87 領軍で使われていたエルフの奴隷
気球の素材について学び終えたエイナさんは、ライナさん操縦の馬車で王都へと戻っていった。
姉妹二人旅ですごく嬉しそうだったのを笑顔で見送ったが、それと入れ替わるように、王都のリステラさんから買い集めたエルフの奴隷達が送られてくる。
久しく忘れていた感覚が、俺の中に蘇ってきた……。
馬車から降りてくるエルフさん達はみんなひどく痩せ衰えていて、髪の色も分からないほど薄汚れ、ボサボサの髪の隙間から、ギョロリと光る目でこちらを見てくる。
その目には希望などなく、苦しみと悲しみと脅えだけが宿っていた。
せめて人間に対する憎悪の感情でも見えたらと思うが、あるのはただただ絶望のみである。
初めて鉱山に来た時に見た、あの感情を失った石像のようなエルフの群れを思い出す。
鉱山の前で乗り手を代わり、馬車を中に運んできてくれたニナの表情も、ショックで青ざめていた。
「慌てなくていい、ゆっくり降りろ。一人で歩けない者には手を貸してやってくれ!」
思わず呆然と立ち尽くしてしまったが、薬師さんの毅然とした声に我に返る。
「診察室に運んでくれ、重症の者から順に診察する」
そう言いながら、薬師さんは自ら一人を抱えて診察室に走っていった。
「ニナ、大丈夫?」
「……はい。すみません、少し驚いてしまって……」
「無理もないよ。それより、これからどんどんこういう馬車がくる。無理そうなら誰かに代わってもらうけど……」
とは言ったものの、実は代わりがいない。
俺や妹は馬車を操縦できないし、ライナさんは王都へ行っている。
首輪を外したエルフさんにやってもらう訳にはいかないし、最悪鉱山前で馬車を降りて歩いてもらう事に……。
「いえ、大丈夫です!」
意外にも、ニナは強い声でそう返事をした。
「ホントに? 無理してない?」
「平気な訳ではありませんが……でも私も、洋一様に買われるまでは人に脅えられる外見をしていました」
「……ああ、そうだったね。そうか……うん、じゃあ悪いけどしばらくがんばってくれる? ライナさんが帰ってきたら代わってもらうから」
「はい。では失礼します」
ニナはそう言って馬車に戻り。空になった馬車を鉱山前へと移動させる。
荷台を洗って鉱山産の製品を積み、元の操縦者の手で王都へと戻るのだ。
「……ニナは強くなった。俺も負けてられないな」
そう自分に言い聞かせるようにつぶやき、診察室へ向かう。
診察室では薬師さんが一人一人を診察し、ヒルセさんがその助手を勤めていた。
予定では、診察→お風呂→服が酷い人には着る物を支給→食事と進め、一休みしてもらった後聞き取り調査。その後は順次首輪を外すと言う手順を取る事になっている。
だが見た所、その順番に進めそうな人は半分もいない。次々に病室送りの診断が下されている。
中には、『矢傷』と診断される人もいた。戦いの場にいたのだろうか?
ここにいても俺が役に立てる事はなさそうだったので、食事を作っている妹の元に向かう事にする。
例によって、栄養失調の人には薄いおかゆからだ。リステラさんにもそう伝えてある。
その日はもう一台馬車が到着し、夕方俺の元に届いた報告は、『人数38人。内21人が病室行き』というものだった。
それからは毎日のように馬車が到着し、薬師さんは再び人であふれるようになった病室を忙しそうに飛び回っている。
診察に手当てに、手術に薬作りにと、目が回るような忙しさだ。
看護はヒルセさんや妹も手伝っているが、それでも薬師さんにかかる負担はあまりに大きい。
『落ち着くまででいいから、睡眠時間を二日で三時間まで削らせてくれ』と懇願されて、承諾せざるを得なかった。
一時は本気で、リステラさんに連絡して移送を一時止めてもらおうかと思ったが、それをすると薬師さんにすごく恨まれそうだったので断念した。
移送がはじまって10日。ある程度まとまり始めた情報によると、送られてくるエルフさん達は八割ほどが領軍で使われていた人達らしい。
扱いは領地によって違ったようだが概ね酷く、特に領軍が敗れて逃亡する際に囮に使われた人達には、矢傷や刀傷を負っている人が大勢いる。
リステラさんによると、傷がひどい人は55万アストルで買えたらしい。ほとんど首輪の値段だけだ。
多分、売り物にならないと判断され、市場に出される事なく首輪だけを回収された人もいるのだろう。その光景は想像したくもない。
慌てて返信を送って、『費用はこちらで持ちますから、殺されそうなエルフさんがいたら買い取ってください』とお願いしたが、数日して返ってきた返事は『すでにやっていますが、もう戦いから二ヶ月近くが経過していますのでほとんどは……』という悲しい物だった。
働けないエルフの奴隷なんて、生かしておく理由はないという事なのだろう。
心が軋む音がするが、お願いする前から、リステラさんが殺されそうなエルフさん達を助けようとしてくれていたというのは、わずかな希望の光だった。
この世界はまだ、絶望しかない訳ではないらしい。
エルフさん達の看護。主に精神面でのケアをしてくれているヒルセさんによると、降伏した領軍で使われていた人達はともかく、囮にされたり置き去りにされた人達は、首輪のネジがなかったのだそうだ。
ネジ自体は首輪に刻印してある製造所に依頼すれば、3万アストルで複製を作ってくれるそうなのだが、負傷した上に何日も首輪に首を絞められ続け、地獄を見た人も多いらしい。
セレスさんの手によって首輪が外された時、その場に泣き崩れる人を何人も見た。
薬師さんに訊いてみた所、病室送りになっているエルフさんは全体の四割くらいらしい。
第一陣より低い割合なのは、リステラさんが重症な人から優先して移送してくれているのだろう。本当によく気の回る人だ。
病室送りになるエルフさん達の症状を訊いてみると、戦いに巻き込まれて負傷した人以外にも、領軍で肉体的・性的な暴力を受けていた人達。混乱して壊走する領軍に鎖で繋がれたまま置き去りにされ、何日も食事を摂る事ができないまま野晒しにされていた人達など、本当にひどい。馬以下の扱いだ。
今の所送られてきた人達から死者が出ていないのは、本当に重症の人は売りに出される前に殺されたからだろう。心が痛むが、薬師さんの精神衛生上はその方がいいのかもしれない。
あの人、目の前で仲間に死なれるのすごくトラウマみたいだから……。
最終的には一ヶ月近くの期間。内戦終結から二ヵ月半くらいまでの間移送が続き、全部で1178人のエルフ奴隷が送られてきた。
かなりの人数だが、これでも王国北部を中心に買い集めた数だそうなので、南部も含めればもっと多くのエルフさん達が悲惨な状況で転売されたり、殺されたりしたのだろう。
そこまで手を回せなかった自分の力不足が悲しく、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
妹はずっと『お兄ちゃんはがんばってるよ。ほら、何百人ものエルフさん達が助かって、笑っている人もいるじゃない』と言って励ましてくれたし、リンネや薬師さん達もお礼を言ってくれた。
嬉しい反面、それでも自分の不甲斐無さはぬぐえない。
まだまだ、もっと力が必要だ……。
リステラさんからの最終報告書によると、かかった金額は8億8295万アストルだったらしい。
一人平均75万アストルほどだ。
移送などの諸経費も含めて追加で4億アストルを送り、支払いは合計9億アストル。
農場の売却代金は、謝礼として全額リステラさんに受け取ってもらう事にした。
汚れたエルフ奴隷の大量買付けと鉱山への移送なんて、本来高級品を扱っているリステラ商会としてはイメージに関わる、やりたくない仕事だったはずだ。
一応別名義の商会と拠点を用意したそうだが、こんなに大々的に動いて人員も投入したら、隠しようもなかっただろう。
申し訳なさと感謝でいっぱいなので、せめてものお礼だ。
農場からのエルフさん達も無事到着し、鉱山の人口は5000人を越える大所帯になっていた……。
大陸暦420年3月24日
現時点での大陸統一進捗度 1.2%(リンネの故郷の村を拠点化・現在無人)(パークレン鉱山所有・エルフ5255人)(パークレン子爵領・住民0人)
資産 所持金 35億2450万(-4億620万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(鉱山前市場商店主)




