96 順風満帆
年が変わって大陸暦421年の2月。俺の周りでは全てが順調だった。
今年は新年のお祝いにも参加できたし、大森林地帯へのエルフさん達の移住計画は着実に進み、多数のエルフさん達が森の中でのエルフ本来の生活を取り戻しつつある。
土加工を行っている村では、焼き物やガラス製品の生産もスタートした。
探索の結果、まだ人間に襲われていなかったエルフの村を三つ発見する事ができ、薬師さんを通じての交渉と、塩や薬、焼き物やガラス製品などの提供と引き換えに、牧場出身のエルフさん達を受け入れてもらったり、新たな移住先を作る基幹要員を出してもらう事もできた。
去年の内戦後に買い集めたエルフさんの中から、森出身者に聞いた仲間の消息に基づいての捜索も成果を挙げ、新たに16人の森出身エルフさんを確保する事ができた。
無事だった村から協力してもらった人達を併せて、新たな移住先を18ヶ所開拓し、1800人を追加で移住させる計画も順調だ。
リンネの妹のレンネさんは、救出から8ヶ月経った頃、初めて笑顔を見る事ができた。
リンネによく似た愛くるしい、魅力的な笑顔で、着実に回復してくれている事に、俺も思わず笑顔になってしまった。
これから先も、少しでも多く笑っていてほしいものだ。
今はリンネと一緒に森に入ったり、牧場出身のエルフさん達に知識を教えたりして、元気に働いてくれている。
病室に入院していたエルフさん達も、全員が退院した。
手が空いた薬師さんは、土加工をやっている村で新しい調合器具を作ってもらい、すこぶるゴキゲンで、一日中部屋にこもって調合をやっては、リンネにご飯を食べるようにと怒られている。
もっとも、鉱山での自家消費用、森の村に送る用、人間に売る用と薬の需要は高く、薬学を修めたエルフは薬師さんしかいないので、助かっているのも確かである。
レナさんを中心とする布加工班の活動も好調で、エルフさん達全員に新しい服を支給する目途が立ったそうだし、レナさんは以前に言っていた『コウセンチョウ』の飼育を始め、細くて丈夫な糸の生産にも乗り出している。
石加工班も、エルフさん達が使う道具を順調に供給してくれている。
優先度の関係から弓矢の鏃などにはまだ回っていないようだが、それもそのうちなんとかなるだろう。
むしろ、あまり狩りをしすぎるとこの辺りから獲物がいなくなってしまうのではないかと心配になるが、そこはさすが森の民だけあって、ちゃんとその辺の事は考えているらしい。
リンネに任せておけば大丈夫だろう。
獲物と言えば、革加工班も服や日常使う道具の他、靴の生産に力を入れてくれていて、もう鉱山に裸足のエルフは一人もいない。
最近はリステラ商会を通じて人間にも売っていて、軽くて丈夫だと、大いに好評を博しているらしい。
もう一つ好評なのが、セレスさんとその弟子達が作る木製品と馬車で、特に馬車は、あればあるだけ売れるほどの大好評なのだそうだ。
車軸と車軸周りの加工がいいので、すごく乗り心地がいいし、車輪の回転がスムーズで軽快に走り、スピードも出る。
貴族が使う高級馬車から荷物の輸送用まで、あらゆる用途に引っ張りだこだそうだ。
エルフさん達が作る製品は基本実用本位なので、リステラさんは鉱山近くに土地を手に入れて、木工工房を設立した。
そこでエルフさん達が作った木製品に装飾や彩りなどをほどこし、王都や各地に運んで売っているようだ。
表向きは一から工房で作っている事になっているので、出所を探られなくて大変ありがたい。
実体はないが、革製品の工房や、製薬所もある事になっているらしい。
リステラ商会は今や王国一の大商会に成長したそうで、ネグロステ伯爵領のある北西部を中心に、西部や北部。王都周辺でも大々的に商売をしている。
最近では南部諸地域にも進出しはじめていて、下手な男爵家クラスでは相手にならないほどの影響力を有しているらしい。
この前久しぶりに会った時、冗談めかして持ち上げてみたら、『おや、私は今でも洋一様の雇われ店長のつもりなのですが?』と言われてしまい、思わず真顔になった。
……まぁなんにせよ。関係が良好なのは良い事である。
冒険者ギルドとの関係も良好に維持できていて、去年の秋にはみんなで集めてもらったフランの花を大量に持ち込んだら、全部で8億アストルにもなった。
定期的に大森林外周部の見回り依頼を出しているおかげもあってか、大森林地帯に入れなくなった冒険者達の不満も、特に発生していないようだ。
ニナは最近リステラ商会との取引が激増したので、とても忙しそうだが元気に働いてくれている。
表向きの鉱山所有者であるライナさんと、エイナさんにも話して、鉱山の営業と物資管理、ついでに経理も一括で差配する、運営担当長になってもらった。
正式な肩書きは、『パークレン子爵家所有・パークレン鉱山主席運営長』と言うなにやら大げさな物で、パークレン子爵家から運営を任されている証である、印章が彫られた指輪を身に着けている。
ニナはまだ小さい分大人から軽く見られやすいので、この手の肩書きや後ろ盾が大いに役立つのだ。
おかげで鉱山前の市場にやってくる周辺の村人や行商人も。王都や工房との間を往復しているリステラ商会の御者達も、みんなニナには一目置いてくれているようで、目立ったトラブルも発生していない。
本人は『そんな大役とても……』としり込みしていたが、『無理な所は手伝うから』と言って引き受けてもらい、なんだかんだで立派にこなしてくれている。
人材大好きリステラさんが『うちに引き抜きたいくらいです』と言っていたので、実力は本物なのだろう。
リステラさんから本を借りたりして商売の勉強を続けているそうで、先日鑑定してみたら、『会計Lv2 経営Lv1』になっていた。
相変わらずの『スキル:なし』である俺としては、そろそろ敬語とか使った方がいいかもしれない。
ヒルセさんが教えてくれている牧場出身エルフさんに対する読み書きも、すでに二期生までが卒業し、卒業生が新しい先生になる事で、全員が読み書きをマスターするのもそう遠くないだろうとの事。
妹は料理スキルを持つエルフさん達と一緒に、日々の食事作りや食材の研究に邁進している他、最近は熱心に瓶詰めを作っている。
土加工をやっている村で生産されるビンと、ニナの手術や気球にも使ったビニール状の樹皮。それと木栓で食材を密封し、煮沸消毒する事によって長期保存が可能になるのだ。
元の世界での保存食としては缶詰の方が一般的だったけど、そういえば瓶詰めも元は保存食として開発されたと聞いた記憶がある。
リステラ商会を通じて販売と普及もはじめているようで、『これが広まれば海の魚や貝、遠方の果物なんかも手に入るようになって、お兄ちゃんにもっと美味しい物を食べてもらえるようになるよ!』と、やる気満々だった。
動機はともかく、こちらも人気と反響は大した物らしく、リステラ商会が大いに儲かっている他、妹の元にもかなりの大金が入ってきているようだ。
それを元手に、海沿いの港町や名産品が採れる地方などに瓶詰め工場を作ろうとしているらしい。
俺としても美味しい物が食べられるのは大歓迎なので、ぜひともがんばってほしい。
ただ、今の所はビンの数が不足しているので、かなりの希少品かつ高級品扱いなのだそうだ。
元々ガラス自体が高価な物だし、大森林の土加工をやっている村で作ってもらうにしても、生産より輸送が大変なのだ。
森の中は道がないので、村々を巡回しているエルフさん達が持って運べる分しか輸送できない。
エルフさん達は細身なわりには力持ちだけど、他にも狩った魔獣の素材とかも運んでもらっているので、どうしても量が限られるのだ。
牧場出身のエルフさんで一番成長が速い子はもう弓術Lv2になっているが、そのくらいの技量では単独や少人数で森の奥深くを歩かせるのは自殺行為らしく、ベテランの森出身エルフさんの護衛が必要になるとの事。
いくら本来の棲家とはいえ、大森林はエルフさん達にとっても決して優しい場所ではないのだ。
川は何本も流れているが、水辺には大型の魔獣がいる事が多いのと、流れが速かったり滝があったりするので、船を使っての輸送も難しいらしい。
大森林地帯は大山脈の裾野なので、意外と高低差があったりするのだ。
まぁ、そうそうなんでも上手くはいかないよね。
とはいえみんなの働きのおかげで、もう一粒の金も産出していないのに、先月の収支は1億6700万アストルもの黒字になった。
鉱山の税金や、大量に買い集めている食料の代金。ライナさんやニナに支払っている賃金を差し引いてのこの金額なので、正直かなり凄いと思う。
向こう四年間でもらえる予定だった160億アストルが飛んでしまった穴を埋めるには足りないけど、こっちは永続的だし、更なる拡大も見込まれる。
長期的にはより大きな財源になるだろう。
資金に余裕ができ、人材も充実してきたし拠点もできた。
ここまで下地が整ったからには、いよいよ大目標に向かうべき時なんだろうな……。
大陸暦421年2月3日
現時点での大陸統一進捗度 1.2%(パークレン鉱山所有・エルフ3163人)(パークレン子爵領・エルフの村24ヶ所・住民2301人 ※無事だったエルフの村含む)
資産 所持金 32億7583万(+11億6100万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(パークレン鉱山運営長)
※ コウセンチョウの話は36話に出てきます。




