セレナ・ダナトラス
金茶の髪に、アメジストの瞳。
周囲は、私を美少女だという。
だけど、私は、自分の容姿が大嫌いだ。
私のお父様、ライリー・ダナトラスは、黒髪にアメジストの瞳をしているとてもかっこいい人だ。そして、お母様であるセイレーン・ダナトラスは、銀色の髪に青い瞳をしている絶世の美女である。けれども、私は瞳がアメジストであること以外、二人にはあまり似ていない。
なぜなら、私は、二人の間に生まれた子供ではないからだ。
私の本当の母親は、この屋敷でかつてメイドとして働いていたローズという金茶の髪に、エメラルドグリーンの瞳をしていた女性だった。彼女が産んだ子供が、アメジストの瞳をしていたことから、ローズとライリーの浮気がばれた。ローズは、屋敷から追放されて、ダナトラスの血筋をひく子供は、ライリーとセイレーンの間の子供として育てられた。
けれども、容姿が母親と全く異なる私は、屋敷や、社交界で、愛人の子供として噂をされるようになった。
セイレーンが私を手元に置いたのは、もちろん私をかわいがるためではなかった。浮気相手との子供である私を苛めるためだった。水風呂、虫、ご飯抜き、軽い暴力……彼女からは、様々な苛めを受けた。
そんな私を守ってくれたのは、お兄様だった。助けを求めたわけでもないのに、いじめに気がついて、私をお母様から遠ざけ、守ってくれた。かっこよくて、優しいお兄様が大好きだった。
社交的では、愛人の子供とひそひそと噂されて友達はできなかった。汚れ一つない評判のいい噂ばかり流れている令嬢が羨ましかった。
周りのように友達が欲しかった。あの広い空間で、一人ぼっちになりたくなかった。けれども、どうやったら友達ができるかわからなかった。
友達のいない社交界なんて参加したくなかったが、お母様は私がポツンと一人ぼっちになることを知っていて、お兄様のいない社交界にしょっちゅう参加させていた。
やがて、お兄様と仲良くなりたいと私に近づいてきた女の子達と仲良くなった。友達ができて、いろんなことを笑いあえて、一人にならずに済んで嬉しかった。
けれども、そんな日々は、友達のマリーの婚約者であったパトリックが私に告白してきたことで崩壊した。
彼の告白は断ったが、告白現場を偶然、盗み見た人がいたことがきっかけで私がマリーの婚約者をたぶらかしたという噂が広まり、私の評判は地に落ちた。
「愛人の子供は、やっぱり手癖が悪い」「人の婚約者を奪おうとするなんて最低」「信じていたのに、裏切られた」「セレナーデやセシルと比べて大して美しくもないくせに調子に乗っている」などという言葉が飛び交うようになった。
私は、外に出ることを恐れ、引きこもり部屋から一歩も出ないようになった。セレナーデは、そんな私を心配してしょっちゅう遊びにさそったが、どれも断った。お兄様がそんな私をますます心配していることを気がついていた。大切な人から、解決するべき荷物のように扱われるのが嫌だ。だけど、外に出たくない。誰にも会いたくない。
何もしないで引きこもっていると、自分がどうしようもないクズに思えて消えてしまいたくなった。けれども、消えることすらできなかった。
引きこもり生活が開始してから半年後、お兄様は一人の女性、アイーダ・イスタシアを連れてきた。いつもは、つまらなさそうな顔ばかりしているお兄様が、彼女の前だと今まで見たことのないような楽しそうな様子をしている様子に何だかイライラとした。この人がもしかしたら、お兄様の好きな人かもしれないと想像しただけで、嫌な気分になった。
彼女が、もっと優しくて、気高くて、美しい人なら認めることができたかもしれない。けれども、アイーダは、バカで、鈍感で、性格が悪くて……お兄様にふさわしいとは思えない人だった。そんな奴なのに、お兄様から気にいられている。それが気に食わなかった。だから、アイーダのことなんて消えてしまえばいいと思えるほど大嫌いだった。
お兄様に、虫がついたのを気に食わなく思う人たちは、私以外にもいた。
私が引きこもりになってから、初めて私のものに手紙が届いた。
手紙には、アイーダと少しお話をする機会を与えてくれたら、また私と友達になってあげると書かれていた。
私も友達が欲しいし、アイーダにもちょっと苦しんでもらいたい。そう思って、すぐに協力すると返事の手紙を出すと「明後日、7番街の路地裏に夕方4時頃、アイーダを呼び出して欲しい」と書かれていた。
ためらう理由なんて何一つなかった。
一人は、もう嫌だ。友達を作って、もう一度やり直そう。社交的になって、お兄様に自慢の妹だと思ってもらえるように頑張ろう。
ウィリアム王子がやってきたと嘘をつくと、すぐにアイーダは騙されてご機嫌な様子になった。
バカな女だ。
せいぜい痛い目にあって、お兄様から離れればいい。
セレナは、真っ黒に塗りつぶされた心でそう願った。
日が沈むころには帰ってくるだろう。
そんな予想に反して、日が沈み辺りがすっかり暗くなってもアイーダは、帰ってこなかった。
どうせすぐに帰ってくる。そう自分に言い聞かせても、嫌な予感はぬぐいきれない。
まさか……。
あの近くには、崖がある。あそこに落ちたんじゃないだろうか。あの下には、狼がいることを他国から来たアイーダは知っていたのだろうか。何も知らずに突き落とされてしまったのではないだろうか。
時間が経てばたつほど不安は増していく。けれども、自分がしたことを知られたくなくて、誰にも本当のことを言うことなんてできなかった。
星が夜空できらめき始めた頃、お兄様が部屋にやってきた。彼が少し元気なさそうな様子でいることが、アイーダのせいだと気がつき、また嫉妬心が溢れてしまう。
「アイーダがまだ帰ってこないんだ。何があったか知らないか」
ミルクチョコレートのいうに甘く優しい滑らかな声で問いかけてくる。
今、言えば、アイーダを助けられるかもしれない。だけど、本当のことを言ってお兄様に嫌われたくない。
「……知らないわ」
嘘をついている罪悪感のせいで、お兄様のアメジストの瞳を見られなかった。
次の瞬間、お兄様の声色がガラリと変わった。
「セレナ。君は、嘘をついているだろう」
ゾッとするような冷たいアメジストの目で見抜かれた。
こんな目で見られたことなんて、一度もなかった。お兄様が全然、知らない男の人に思えて怖くなる。
「どうして……」
かろうじて出たのは、そんな言葉だった。
「だって、声が震えているから。だめだよ、僕を騙そうとするなんて」
笑顔で優しい声を出しているのに目が笑っていない。彼が美しすぎるせいか、ひしひしとした怒りを含んだオーラに怖気づいた。
「……ごめんなさい。本当は、知っているの」
こんなことを言ったら、お兄様に嫌われてしまうかもしれない。だけど、今は、優しいはずのお兄様が怖い。
「マリー、エリゼ、フリーナがアイーダを7番丁の裏路地にアイーダを呼び出したの。もしかしたら、アイーダはそこから崖に落ちたかもしれない」
それ聞いたお兄様が、けわしい顔になった。
「すぐに行く。セレナは、どうしてそんな奴らに協力したんだ?」
「だって……協力してくれたら友達になってくれると言われたから」
それ聞いたセレナーデは、唇に緩やかな孤を描いた。
「友達は、何かに協力してなってもらうものじゃないだろう」
お兄様は、そう言い残して去って行った。
残された言葉が、心に波紋を広げていった。
友達が欲しかった。みんなと同じようでありたかった。一人ぼっちは、惨めだった。
けれども、それは必要だったのか。
私は、自分にとって都合のいい道具を求めていたのかもしれない。
自分が一人にならなくて済むための道具を。
そんなもののために、アイーダを危険な目に合わせてしまった。
私は、最低だ。彼女に謝りたい。あんた奴に謝罪なんてしたくないけれど、危険な目に合わせたことを謝りたい。矛盾している二つの感情が暴れている。
結局、こんなあたしが誰かと仲良くなることなんてできないだろう。
それでも、いつか、本物が欲しい。
まるでもう一人の自分みたいに大切に思える人に出会いたい。
お兄様。どうかアイーダを助けてください。
私は、彼女に伝えなければいけない言葉があるのです。
セレナは、大嫌いな女の無事を心の底から祈った。




