80 公爵様空を飛ぶ
中庭には木で組んだ簡易の台座があり、火を焚く場所と熱気を送る短い煙突のような筒。その上に折り畳まれた気球が置かれていた。
12月なので肌寒いけど、晴天で風も弱い、絶好の気球日和だ。
気球の網から伸びるロープの先には、パラシュートのような人間を吊り下げるベルトが繋がれている。
今回はゴンドラを作る余裕がなかったので、これで宙吊りになってもらうのだ。
中庭に準備された奇妙な物に、公爵は不審を抱くかと思いきや、早くも興味津々だった。
気球に張ってあるビニール状の樹皮に触れ、これはなんだと、つついたり引っ張ったりしている。
「破損すると御身の安全に関わりますので、ご自重ください。この装置は理屈としては単純で、この部分で火を燃やして熱い煙を送り込む事で、上の袋を膨らませて宙に浮き、ロープで繋がれた人間を持ち上げるという物です」
エイナさんの説明に、公爵は一転してテンションが下がった様子で、疑うような表情になる。
「確かに煙は上に昇るが、そんな物を集めた所で人間が宙に浮けるとは思えぬな」
「それはこれから試してみればよろしいかと。確認しますが、本当にご本人でよろしいのですね? 一応ロープで地上と繋ぐとはいえ、この城の尖塔よりも高く上がりますので、下手をしたら命に関わる危険も生じかねませんが」
「ほう、あれより高くか。大きく出たものじゃのう。構わぬぞ、もし本当にそのような事が起きるのなら、どうしてその機会を他人に譲る事などできようか」
……この公爵様、たいがいアレな人だよな。変わり者にもほどがあると思う。周りで家臣達が必死に止めているが、全く耳を貸そうとしない。
「うるさいのう……。お主らは、これで本当に人間が宙に浮くと思っておるのか?」
「い、いえ。それは……」
「であろう? ならば浮かなかった場合は毛の先ほどの危険もない。あの者達の首が飛ぶだけで、なんの問題も起きぬ。そうであろう?」
「それは……そうですが……」
俺達の首が飛ぶのは大問題だが、公爵は部下達を強引に納得させて、ベルトを装着する。
この世界に来てから、命の危機に直面する機会多すぎるよな。はやく安全で穏やかな生活が送れるようになりたいな……。
……俺が理想の未来に意識を飛ばしている間に準備は完了したらしく、ライナさんが煙突の根元で油に火をつける。
薬師さん特製の油は、火力が強くて火の粉が飛ばない。この用途に最適の油だ。
短い煙突を通して熱い空気が気球へと流れていき、蛇腹状の本体がみるみる高くそそり立っていくのと同時に、周囲ではどよどよと人々の声が沸き上がる。
気球の両側からはロープを伸ばし、それぞれ兵士五人に持ってもらって、気球が勝手に浮かないようにしている。
十分に浮力が溜まったのを見定め、エイナさんがロープを持つ手を緩めるように合図をすると、解き放たれた気球は一気に、ぐんぐん上昇をはじめる。
「お? お、おおおお! 引っ張られる! お、浮いた! 浮いたぞ!!」
中庭にテンション爆上がりな公爵様の声が響き、気球は公爵をぶら下げて、5メートル、10メートルと上昇していく。
「おお! すごい、すごいぞ! 本当に尖塔より高く上がったぞ!」
全員が天を仰ぐ中、公爵の声はどんどん遠くなっていく。
よかった、無事に成功したようだ…………あ!
「ちょ! ロープロープ!」
全員が呆然と見上げているせいで、地上と繋ぐはずのロープを誰も握っていないのだ。
俺が叫んだ時にはすでに、ロープの端は兵士の手をすり抜けていき、気球は自由に上昇を続けている。えらいこっちゃ。
浮力が残っているうちにロープでゆっくり引っ張って降ろす予定だったので、着陸の事はなにも考えていない。
気球はどんどん小さくなり、地上はハチの巣を突いたような騒ぎになる。
緊迫した声で命令が飛び、公爵の側近や兵士達が慌しく駆け回り、ゆっくりと流されていく気球を追って、すごい勢いで騎兵が出動していく。
かすかに聞こえる、テンションMAXで楽しそうに騒ぐ公爵の歓声がすごい違和感だ。
騎兵に続いて歩兵や医術師なども出動していき、俺達はいったん城内に戻され、一室にて待つようにと伝えられた。
豪華な部屋でお菓子食べ放題のお茶飲み放題だが、扉の外には何人もの監視兵がいて、トイレにも三人一組でついてくる。
これって完全に監禁だよね?
この世界には電線がないから、引っかかって感電死なんて事はないだろうけど、着地の時に足を折ったり、川にでも落ちたら水死なんて事もある。
そんな事になったら、俺達生きて帰れるのだろうか?
俺の胃がキリキリと痛む中、周りを見ると妹もエイナさんもライナさんも平然としていた。
妹は例によって俺といるから、ライナさんは肝が据わっているからだろうが、エイナさんはなんでだ?
エイナさんもたいがい物事に動じない人だが、今はものすごく重要な任務の最中で、しかも自分が全責任を負う立場だというのに……。あ、ひょっとして……。
「エイナさん、もしかしてわざと気球が流されるの放置してました?」
「……わざとと言うか、こうなってしまっても良いかなとは思っていました。あの公爵様には印象が強い方が良いでしょうし、なんならこのままバルナ公爵派貴族の領地まで流されてくれれば、回収に出たファロス公爵軍が侵攻する形になるので、いち早く目的が達せられて良いかなとも。ちょうどそんな風向きでしたし」
……恐ろしい事言うなこの子。将来が心配になってくる。
俺の神経をすり減らす時間がじりじりと過ぎ、何時間か経ってようやく、公爵が無事保護されたという情報が伝わってきた。
着地の際に左足を痛めたとの事で、正確には無事じゃないみたいだけど、なんとかギリギリ許される範囲……だと思う。だといいなぁ……。
大陸暦419年12月14日
現時点での大陸統一進捗度 0.11%(リンネの故郷の村を拠点化・現在無人)(パークレン鉱山所有・エルフ3977人)(リステラ農場所有・エルフ100人)
資産 所持金 7億1213万
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(鉱山前市場商店主)




