いだけど、頑張っていたじゃん。時間通り働いていたわ」

 こんなに努力してきた人間を首にするなんて、セレナーデはなんていう鬼畜な人間なのだろう。

「僕は、気が付いたんだ。君をセレナの話し相手にするのは、荒治療すぎた。まるで、人間の檻にライオンを放り込むようなものだと」

 セレナーデは、大発見をした発明家のように堂々とした様子で、とんでもない暴言を吐き捨てた。

「何ですって」 

「これ以上、君とセレナを一緒にいさせたら、セレナが病気になってしまうかもしれない」

「まるであたしが疫病神みたいな言いぐさね」

「君は、疫病神なんかじゃないよ」

「まあ、セレナーデ」

 アイーダは、セレナーデにもいいところがあったのだと初めて気が付いた。

「君は、疫病神よりもずっとたちが悪いに決まっているじゃないか」

 彼は、手を大仰に広げながら堂々とそう言った。前言撤回。セレナーデには、いいところなんて一つもなかった。神様は、彼に人間の心を入れ忘れていたのだろう。

「もういいわ。あんなクソガキのお世話なんてやめてやるわよ。退職金をちゃんと用意しなさいよ。無料でやすやすと辞めてやるもんですか」

 こうなったら、取れるだけぶんどって、次の職場に移ってやるわ。

「安心しろ。君を退職したりさせない。次の仕事は、家庭教師だ」

「まあ、それは楽しそうね」

 そんな風に生徒をいじめ……いや、教育しようかしら。

「で、このあたしに教えてもらえる幸せなその子は、どんな子供なの?」

 ガキは、なめた態度をとってきそうだから、せめて、15歳以上がいい。あたしは、秀才だったし、かなり高いレベルの男の子相手でも大丈夫だろう。

「7歳児の男子だ」

 ……ちびっこかよ。ウザそうで嫌だな。

 アイーダは、うるさくて、マナーのなっていないクソガキが嫌いだった。そんな奴に勉強を教えなければいけないと思うと、憂鬱で仕方がない。なめられないように、ビシッと指導しよう。

「セシルといって、僕の弟なんだけど……。ちょっと問題があるんだ」

「そうでしょうね。あなたの弟に生まれている時点で、大問題だわ。もう一回、生まれ直した方がいいにきまっている」

 こんな奴の弟に生まれてくるなんて、かわいそうすぎて泣ける。

「ひどい言い分だな。とにかく、セシルは、ちょっと、……魅力がありすぎるんだ」

「どういう意味?」

「セシルは、出会った人間に対して、次々のショタコンの才能を開花させていく恐ろしい才能を持っているんだ」

 セレナーデは、真面目な顔で空から宇宙人が振ってくる並みにおかしなことを言いだした。

「あなた、頭大丈夫?」

「君から心配されるなんてうれしいけれど、絶好調だ。僕の言ったことは、本当だ」

「だったら、あなたの弟は、今すぐミサイルにくくりつけて宇宙に輸出しましょう」

 アイーダは、名案だというように手をポンとたたいた。

「僕のかわいい弟に向かってなんてことをいうんだ。まあ、とにかくあいつは、魔性の美少年とでもいえばいいのかな。人並み外れた美貌の持ち主で、家庭教師になった人間を次々と虜にしていくんだ。セシルのせいで、強制わいせつ罪で五人の人間が刑務所に送られた」

 アイーダの顔がひきつった。

「何て恐ろしいガキなの……。今すぐ牢獄に閉じ込めて、他の人間と隔離するべきだわ。とりあえず、その見た目を何とかするために、髪の毛全部引っこ抜くのはどうかしら」

「だめだ。僕は、かわいい弟の髪の毛を引っこ抜くなんてできない」

「あたしがやってあげるわ」

「だめだ。いくら君でも、そんなことはさせない」

「でも、まるでその子は、犯罪者生産機ね。そんな奴と関わらせて、あたしを刑務所に追い込むつもりなの?」

「君みたいな鋼の心を持つ人間は、あいつにたぶらかされたりしないだろうな。まあ、君は、そのうち別の意味で刑務所に行きそうだけど」

「何を言っているの?あたしみたい善良な市民が刑務所なんかに行くわけない」

 アイーダは、自信満々に言った。

「善良な市民は、国外追放されたりしないと思うけれど」

 セレナーデは、ニコニコとした笑顔でそう言い返してきた。

 アイーダの背中を冷たい汗が流れた。

「あ、あ、あれは、手違いよ」

 アイーダの声が裏返った。

「ほら、愛の障害よ。神様があたしたちの愛を燃え上がらせるために試練を与えたの」

 それを聞いたセレナーデは、呆れたようにため息をついた。

「まあ、そんな風に他の人とずれた価値観をしている君なら、セシルの魅力にも落ちないだろうな」

「当たり前よ。他人の心を弄ぶクソガキ如きに、ときめかされてたまるもんですか。あなたの弟というだけで、悪魔にしか思えないわ。あたしを惑わそうとするなんて、3億年早い。魔性のガキだがなんだか知らないけれど、そいつの性格を根本から叩き直してやるわ。あたしを見ただけで、震えあがって土下座するくらいに調教してみせる」

「いや、それはやりすぎだから。まあ、ほどほどにしてくれ。君が教える教科は、数学以外の全てだ。仕事は明日からだ。テキストは、セシルが持っているものを使ってくれ」

「数学は、教えなくていいの?」

「ああ。教える必要はない」

 セレナーデは、きっぱりと言い切った。数学を理解できるほど、頭がよくないのだろうか。

「はあ、わかったわ」

 7歳のガキか……。どうせセレナーデの弟なんて、ろくな人間じゃないのだろう。

 ふと、セレナーデの小さい頃を思い出す。あたしがどこへ行くときも、初めて親鳥を見たヒヨコのようにピーチク、パーチク言いながらついてきて、あたしの邪魔ばかりしていた。いつか、鳥の丸焼きみたいにしてやろうと思っていたが、未だに実行に移せていないことを思い出した。


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