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エリオット

 連れてこられたのは、泥だらけで畑を耕している少年の前だった。

「紹介しよう。この子がエリオットだ」

 なんて汚らしいガキなのかしら。まるで野良犬みたいだ。泥だらけで、薄汚れた服を着ている。髪の毛はボサボサで、肌はこんがりと日に焼けている。

「誰?このおばさんは?」

 アイーダを見たクソガキエリオットは、なんと花の17歳であるアイーダをおばさん扱いしてきた。これは、死刑に値する侮辱だ。

「アイーダ・イスタシアよ」

 一瞬でエリオットのことを嫌いになったアイーダは、ツンとつましたように言った。

「今日から、アイーダはエリオットの下で働いてくれ」

 それを聞いたエリオットは、アイーダをバカにするようにフンと鼻で笑った。

「このおばさんがまともに働けるの?」

「おばさんじゃない。あたしは、まだ17歳よ」

「俺から見たら、17歳なんておばさんだ」

「口を慎みなさい、このクソガキ」

 アイーダは、派手に舌打ちをした後、くるりとセレナーデの方を向いた。

「セレナーデ。こいつには、年上を敬わなかった罰を与えるべきよ。裸にひんむいて、一日中木にくくりつけるなんてどうかしら」

 アイーダは、人差し指をピトッと顎に当ててそう提案した。

「アイーダ。エリオットは、今日から君の上司になる人だ。ちゃんと敬うように」

 それを聞いたアイーダは、怒りのあまり唇をひきつらせた。何でこんなクソガキから仕事を教えてもらわないといけないのかしら。あたしにとって最高級の屈辱だと心の底から思った。



 エリオットいわく、冬が終わりかけているこの時期は、雑草を縫いたり、畑を耕したりする作業をするらしい。中でもジャガイモ畑は広く耕しても、耕しても、永遠に終わる気がしなかった。

あのクソ男おおおおおおおおおおおお!

 アイーダは、気合を入れて地面から雑草を引っこ抜いた。

今度、会ったら、髪の毛全部引っこ抜いてやるうううう!つるっぱげになって、女の子達の笑いものになればいいのよ!

そんな風にしばらくセレナーデへの怒りをエネルギーにして雑草を引き抜きまくっていたが、普段に、肉体労働をしていないこともあって、すぐに疲れ果ててしまった。

 汗でびっしょりになって疲れて休んでいるアイーダを目ざとく見つけたエリオットは、さっそく偉そうにいちゃもんをつけてきた。

「おい、おばさん。さぼるな。セレナーデにサボっていたって言いつけるぞ」

「あたしは、ちょっと休憩しているだけよ。その方が、効率がよくなるわ」

「休憩時間が長すぎる。もう30分くらい経った」

「それは、あなたの気のせいよ。あたしの休憩時間は、まだ3分よ!」

「おい、それはおかしいだろう。はい、働け、働け。この給料泥棒が」

「何よ、エロオットのくせに生意気だわ」

「エリオットだ。だいたい、俺はまだ12歳だ。エロでも、夫でもない」

「年齢詐称しているに決まっているわ」

「じゃあ、お前の目から見たら、俺は何歳くらいに見えるんだよ」

「70歳」

 間髪入れずにアイーダは、答えた。

「ふざけるな」

「ガミガミうるさいし、精神年齢はそのようなもんでしょう」

 年よりは、頭が固いものだ。

「どこかの組織のクスリを飲んで若返っている可能性だってあるわ。見た目は、子供、頭脳は、おじいちゃん。その名は、キモ親父エロオット」

「頭脳もちゃんと子供だし」

「さあ、早くあなたの正体を白状なさい」

「常識的に考えろ。俺は、まだピチピチの12歳だ」

「自分のことをピチピチとかいうなんて痛いわね」

「あんた、俺より年上であることを自覚しているの?」

「うっ……。歳のことを持ちだすなんて卑怯だわ」

 胸がジクジクと痛む。

「先にあんたの方が言わなかったっけ?」

「気のせいよ」

「まあ、とにかく早く働け」

「もう美しい手がすっかりマメだらけになってしまったわ」

「ブタから人間の手になったじゃないか」

エリオットは、そうバカにするように笑った。あんたなんて幽霊を見てショック死をすればいいと思った。


アイーダは、エリオットに引きずられるようにして再び畑に連れて行かれた。

そして、監視されるように働かされ続けた。

 何であたしがこんな目に合わないといけないのよ。今頃は、ウィルと一緒にあはは、うふふなパラダイスが待っているはずだったのに、どうしてこんなところで小汚いガキと一緒に雑草を抜かないといけないのか理解に苦しむ。

「はあ、はあ……。そろそろ休憩にしましょう。三時のお茶の時間だわ」

「何、甘えたことを言っているんだよ。まだ、全然、耕せていないじゃねぇか」

「でも、もうへとへとに疲れたわ。限界よ。かよわいレディにこんなことをいつまでもさせるもんじゃないわ」

「さすが年寄り、もう疲れたのか」

「お黙りなさい、あたしは疲れた振りをしただけよ」

「最低だな」

「こんな高貴なあたしに向かってそんな暴言を吐くなんて……」

その時、アイーダの手に頭にポトリと虫が落ちた。

「ひゃあ!虫が。気持ち悪い。嫌だあああああああ」

 背中がゾゾゾっとする。

「エリオット。早く虫を取りなさいよ」

「あんたが俺に対する失礼な態度を謝ってくれたらいいけれど」

「そんなの冗談じゃないわ。いいから、早くさっさと取りなさい」

「嫌だね」

このくそがきがああああああああ。いつか絶対にこの恨みを晴らしてやるわ。

アイーダは、そう心の底から誓った。



 天国のお父様とお母様。ごぎようよう。

 華やかな社交界から追放されて、悲劇のヒロインとなったあたしは、今日も、ひょろひょろとしていて人間によく似たおサルと一緒に畑を耕しております。きっと、あたしみたいなかわいくて素晴らしい人間は、きっとシンデレラのように幸せになれるでしょう。

「はあ。どうして雑草が根っこから抜けないのかしら。これは、呪われているとしか思えないわ」

「抜き方が悪いだけだろうが!ちゃんと根っこから抜け。じゃないとまた生えてくるだろう」

 仕事をしているとさっそくエリオットは、怒鳴りつけてきた。

「何よ、エロオットのくせに」

「俺は、エリオットだ。人のことをエロい夫みたいに言うんじゃねぇ」

「だって、あなた見た目がエロそうだし。将来は、きっとむっつりスケベにでもなってそうね」

 こういうのを乙女の勘っていうのかしら。

「誰がむっつりすけべだ。俺は、爽やかな好青年になっているに決まっているだろう」

「きっと、あなたは将来、溢れる衝動を我慢できず女性にわいせつな行為をしてしまうでしょう。不名誉な評判を背負ったあなたは、誰とも結婚できず、全人類の女性から白い目で見られ続ける。そして、孤独のあまり最後は自殺。ああ、なんて悲惨な人生なのかしら」

「勝手に人の人生を決めつけるんじゃねぇ。そんな人生、絶対に嫌だ」

「あなたの人生よ。運命を受け入れなさい」

 やはり、エロオットという名前を付けられた時点で、こいつの人生はそうなる運命だったのだろう。

「絶対にそんな風にならないから」



 蟲を見る度に、キャーキャー騒いでいた頃の自分は、もういなかった。特に蚊を見たら反射的に殺すようになった。

「死ねええええええええ!」

 こうやって蟲を殺すとすごくすっきりした気分になる。まるで、すがすがしい朝一番の空気を吸ったように晴れやかになる。

「ちょっと怖いんだけど」

「うるさい!こっちは、蚊に対して恨みが積もっているのよ。よくもあたしの美味しい血を吸ってくれたわね。この世界の蚊を生きていたことを後悔させるくらいの拷問にでもあわせてやりたいわ!」

「怖えっ」

ついでに、近くを跳んでいたハエもぶっ潰した。

「ふー。スッキリしたわ」

「……恐ろしい女だな」

「あなたもついでにゴミ箱に捨ててあげようかしら。豚であるあなたに人権なんてないし」

「さらりと当然のように人権を剥奪するなよ」

「存在権をもらっているだけ、ありがたいと思いなさい」

「存在権って何だよ。勝手に作るなよ」

「うるさい。ちびのくせに生意気よ」

「おばさんのくせに」

「何ですって。あなた、視力が悪いんでしょう。こんな美しい私の姿を拝めないなんてかわいそうに」

「誰が拝むか、バカ!」

 農場いっぱいに、エリオットのツッコミが響き渡った。



 これから、働かないといけないと思うと、まるでお葬式に行くような気分になった。ああー。今すぐタイムスリップをして、今日の仕事が終わった後の時間へ行きたい。

 そもそも何で人は、働かないといけないんだろう。

 もう働きたくない。ここから一歩も出たくないという心の声が聞こえる。

 ありのままに生きるのは、どうだろうか。そうだ。ありのままの姿で生きるのよ、あたし。

 などと現実逃避したところで、働かなければ生きていけないという事実は、変わるわけがないので、あたしは無理やりベッドから出た。

 寒いけれど、頑張って着替えて、顔を洗いった。軽い朝食を食べた後、髪を結んで、仕事場に行く。

 そこで待っていたのは、仁王立ちをする鬼のように偉そうな態度のガキだった。

「おばさん、もっとシャキッとしろ」

「だって、眠いんだから仕方がないでしょう」

 そう言って、アイーダは、あくびをした。あー。二度寝がしたい。

 そう思いつつも、二人で昨日の雑草抜きの続きから始める。

「年寄りには、早起きもきついのか」

「何ですって。あなたの方が眠そうじゃない」

「いや、俺は眠気なんて少しも感じていないから」

「ちゃんと眠らないと背が伸びないのよ。まあ、あなたの場合、ちゃんと寝てもちびのままだと思うけれど」

「うっせぇな。俺は、大きくなったら、町一番のイケメンになるから」

「あなたみたいなサルは、大きくなったらゴリラ一直線よ」

「サルは、ゴリラにならないし。まあ、見ていろ。俺は、絶対にイケメンになるから」

「大きすぎる夢は、挫折するものよ。早く自分の低すぎるスペックを自覚しなさい、このチビ」

「俺は、今はちょっと背が低いけれど、将来は強くてかっこいい精悍な男になるんだ」

 こいつは、ゴキブリがライオンに成長しないことを知っているのだろうか。

「大体、あんたみたいなひょろ男が誰よりも強くなれるわけがはいでしょう」

思いっきりバカにしてやると、エリオットは、唇をかみしめて悔しそうにあたしを見てきた。

「そんなに落ち込まないで。いい考えがあるわ。きっと、あんたが性転換して女の子になれば全て問題は、解決するわ。そうすれば、あんたは、女の子の中で一番強くなれるわ。こんな突飛なことを思い付くなんて、あたしはなんていう天才でしょう」

「……ふざけるな」

「ふぅ。そろそろ疲れてきたわ。休憩にしましょう」

「おい、さっきも休憩しただろう」

「うるさい。ちょっと飲み物を飲んだらすぐに戻るから。このあたしが干からびたらどうするのよ」

 アイーダは、うるさいチビを黙らせると、さっさと飲み物を取りに屋根付きのスペースに向かった。


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