91 悪徳商人
目的の街までは、通常24~25日と言われているらしいが、20日で着いた。
かなりの速度らしく、護衛のB級冒険者の人がライナさんと馬を盛んに褒めていたが、今はそれ所ではない。
帰りもあるので、護衛の人達はお金を渡して宿に泊まってもらい。俺達は別の宿で作戦会議だ。
相手は男爵に降格されたとはいえ、貴族である。リンネの妹を助け出すのは容易ではない。
リンネが『私が身代わりに……』と悲痛な表情で申し出たが、それは無理だ。たとえ代わりを提供した所で、秘密の趣味に使った奴隷を再び世に出すはずがない。自分の犯罪行為を公言するのと同じ事だ。
パークレン子爵ことエイナさんに紹介状を書いてもらう事も考えたが、第三王子派に与して没落した貴族と、内戦の功労者として叙爵された新興貴族。
どう考えても相性最悪である。
逆に取り入ろうとしてくる可能性も無いではないが、まずは全力で警戒してくるだろう。
俺が接触したいのは暗部・恥部に類する案件なので、警戒されるのは絶対的によろしくない。
……となるとやっぱり、目指すべきは同じ穴のムジナだよね?
俺は奴隷商を装って近づく旨をみんなに伝え、まずは男爵と接触を持つべく街へ出る。
申し訳ないけど、リンネは宿でお留守番だ。首輪と鎖はできるだけ外しておきたいし、なにより今のリンネは、冷静さを欠いていて危なっかしい。
妹とライナさんの三人で街を歩くが、わりと大きな街なのにどうにも活気がなく、沈んだ雰囲気だった。
領主が伯爵から男爵に降格されたせいなのか。あるいは内戦で多くの人的被害を出したのか。とにかくすごく景気が悪そうである。
ついでに治安も悪そうだ。
しかも、ここが南部だからというのもあるのだろうが、5月の初めだというのに空気がジメッとしていて、少し蒸し暑い。
それが余計に、街の印象を淀んだ物にしている気がする。
護衛としてライナさんの実力は信頼しているが、真っ赤な鎧が目立って逆に襲われそうな気もする。美人だし。
そんな事を考えながら歩いていると、不意に妹が俺の袖を引いてきた。ああ、やっぱりか。
危険察知能力を持つ妹の警告に慌てて進路を変え、回り道をして目的の場所を目指す。
目的地である領主館近くの酒場に辿り着くまで、さらに二回進路を変更する破目になった。治安悪すぎるだろ……。
領収館近くの比較的立派な酒場に入り、俺と妹は果実ジュースを、ライナさんには薄いお酒を注文し、カウンターに座ってぐるりと店内を見回してみる。
まだ陽のある時間帯なのに、結構な人数が飲んだくれていた。やっぱり景気悪いんだな。
ひとしきり店内を観察した後、俺は店主を呼んで小声で話しかける。
「なあ、俺はこの街で商売をはじめたいと思っている商人なんだが、領主様に繋ぎをつける方法を知らないか?」
俺の言葉に、店主は胡散臭そうな目をこちらに向けた。そりゃそうだろうな。
「こういう時だからこそ、手に入る利権があるんだよ」
そうもっともらしい事を言いながら、店主の手に一万アストル銀貨を握らせる。説得力が足りない分は、マネーパワーでカバーするのだ。
銀貨を受け取った店主は表情を緩めたが、なおも情報を渋るので、結局銀貨三枚を握らせて情報を得た。
「奥で飲んでる、一番ゴツい奴がいるだろ? あいつは元領軍の隊長だった男だ。この前の戦争で足を怪我してクビになったが、お屋敷には知り合いが多いし、領主様にも顔が利くはずだ」
「……なるほど、感謝する」
そう言って、ジュースを一息に煽って立ち上がる。……ってか不味いなこれ。妹もすごく微妙な表情をしているぞ。これも景気が悪いせいか?
気を取り直して、店主からこの店で一番高い酒のボトルを二本買い、それを持って元隊長の元へ向かう。
……しかし、領地を減らされて領軍も縮小したんだろうけど、いくら負傷したとはいえ隊長をクビとか思い切ったな。
責任でも被せたのかな?
元隊長は少し荒れている感じだったが、酒のボトルを置くと急に機嫌が良くなり、銀貨20枚が入った小袋を渡したら、あっさりと領主に繋ぎをつけてやると約束してくれた。
景気の悪い街でマネーパワー、ホント優秀。
翌日の朝、例によってリンネは宿に残したまま、馬車で領主の屋敷へと向かう。
昨日の酒場の前で元隊長と合流して屋敷へ向かうが、昨日の今日って早いよね。
元隊長さん意外と影響力残ってるのかな?
領主の屋敷は、さすがに元伯爵家だけあって立派な物だった。
でも、屋敷の規模に比べて警備の兵士が少ない気がするし、庭も少し荒れている。
元隊長さんとは屋敷の入り口で別れ、今度はメイドさんの案内で応接室に通される。ライナさんの槍は屋敷の入り口で預かられてしまったが、これはしょうがないだろう。
応接室までの屋敷の中は、『ああ、この台の上に彫刻かなにか飾ってあったんだろうな』とか『ここ絵が飾ってあったんだろうな』という痕跡があちこちにあった。
領地が減って収入も減ったのと、多分取り潰しを免れるためにあちこちに賄賂を贈ったりしたのだろう。経済的に困窮しているのがありありとわかる。
俺にとってはとても都合がいい。
お茶も出ないまま応接室でしばらく待っていると、歳の頃40~50歳くらいの、痩せて神経質そうな男が入ってきた。立ち上がり、頭を下げてお迎えする。
男はいかにも機嫌が悪そうで、俺達の正面のソファーにドカリと腰を下ろすと、視線をこちらに向けてくる。
俺は立ったままで言葉を発した。
「御領主様、お目通りをお許しいただけて光栄の至りでございます」
あえて男爵とは言わない。神経逆撫でするの分かりきっているからね。
「フン、下賎な商人がなんの用だ? 領軍長の頼みだというから会ってやったが、つまらん用件だったら死罪だぞ」
おおう……なんかいかにもな感じの人だ。いきなり死罪って、飛ばしすぎじゃない?
それとも、ふつうの貴族ってこんなもんなんだろうか?
俺が知っている貴族は、ネグロステ伯爵家の人にファロス大公。どっちも貴族としてはかなり特殊な人らしいからなぁ……。
そして、元領軍長じゃなくて領軍長からの紹介なのね。
なるほど、昨日酒場で会った元領軍長さん。クビにはなったけど、多分後輩なのであろう現領軍長には影響力があるという事か。
色々納得がいった所で、本題を切り出す。
「実は私ども、このたびこちらのご領内で商売を始めさせて頂きたいと思っておりまして、本日は御領主様にご挨拶をと思って参った次第でございます」
なるべく卑屈な感じを意識しながら、箱を取り出してテーブルに置く。
ふたを開けると、中には100万アストル金貨が30枚。ぎっしりと並べてある。
お、男爵の目の色が変わったぞ。わかりやすくて大変ありがたい。
「……ふ、フム。感心な心がけだな。よかろう、せいぜい励むがよい」
「はい、ありがとうございます。つきましては、多少御領主様にご迷惑をおかけする事があるかも知れませんが、その折はよしなにお願い申し上げます」
その言葉に、男爵の視線が金貨から俺に移り、表情が変わる。さすが元伯爵、ただの挨拶で3000万アストルもの大金を持ってくる訳はないと、ご理解頂けているようだ。
さて、ここからだぞ……。
「おまえ、なんの商売をするつもりだ?」
「はい、奴隷を商いたいと思っております」
「……ほう」
男爵の表情がまた変わる。今度はいやらしい、下卑たものに。
そうですよね、あなたこの手の話に興味深々ですよね……。
大陸暦420年5月3日
現時点での大陸統一進捗度 1.2%(パークレン鉱山所有・エルフ5255人)(パークレン子爵領・住民0人)
資産 所持金 34億8796万(-3091万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(鉱山前市場商店主)
※ 次話は虐待されるエルフの話になります。苦手な方は読み飛ばしてください。
内容については93話の前書きで、物語の進行上問題ない程度に補足しておきます。




