90 リンネの妹の行方(ゆくえ)
新たに仲間になった森出身のエルフさん達には、他にも森出身エルフの情報を知らないかと聴き取りをしている。
そこで得られた情報を元に、近いうちに買い取って回る旅を計画していたのだが、リンネの妹と聞いては穏やかではいられない。
命に貴賎があるとは思わないが、個人から見た場合の重要度、優先順位というものは間違いなく存在する。
行った事もない国の、会った事もない人が死んだニュースを見てもあまり心は動かないが、自分の身近な、大切な人の死には心が大きく揺れ動く。
これはもう倫理や道徳観の問題ではなく、人間の本質的な感情だと思う。
俺の場合は、なにより重要で優先するべきは妹の命。次が大恩あるリンネや、妹の命を助けてもらった薬師さんだろう。
自分の命はどこに入るかな? 妹より下なのは間違いないが、リンネとはどうだろう……?
まぁそれはともかく、俺にとっては妹の次に大切なリンネの、多分一番大切な人の消息である。
妹の事は、今まで何度もリンネから話を聞いた。
女の人同士で子を成すエルフの、リンネの産みの親と心を寄せ合った人が産んだ子で、リンネより二日遅く産まれた妹。
名前はレングネースといって、通称レンネ。
実際には妹といっても双子のようなもので、幼い頃から一緒に過ごし、一緒に育ってきた最も身近な存在。
必然的に目指す道も同じになり、森に入る時にはいつも一緒で共に弓の技術を磨き、採取の知識を競い合った、半身のような存在なのだと言っていた。
そんな人の消息が分かってしまった以上、これはもう最優先で行動せざるをえない。
得られた証言によると、その人とリンネの妹は同じ商会に買い取られ、最近まで一緒に働かされていたのだそうだ。
買われた先は小麦粉を扱う商会で、粉挽き機を人力で回したり、小麦や小麦粉が詰まった重たい袋を運んだり、馬車に積み降ろしたりする重労働をさせられていたらしい。
そうして20年ほどを過ごしていたが、半年ほど前。そこに身なりのいい男がやってきて、リンネの妹に目を留めて買い取っていったとの事だった。
それ以降の消息は不明。
さらなる聞き取りを進めつつ、リステラさんとエイナさんに問い合わせて情報を収集した結果、商会は王国南部に存在し、伯爵家から領内の製粉業独占権を与えられた特権商人だという事が判明した。
だがその伯爵家は先の内戦で第三王子派に与し、取り潰しこそ免れたものの、領地を大幅に削られて男爵家に降格させられたらしい。
当然商会も没落し、扱う小麦の量が減ったので余分になった奴隷を売りに出した中に、リンネ達と同じ村出身の人がいたようだ。
本来南部はリステラさんの活動圏外だったが、商会が小麦を商品としていたため独自の商隊を持っており。少しでも高く売ろうと王都に運んで売りに出した結果、リステラさんの網にかかったらしい。
まさに偶然の産物だ。
そして問題のリンネ妹を買っていった男だが、聞き取った外見を知らせた所、エイナさんからの手紙に『その地の領主である、元伯爵で現男爵の男だと思われます』と書かれていた。
時期的に、戦いに備えて食料調達状況の確認に出向いたのだろうとの事。
さすがだ、もう当たりがついた。
だがエイナさんからの手紙には続きがあって、『通常、貴族家ともなれば使用人には奴隷ではない人間を雇うのが普通です。一部人間の奴隷を使う仕事もあるでしょうし、下働きにエルフの奴隷を使う事もあるかも知れませんが、当主が選んで買い求めるような事はありえません。なにか特殊な理由があるのだろうと推察いたします』との事だった。
貴族家当主が、エルフの奴隷を選んで買う特殊な理由…………なんかもう嫌な想像しか思い浮かばない。
だが、場所が分かったからにはもう出向くしかない。
いつもは落ち着いているリンネが、目に見えてそわそわしていているのだ。そして気持ちは大いにわかる。
迅速に準備を整え、俺と妹にライナさんとリンネ。四人で鉱山を出発する。
薬師さんも来たそうにしていたが、多くの患者を抱える身なので泣く泣く諦め、代わりに薬をたくさん持たせてくれた。
ヒルセさんはリンネのためにと、壊した首輪を材料にして奴隷の首輪そっくりの物を作ってくれた。これで道中の危険を減らす事ができる。
本物と違って簡単に外す事ができ、もちろん絞まってくる事もない安全な品だ。
ヒルセさんは薬師さんに手術してもらった左腕が完全に回復したらしく、鑑定してみたら木材加工がLv5から7になっていた。
日常生活には支障がないと言っていたが、やはり専門作業には問題があったようだ。
そのヒルセさんからも『よろしくお願いします』と頭を下げて見送られ、俺の方も留守中の事と森への移住計画進行をお願いして、まずは王都へと向かう。
王都でエイナさんと会い、情報を仕入れるついでにリンネの妹が買われていった理由について予想を訊いてみたら、『まず間違いなく、特殊な性的嗜好の解消用。人間相手には、奴隷であっても許されないような行為のためでしょうね』と、大変ストレートなご意見を頂いた。
やっぱりそうだよね……買われて半年、無事に生きていてくれるといいな……。
最初は途中まで南西部トレッドへ向かう隊商に同行させてもらおうと思っていたのだが、気が急いたので冒険者ギルドで護衛を雇い、まっすぐ目的地へ向かう事にする。
いつもは明るいリンネの表情が、今はどこか仄暗い。
買われていった理由についての話はしていないが、感じる所があるのだろう。
ライナさんもそれを察して、全速力で馬車を飛ばしてくれた。
セレスさん特製の馬車は優秀で、護衛に雇った騎乗の冒険者が驚くようなスピードで、春の青葉が茂る草原地帯を、一路南部へとひた走るのだった……。
大陸暦420年4月12日
現時点での大陸統一進捗度 1.2%(パークレン鉱山所有・エルフ5255人)(パークレン子爵領・住民0人)
資産 所持金 35億1887万(-563万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(鉱山前市場商店主)




