セレナ
夕食は、頬っぺたがとろけそうになるくらい美味しかった。セレナーデじゃなくて、ウィルと一緒に食べたかったが、しょうがない。
仕事内容は、「セレナーデの引きこもりの妹の話し相手」らしい。アイーダと、妹のセレナが会話をしたら、どんな化学反応をするのかみたいとも言われた。仕事は、明日からすることになっている。
夕食後に案内された部屋は、意外としっかりとした場所だった。
小さいけれど、窓だってついている。夏は、ここを開ければ、蒸し暑くならないだろう。
客人ようの寝間着一着は、貸してもらえた。お風呂に入った後、明日に備えて早めに寝ようとした。
けれども、隣の壁から話声が聞こえた。
「愛しているわ、アレクセイ」
「俺もだ、キャサリン」
壁が薄いせいで、全部、聞こえてくるんですけれど。婚約破棄された今は、こんな甘ったるい会話なんて聞きたくなかった。
イライラしてきたアイーダは、「うっせぇよ」と壁に向かって怒鳴りつけた。
すると、壁の向こうは、シーンと静まり返った。
これなら、ぐっすりと眠れそうだ。アイーダは、目を閉じた。
「紹介するよ。うちで、働くことになったアイーダ・イスタシアだ。こっちは、僕の妹のセレナだ」
次の日、さっそくセレナーデは、セレナにあたしのことを紹介した。セレナは、金茶の髪に紫色の瞳をした美少女だった。絶世の美少女と言われたセレナーデの妹だけあって確かにかわいらしいが、セレナーデが小さい頃と比べて魅力に欠けるように思えた。
セレナは、キッと猫のように私を睨みつけてきた。
「何よ、このブス」
セレナーデは、私を庇うように目の前に立った。そっちこそ、何なんだ。確かにちょっとかわいいが、性格は悪そうだ。
「確かにアイーダの見た目は、ブスだけど、心は……。いや、心もブスなんだ」
「フォローしろよ」
兄の言葉を聞いたセレナは、少し考え込むように手を自分の顎に当てた。
「アイーダ・イスタシア……。聞いたことがあると思ったら、プシュマール国の王子から婚約破棄されて追い出された人じゃない。この人を家に置いておいたら、いつ財宝を持ち逃げされるかわからないわ。お兄様。こんな野蛮な猿は今すぐ、このお屋敷から追い出しましょう」
何なんだ、この妹は。ていうか、あたしが国外追放されたことは、もう知れ渡っているのか。……うわあ、死にたい。
「アイーダには、しばらくセレナの話し相手になってもらう」
「何ですって!」
セレナは、目をこれ以上ないくらい吊り上げた。
「お兄様。こんな悪女に面倒を見てもらうくらいなら、ずっと一人で過ごした方が何百倍もましですわ」
「そうよ。こんな奴、誰にも相手にされなくて孤独死してしまえばいいんだわ」
すると、天敵でも見るようにキッと睨まれた。今にも枕をぶつけてきそうなくらい怖い。
セレナーデはこんな気まずい空気の中にいるのが嫌だと思ったのか、「えっと、そういうわけだから。では、アイーダ。セレナを頼む」と全てを押し付けて、逃げるように出て行った。
残されたセレナは。更にイライラしている様子だった。
「だいたい、あなたはお兄様の何なのよ。愛人なの?」
「そんな気持ち悪い妄想をしないでくれる?あいつは、永遠にあたしの敵よ」
「よかった。お兄様があなたの毒牙にかからなくて本当によかった。でも、お兄様の魅力がわからないなんてかわいそうな人ね。かっこよくて、優しくて、完璧な人なのに」
「どこが?あいつは、人から婚約者を奪おうとしていたとんでもないビッチだわ」
「あなたに魅力がなさすぎるから、婚約者の心が揺れてしまったんでしょう」
「うっ……。いやいや、そんなことないから。悪いのは、全部セレナーデだったから。あたしの愛するウィルを奪おうとしたとんでもない男だから」
それを聞いたセレナは、意地悪そうに微笑んだ。
「あなた、今でもウィリアム王子のことが好きなの?」
「ええ、そうよ。あたしの心も魂も、全部、ウィルのものだわ」
「……バカな女ね」
セシルは、アイーダをバカにするように冷たい声でそう呟いた。こんな奴には、あたしの気持ちなんて少しもわからないのだろう。
「あなたには、関係ないでしょう」
アイーダも負けずに言い返した。セレナとアイーダの間には、見えない火花がバチバチと発声したように思えた。
結局、違う星の人間であるかのように話が合わないセレナとアイーダの間でまともな会話は成立せず、お互いに罵り合った後に別れた。
「で、セレナとお話をした感想は?」
一時間後、セレナーデは、偉そうな態度で優雅に紅茶を飲みながらそう聞いてきた。
「あの豚は今すぐあの部屋から追い出して、こき使うべきよ」
アイーダは、容赦なくぴしゃりとそう言った。
「僕のかわいい妹に向かってそんなことを言わないでくれるか」
「かわいい妹ですって。あんな奴、子供の皮を被ったエイリアンよ。あなた、洗脳されて、自分に妹がいるというおかしな妄想に取りつかれているに違いないわ」
「とんでもない発想だな。君の想像力には恐れを抱くよ。でも、本当に妹だから」
「まあ、あなたと一緒で性格が悪いところはそっくりだわ。やっぱり、あなたと同じ血が流れているのね」
「君ほどじゃないけれどね」
「何ですって」
アイーダは、ジロリと殺意を込めた目でセレナーデを睨み付けた。けれども、セレナーデは、そんなアイーダを無視して勝手に話を進めていった。
「それに、セレナが引きこもりになったのは、深いわけがあるんだ」
「何よ?どうせ苛められたとかくだらない理由なんだろうけれど、聞いてあげるわ」
アイーダは、その辺の椅子にドサリと腰を下ろして足を組んだ。別に、こいつの前で完璧な淑女を演じる必要なんて微塵もないだろう。
「セレナには、仲のいい友達がいたんだ。けれども、友達の婚約者が、セレナに惚れてしまって、婚約解消をして、セレナにアタックしだしだ。他にもセレナに求婚している人気のある男が何人かいる。そのせいで、セレナの女友達は、全員、セレナを嫌い無視するようになったんだ。そして、セレナは、深く傷ついて引きこもってしまった」
「つまり兄弟そろってろくでもないビッチだったってわけね」
「この話を聞いた感想がそれか……」
セレナーデは、頭痛がするというように頭を押さえた。
「男からもてたくなかった?放っておいても男がハエのようによってきた?そんなの言い訳だわ。そんなにもてたくなかったのなら、頭を坊主にして、ボロボロのつぎはぎだらけのドレスを着ていればよかったんだわ。あんな屁理屈ばかりいうことしか取り柄のない女には、熱々のスープをぶっかけてやりたいわ」
「……ちょっと過激すぎるだろう。セレナだって、頑張っているんだから」
「婚約者を奪われ、国外追放され、家族からも見捨てられたあたしの方がずっと頑張っているじゃない」
「君の場合は、ちょっと特殊すぎるだろう」
「あいつは、クソ兄貴に依存しているだけよ。ただの寄生虫だわ」
「あたしがこんなに働いているのに、働きもせずにのうのうと生きているなんて許せないわ。あの甘やかされて育ってあの豚なんて見たくない。もう仕事を変えて欲しい。メイドとか、料理人とか、他にすることがあるでしょう」
「アイーダのスペックがそこそこ高いことは知っているけれど、君が団体行動に向いているとは、少しも思わない。むしろ団体の中に放り込んだら、何か面倒なことが起きそうで怖いね」
そんなこと言われても、アイーダには想像もつかない。
「例えば?」
「メイドと喧嘩をし始め、罪の擦り付けあい、苛め、殺し合い、最後に屋敷で戦争が勃発するだろう」
「……何なのよ、その想像は」
「とにかく君にはセレナの相手を頼む」
アイーダは、不満げに頬をぷくっと膨らませた。




