97 全てのエルフの解放に向けて 1『受け入れ場所』
万全とはいかないものの、資金・人材・拠点の全てに一定の目処が立った。人脈も多少はできたと思う。
なので俺はいよいよ、リンネと約束した全てのエルフの解放に向けて動く事にする。
と言っても、まずはこの国の中でだけだけどね。
全エルフの解放を目指すに当たって、俺が考える問題点は三つある。
一つめは、膨大な数のエルフさん達を住まわせる場所と、食べ物の確保。
二つめは、エルフさん達を解放し、大森林なり鉱山なりに連れてくる方法。
三つめは、今まで人間社会においてエルフの奴隷が担っていた仕事をどうするか。代わりに人間の奴隷が埋める事になったら、ちょっと心苦しい。
これらを順に検討していくと、まずは住まわせる場所と食料の確保について。
エイナさんとリステラさんから情報を集めた所、奴隷にされているエルフの数はこの国だけで、40万~50万人だろうとの事だった。
ピーク時の鉱山の100倍である。
薬師さんによると、エルフ族と人族がまだほとんど接触を持っていなかった100年前、今のパークレン子爵領の範囲にあったエルフの村は31ヶ所。人口は2000人ちょっとだったらしい。
村の数はともかく、人口はすでに上回っている。
そして新たに住む数は、40万人でも元の人口の200倍だ。50万なら250倍。
これだけの数になると、いかに大森林地帯が広大でも、本当に受け入れ可能なのかという疑問が出てくるのだ。
狩猟採取の生活は、農耕生活よりも一人当たりが必要とする面積がずっと広大になる。
リンネに『今管轄してる範囲内で、エルフ50万人って生きていけると思う? 昔の感覚で、村7500個分』と訊いてみたら、『ななせんごひゃく……ですか? すみません、ちょっと想像がつかないです……』と言われてしまった。
無理もないと思う。元の人口より多い村の数なんだから。
リンネと初めて故郷の村に行った時、『この辺りは食料が豊富なので、300人くらいならまとまって住めますよ』と言っていたのを思い出すが、もうそんな次元じゃないもんね。
そしてあの時のリンネの発言は、狩猟採取に頼るエルフの暮らしでは、食料が豊富な場所でも一ヶ所に300人以上が住むのは難しいという事でもある。
そして森は、食料が豊富な場所ばかりでもないだろう。
採取ができるエルフさんが足りない問題は時間で解決できるが、森の許容量が足りないのはどうしようもない。
一方、俺の中ではエルフと人間が共に暮らすのは無理との結論が出つつあり、リンネの妹の一件でほとんど確定的になっているので、住む場所を完全に分け、お互い接触を持たない形での共存が理想形だと思っている。
将来何百年か先には状況が変わるかもしれないけど、今は隣人として入り混じっての共存や、お互いに協力して暮らす共生は無理だろう。
なので、もし森で受け入れきれないなら鉱山で引き受ける事になる訳だが、何人くらいになるのだろうか?
10万人? 20万人? ……養えるかな? そもそも収容できるかな?
なにしろ、ちょくちょく行く王都の人口が5万人。内戦前のネグロステ伯爵領の全人口が8万人だったのである。
20万人となったら、もう完全に規格外の数である。
軽く計算してみたら、食費を一人一日300アストルと低めに見積もっても、10万人一年間でおよそ110億アストルである。
鉱山運営の初期にした計算を当てはめると、重量で一日あたり100トン。
20万人ならさらに倍。ううん……。
正直かなり厳しい気がするが、初期から鉱山にいた牧場出身のエルフさんの中には、ぼつぼつ採取Lv2になる子も出始めている。
その協力があれば、ちょっと苦しいかもしれないけど不可能ではない……かな?
だが、下手したらエルフさん達の命に関わる事なので、昔からのメンバーに集まってもらって相談する事にする。
俺と妹、ライナさんとニナにも加わってもらい、エルフ勢がリンネと薬師さん、レナさんにセレスさんと、ヒルセさんにも加わってもらう。リンネの妹であるレンネさんも呼んだので、総勢10人だ。
まずは俺から状況と色々やってみた試算を説明し、準備があるから実行は来年と前置いた上で、意見を求める。真っ先に薬師さんが口を開いた。
「ぜひともやってほしい! 資金が足りないなら、私がどんな事をしてでも稼いでみせるから!」
さすが薬師さんは積極的だ。国内にはここ以外にも鉱山があるので、その地獄の環境を知っている薬師さんとしては無理もないだろう。
リンネの隣に座っているレンネさんも同意見らしい。過酷な体験をした二人が積極的なのは当然だろう。
続いて口を開いたのは、意外にもニナだった。
「食料買い付けの件ですが、一日100トンとなると、王国の北部から東部にかけて、かなり広範囲から買い集める事になります。輸送はなんとかできると思いますが、広範囲で食料価格の高騰が発生するでしょう。
一日200トンの場合は、国全体で価格の上昇が懸念されます。輸送も円滑に進むとは保証できません。もし運悪く不作でも重なれば、大きな混乱の要因になると思われます」
おお、ニナ頼もしくなったな……。
成長に嬉しくなる反面、発言の内容はすごく重い。
王国全体の人口が350万人ほどだそうだから、20万人と言えば5.7%に当たる。
エルフさん達は基本ろくな物を食べさせてもらっていないので、その人数が人並みの食事をするようになったら、それだけで国家規模の食糧問題が発生するのだ。
わぁ、すごい大事だなこれ……。
事実上難色を示すニナの発言に、薬師さんの表情が厳しくなるが、理論だてて説明された事に感情で反論をするほど、薬師さんは愚かではない。
ニナから見れば薬師さんは火傷を治してもらった大恩人な訳で、その人の希望に反する意見を言うのは相当苦しかったらしく、申し訳なさそうに視線を伏せているが、よくがんばったと思う。
さすがリステラさんが高く評価するだけあって、優秀な子に育ってくれている。
続いて発言したのはセレスさんだった。
「食べ物の問題を別にしても、最大50万人が住む所なんてあと一年じゃ準備できないですよ。そりゃあ人族の奴隷として使われている状況を思えば、野晒しで野営の方がマシかも知れませんけど……」
その発言にレナさんが続く。
「服は、年内にようやく一人一着新品が行き渡る予定ですが、野営でまともな服もなしだと冬の寒さが心配です。実行するなら今から服の生産を防寒着に切り替えないといけませんので、なるべく早めの決定をお願いします」
この二人は消極的賛成って感じかな?
ヒルセさんも小さく手を上げて発言する。
「相当数を森へ移住させるにしても、なにも知らない子をいきなりでは色々と心配です。まずは今いる子達をもう少し教育して、新しく来る子達の面倒を見られるようになってからの方がいいのではないでしょうか?」
ヒルセさんは延期派か……。
だがそれには問題があって、俺が考える問題点の三つめ。エルフ奴隷の労働力を代替するには、少なからず人間の労働力が必要なのだ。
そのためには、去年の内戦の影響で失業者が多い今が最大の好機となる。
俺だって急ぎすぎなのは分かっているけど、何年も先に延ばしたら時期を逸する事になりかねないのだ……。
お、ライナさんが手を上げた。
「今までの話を聞いていると、どうもまとめて全員を引き受ける前提のようですが、順次にという訳にはいかないのですか?」
これは俺への質問だよね。
「ええと、牧場の機能を止めちゃわない限り、順次だと生産を増やされて結局奴隷として使われる数は変わらない事になると思うんですよね。だからやるなら、エルフの奴隷という制度そのものをなくす方向でいかないといけないと思っています。なのでどうしても、一度にまとめてになっちゃうんですよ」
「……制度をなくす方法には当てがあるのですか?」
「成功するかは分かりませんけど、考えている事はあります」
「なるほど……」
というか制度そのものをなくす方向じゃないと、どのみち無理なのだ。
間を取って45万人として、相場の一人100万アストルで買い上げたら4500億アストルだよ。天文学的な金額だ。出せる訳がない。
ここみたいに鉱山一つ単位で買い上げる方法もなくはないが、鉱山を買い上げてエルフさん達を解放したら生産が止まる訳で、ここは金鉱山だったから許されたけど、生活に密着した鉄鉱山だったりしたら問題化不可避だ。
と、リンネが険しい表情で言葉を発する。
「洋一様。食料の件ですが、一番問題になるのは冬の間です。二年目からは半人前でも採取に出てもらえばなんとかなるとして、最初の冬を越せるかどうかが鍵になります。そこでその間の食料として……ドラゴンを狩る事ができればまかなえるのではないかと思うのですが」
……は? ドラゴン?
そりゃここはエルフとかいるファンタジーな世界だけど、あまりにファンタジーな生物の名前の登場に、俺の時間はしばし停止するのだった……。
大陸暦421年2月10日
現時点での大陸統一進捗度 1.2%(パークレン鉱山所有・エルフ3163人)(パークレン子爵領・エルフの村24ヶ所・住民2301人)
資産 所持金 32億7583万(鉱山の収支は月に一回ニナから報告)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(パークレン鉱山運営長)




