ロリコン
どうやったら、あたしは魅力的な人間になれるんだろう。
その日、アイーダは朝から考えていた。
仕事場から家に帰ると、門の前に一人の男が突っ立っている様子が見えた。
あれは、誰かしら?気持ち悪いおじさんが、ニヤニヤしながら何かを見ている。なんて気持ち悪い男なのかしら。今すぐ生ゴミと一緒に捨ててしまいたい。
「うへへへっ……」
笑い方も気持ち悪い。
てゆいうか、そのワックスの付け方は一体、何?ワックスをベタベタつけているところだけ髪が痛んだあげくに禿げて、カッパ状態になるんじゃないかしら。
ふと、彼が持っているのが小さい女の子の写真であることに気がついた。
はっ。まさか、こいつはロリコンなのだろうか?そうに違いないわ。この近くの女の子を消えているのは、きっとこいつの仕業なんだわ。なんという変態だろうか。今すぐ火葬してやりたいわ。
「あなた、ロリコンなんでしょう」
私が話しかけると男は、ギクリとしたように肩を動かした。
「俺は、ロリコンじゃねぇ」
「はあ。その顔で言っても説得力はないでしょう」
「顔基準かよ!」
「人は、見た目が百パーセントっていうでしょう」
「その基準なら、ブサイクが全員犯罪者かよ」
「はい、そうです」
きっと将来は、性犯罪者になるに違いない。今すぐ、刑務所にぶちこまれるべきだわ。何で周囲の人間は、こんな犯罪者予備軍を野放しにしているのだろうか。
「何て恐ろしい基準なんだ。さっきのは、誤解だよ。これは、俺の娘の写真だよ」
「嘘よ。あなたの遺伝子の娘が、こんなにかわいいはずないわ。もっとゴリラに似ているはずよ」
「妻に似たんだよ」
「それにしても、あなたにはちっとも似ていないわ。本当に見れば見るほど、あなたの子供とは思えないわ。あなたの奥さん、浮気をしていたんじゃないの?」
「そんな、バカな……」
男は、この世の終わりを聞いたような顔をした。
「だって、髪の色も、瞳の色もあなたに似ていないじゃない」
「いや、でも、髪のカールの仕方とか俺に似ているし……」
「それだけでしょう」
この人は、偶然の一致という言葉を知らないのだろうか。
「いや、違う。きっと、大きくなったら俺に似てくるはずだ」
「それは、子供がかわいそうよ。それに、そんなことありえないと思うわ。あなたが、見ず知らずの美少女の写真を持っていると考えている方が、納得がいくわ。だいたい、あなたがロリコンじゃないなら証拠を出しなさいよ」
「え、え……。そんなこと言われても……」
男は、うろたえて言葉をつまらせた。
ほら、見なさい。きっと、ロリコンに違いない。
「大体、どうなものを出せば、ロリコンじゃない証拠になるんだよ。俺のエロ本とかかよ」
「まあ、初対面の女にエロ本を見せようとするなんて汚らわしいわ。気持ち悪いので、半径3000メートル以内に近づかないでください」
「俺にこの国から出て行けと!」
「むしろ今すぐ銀河系から出て行って欲しいくらいです」
「無茶ぶりすぎるだろうか。じゃあ、俺の職業を言うから疑惑を払拭してくれないか」
「牧師だろうと、学校教師だろうと、ロリコン疑惑は消えないわ」
「じゃあ、例えば、あんたがショタコン疑惑をかけられたら、どうやって無実を証明するんだよ。どうせ、証明なんてできないだろう」
「そんな不名誉な疑惑がかかったら、ショタの一人を処刑してやるわ」
「すっげぇ、発想だな」
「あなたは、そんな疑惑がかかったところで女の子を処刑できないでしょう」
アイーダは、勝ち誇ったようにそう言った。
「たいていの人間は、そんなことできないって。はあ、どうすればいいんだ」
おじさんは、困ったようにため息をついた。
その時、「アイーダ」と名前を呼ばれて振り返ると、セレナーデが立っていた。仕事帰りなのか、すごく汗臭いから、半径一キロメートル以内に近づかないでほしい。
「家の前で何をしているんだ?」
セレナーデは、首をかしげながら聞いてきた。
「セレナーデ!私は、今、ロリコン疑惑の犯罪者予備軍を捕まえようとしているところなの。あんたも協力して」
「何言っているだ?その人は、俺の家の料理人だよ」
「……」
何ですって。
あたしの額から汗がつたった。
「もう10年以上もうちに努めている信頼のできる方だ。そんな人間を犯罪者扱いするなんて失礼だよ」
セレナーデは、アイーダから彼を守るように立った。それが何だか気に食わなかった。
「ふ、ふん、あたしは悪くないわ。この人がさっさと本当のことを言わないから悪いのよ」
「俺のせいかよ!!」
そんなツッコミは、聞こえなかったことにしよう。
「しかし、アイーダってことは、あのアイーダかよ。国外追放されたという」
「べ、別にあたしは、全然悪くないわよ。ただ、ちょっと誤解というか、すれ違いがあっただけなの。運命の赤い糸で繋がっているカップルはきっと元に戻るはずだわ」
「……お前が国外追放された理由がよくわかった」
料理人のおじさんは、呆れたようにため息をついた。
「何よ。あたしは、国外追放された被害者なのよ。同情されるべき存在よ。きっと未来のシンデレラなのよ」
それを聞いた二人は、呆れたような顔をした。
「それだったら、僕が知っているシンデレラのイメージとだいぶ違うんだけど。むしろ君は、意地悪な継母に近いんじゃないか」
「何言っているの?あたしは、優しくて働き者で賢いシンデレラそのものじゃない」
たとえ全世界に虐められようとも、健気に生き続ける私そのものだ。
「君がシンデレラなら、意地悪な義妹を苛め返しているだろうね。ラストなんか『その靴は私のものです。今すぐ結婚してください』ってずうずうしく王子様に向かって挙手しているだろうね」といってきた。
「むしろ、自分こそが靴の持ち主で王子様が必死に探している運命の相手なのに、黙っている方がおかしいじゃない。あのヒロインは、
やっぱり頭がおかしいわ。もしかしたら、シンデレラは、虐められるのが大好きなドMだったのかもしれないわ」
継母や、義理の妹達に虐められるのが好きだから、名乗り出なかったのだろう。嫌がらせをうけながら、『まあ、何という快感でしょう。もっと罵って欲しいわ』とか思っていたに違いない。
「君には、謙虚とか、おしとやかさが足りないな」
「そんなもの、人間には必要ないわ。犬のエサにでもしてしまえばいい」
アイーダは、ぴしゃりとそう言い放った。この弱肉強食のこの世界でそんなことを気にかける方がバカなのだ。
「とにかく、アイーダは、ロバートに対して失礼なことを言ったんだから謝りなよ」
「何よ。このおじさんがロリコンっぽい顔でロリコンっぽい行為をしているからいけないんじゃない」
アイーダは、自分を有罪扱いしてくるセレナーデのことを射殺すように睨み付けた。
「だいたい、俺は、おじさんじゃなくて、ロバートだ。俺には、ちゃんとロバート・リンドルという名前がある。かっこいい名前だろう」
ロバートは、胸を張って堂々としながらそう自慢してきた。そんな風に調子に乗っている様子が何だか気に食わない。かっこいい部分が、唯一名前だけだなんてかわいそうに。
「ロバート・リンドルか……。略して、ロリね。やっぱりロリコンじゃない」
ロバートは、驚いたように口をあんぐりと開けた。
「何でもそんな悪意のある略し方をするんだよ」
「何を言っているの?あなたの本質と名前をかけ合わせた素晴らしいあだ名でしょうが。このあたしニックネームをつけてあげたのよ。光栄に思いなさい」
「思えるか」
「大体略してロリなんて、名前をつけられた時から、あなたはロリコンになる運命だったのよ」
「だから、ロリコンじゃないって言っているだろう。そのあだ名で呼ばれ続けたら、周囲に勘違いをされてしまうだろうが」
「その時は、堂々とした変態として生きていきなさい」
「絶対に嫌だ」
全く。あたしは、自分が魅力的になれる方法を考えていたのに、こんなおじさんに貴重な時間を奪われるなんてとんだ災難だ。
ん?ちょっと待った。
さっきセレナーデは、このおじさんのことを料理人とか信じられないようなことを言っていなかったが。こいつが料理人とか逆立ちしても似合わないけれども、もしも、それが本当のことならあたしは、有益なことを得られるのではないだろうか。
「えっと、ロリさん。あなた料理人だったのね」
「ああ、そうだよ。もしかして、お前さっきの出来事を謝る気になったのか」
「全然、違うわよ。あたし、いいことを閃いたの」
「俺には嫌な予感しかしないんだけど」
「あなたにお願いがあるのよ」
上目遣いでロバートを見つめた。
「断る!」
ロバートは、ぴしゃりとそう言って去って行こうとした。そんな彼の手をがしりと掴んだ。
「何で聞く前から断っているのよ」
「誰だって自分をいきなり犯罪者扱いしてきた奴のお願いなんて聞きたくないだろう」
「過去のことをいちいち持ち出すなんてねちっこい男ね」
「うっ……」
ダメージを受けたように心臓を抑えて倒れ込むロバート。
「ほら、早く立ちなさい。あたしのお願いを聞いてくれたら、あんたのお願いもしょぼいものながら聞いてあげるから」
「じゃあ、お前の手伝ってあげたら、俺の相談にも乗ってくれるのか」
「もちろん」
「まあ、それなら。ていうか、お前のお願いって一体なんだよ」
それを聞いたアイーダは、よくぞ聞いてくれたとばかりに顔を輝かせた。
「あたしにクッキーの作り方を教えてよ」
「はあ?」
それを聞いたロバートは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。




