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初恋

 午後、勉強を教えたり、世間話をしたりしようとしていたが、アイーダとセレナは、ぎすぎすとした会話ばかり繰り広げていた。

「どうして社交界に出ないの?」

 と問いかけると、セレナの頬が怒りのため真っ赤になった。彼女の小さな手は、ブルブルと震えていた。もしも、アイーダが近くにいたら、殴りかかっていたかもしれない。

「あなたみたいな人間にあたしの気持ちなんて何もわからないくせに……」

「ええ、そうよ。わからないわ」

「だったら、偉そうなことなんて言わないで」

「あなたは、被害者ぶっているのよ。かわいそうだねって言って、甘やかしてもらいたいんでしょう。もう傷つくことが嫌で、人と関わることから逃げているんでしょう。あんたは、自分が不幸だから、傷ついたからって……引きこもって、何にもしないナマケモノの寄生虫よ」

 次の瞬間、セレナは、パシャリとコップの水をアイーダにぶっかけた。黒い髪からは、ポタリ、ポタリと水がしたたる。

「あんたなんて、大嫌い!」

「あたしだって、あんたなんて大嫌いだわ!」

 アイーダも負けずにそう怒鳴り返すと、セレナはさらに苛立った。

「出て行って。今すぐ、ここから出て行きなさい!」

 そう言って、今度は本棚の本を片っ端から投げつけてくる。

 このあたしの美しい柔肌に傷がついたらどうしてくれるのよと思いながら、アイーダは、部屋から撤退していった。

 このことはセレナーデの耳にも入り、彼がセレナと話し合いをすることになった。



 暇になったアイーダは、買い物に出かけて、パジャマを購入した。

 パジャマ、パジャマ。ふわふわパジャマ……。

 アイーダは、鼻歌でも歌いだしそうなくらいご機嫌で通り道を歩いていた。小さい頃からふわふわのパジャマが好きだった。ようやく給料によりゲットできたことがうれしくてたまらなかった。ふわふわパジャマは、着ているだけで幸せな気分になれる。本当は、うさみみ付きの奴が欲しかったが、それは高かったから諦めた。

 早く帰ってベッドで寝たい。おうちでゴロゴロしたい。パジャマがあたしに着て欲しいと待ち焦がれている。

 突然、人通りの少なそうな裏路地から、「きゃー」という甲高い悲鳴が聞こえた。「だれか、たすけて……」というか弱そうな声も聞こえる。

 もしかすると、貴婦人が暴漢に襲われているのかもしれない。助けたら、お金をがっぽりともらえる可能性が高いだろう。

 お金があたしを呼んでいるわ。アイーダは、悪魔のように紅い瞳をランランと輝かせた。

 スカートをなびかせながら、走り出し、裏路地にかけつけた。

 そこにいたのは、3人の男が誰かを囲んでいる姿だった。

「そんなところで何をしているの?」  

 アイーダは、よくか弱そうだといわれるが、実際は、運動神経がよく、護身術、剣術は、先生相手に互角で戦えるほどに強くなっていた。

「久しぶりに、ストレス発散させてもらおうかしら」

 こっちは、バカセレナと、意地悪なセレナーデのせいでストレスが溜まっているのだ。

 男は、アイーダを見ると下卑た笑みを浮かべた

「あんたは、こっちの子ほどかわいくないけれど、やっちまおうぜ」

 次の瞬間、その発言をした男に華麗な飛び蹴りが決まった。

「ああん?誰がかわいくないって?」

「ひぃ。化け物」

 飛び蹴りを決められた男は、青ざめて逃げようとしだした。

「おい、ちょっと待てよ。こんな女相手に逃げるなんてやめろよ」

「俺の兄貴を傷つけているんじゃねぇ」

 もう一人の男は、アイーダに向かってイノシシのように突進してくる。アイーダは、それをさっと避けて、そいつの腹に軽く拳を叩きこんだ。そして、近くにいたもう一人の男の股間に蹴りをいれる。

「うぐっ……」

 男は、股間を抑えてプルプルと震えだした。

「あーあ。気持ち悪い物を蹴ってしまったわ」

 アイーダは、悩まし気にため息をついた。

「やばい、こいつ、強いぞ」

「ちくしょう」

 男達は、悔しそうにアイーダを睨み付けながら、あっという間に去って行った。

 アイーダは、それを見てほくそ笑んだ。今頃、助けられた奴は、感謝の気持ちでいっぱいになっているはずだわ。

 助けたお礼にいくらお金を搾り取ろうかしら。3000ペリー、5000ペリー……。

親切そうな笑顔を浮かべて、当然の権利としてお金を搾り取るのよ。鳥から羽をむしり取るように、ぶん捕ってやるわ。うふふふふふ。あはははははは。欲望と妄想がとまらない。

 しかし、アイーダは、残された人物を見た途端、石のように固まった。そこにいたのは、お金持ちそうな貴族の令嬢ではなく、お金を全く持っていなそうなガキだった。

 ショックのあまりアイーダの手から先ほどかった荷物がポロリと地面に落ちた。

 何で。何でよ。男の子のくせに、男から襲われているの?おかしいんじゃないの?

 つーか、何だよ。あたしが助けたのは、ただのクソガキかよ。これじゃあ、お金が搾り取れそうにない。

 たとえ育ちのいい人間であったとしても、親がガキにわたすお金なんてたかがしれている。さっきのこいつを襲おうとしていた男を追いかけて、誰にもばらされたくなかったらお金をよこせと脅していればよかった。

 ため息をつきたい気分になりながら、ガキを観察する。

 ガキは、襲われるだけあって、そこらへんの女の子よりもずっとかわいかった。肩につきそうなくらいの銀色の髪に、透き通るように綺麗な青い目をしている。たぶん、小さい頃のセレナーデといい勝負ができるくらいの美貌だ。ショタ好きのおじさんの心も、存分に刺激されたのだろう。将来は、その美貌があればもてまくるに違いない。

 こんな奴を助けたなんて……。むしろ若いうちから社会の厳しさをたたきこむためにも、もう少しだけ放置しておけばよかった。

「大丈夫?」

 一応、声をかけると、少年は、今にも泣きだしそうな顔であたしを見てきた。 

「こ、こわかった……」

 そういって、ずうずうしくしがみついてきた。

 やめろ。あたしのドレスが、あんたの涙で汚れるだろうが。

 しっしっと野良犬でも追い払うようにしたいが、さっきまで襲われかけていたガキをちょっとだけかわいそうに思う気持ちもあって邪険にできない。なんてあたしは、優しい性格をしてしまっているのだろうかと感動のあまり涙が出てきそうになる。

「おねえちゃん、ありがとう」

 少年は、頬を染めてはにかみながら笑った。

 他の人間だったら、なんてかわいい子でしょうと優しい気持ちになったかもしれなかったが、アイーダは違った。

 何なんだ。この生卵をぶつけまくりたくなるようなうさんくさい笑顔は……。

 小さい頃のセレナーデと同じ雰囲気がする。自分がいかにかわいいか知っていて、それを武器として利用しながら、生きてきたのだろう。ガキのくせに、他人に媚びへつらい可愛がられ方をマスターしていそうな気持ち悪い子だ。

「どうも。じゃあ、あたしは、用事があるから」

 これ以上、こんなガキと関わる義理なんてないし、さっさと帰ろう。

 アイーダは、地面に落ちた荷物を拾って歩き出した。後ろから『待って』と呼び留められたような気がしたが、聞こえなかった振りをして早足で人ごみの方へと歩き出した。



 残された少年は、熱に浮かされたようにボウッとしながら、去りゆくアイーダの後ろ姿を見つめていた。

 困った時に颯爽と助けて去って行くなんて、まるで、ヒーローみたいだ。なんて素敵な人なんだろう。あんなに素敵な人に、初めて会った。彼女が僕にくれたのは、無償の愛だ。見返りを求めず、人助けをするなんて、とても美しい心を持っている。

 彼女は、『大丈夫?』と温かい声をかけてくれた。きっと女神のように美しい思いやりに溢れた心をしているに違いない。もしかしたら、天使の生まれ変わりかもしれない。

 別れてから、しばらくたったのに、彼女のことが忘れられない。

 心臓が狂ったように暴れている。呼吸が苦しい。頬がジンジンと熱い。

 まるで恋の魔法にかけられたみたいだ。こんな気持ち、初めてだ。神様、彼女と出会わせてくれてありがとうございます。

 彼女の名前が知りたい。名前だけじゃない。彼女が今まで感じたことや、見たものを、愛してきたものをすべて知りたい。きっと彼女の心の中は、美しいもので溢れているのだろう。

 セシルは、神様にお祈りするように手を組んだ。

 そして、銀色の月に向かって、心の中でそっとお願いをする。

 どうかお願いします。彼女に好きな人なんていませんように。僕以外の人と恋に落ちていたりしませんように。どうかまた会えますように……。


 月の光は、初めて恋をした彼を見守るように輝いていた。


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