76 忍び寄る暗い影
鉱山のローン一括払いの交渉と、冒険者ギルドの資金調達を待っている間。俺達はライナさんを先頭に立てて、馬を買いに行く。
エルフさん達が作ってくれた工芸品を王都のリステラ商会に卸すべく、ライナさんが運行する定期便の馬車を四頭立ての大きな物にするのだ。
馬車自体はセレスさんが作る技術を持っていて、鉱山前でニナが使っている実績があるので製作を任せる事にして、俺達は馬の調達だ。
いまライナさんの馬車に使っている一頭に加え、新たに三頭。鉱山では飼育スキル持ちのレナさんの指導で馬の世話をしてくれているエルフさん達がいるので、この際繁殖にもチャレンジする事にして五頭買う事にする。
俺も妹も馬の事などさっぱりなので全面的にライナさんに任せるが、乗馬スキルも会得して最近馬にご執心なライナさんはものすごく真剣だ。
元々貴族家の令嬢だった頃から馬好きだったって言ってたしね。
今の一頭と相性が良くて、それでいて丈夫で力強く、賢い馬をと。王都中の馬商人を回る事になった。
それはいいんだけど、馬同士の相性なんて人間が見て分かるのだろうか?
そんな疑問が頭をよぎるが、馬と一頭一頭じっと目を合わせてにらめっこしているライナさんを見ると、そんな事は訊きにくい。
結局丸一日かけて五頭の馬を選んだが、ライナさんはやり遂げた感を全身から放出してすごく満足そうだ。
B級冒険者への昇進祝いも兼ねてるから、喜んでもらえてなによりだけどね。
だが、ライナさんが馬を選んでいる間馬商人と話をしたが、最近馬の値段が高騰しているらしい。
どこかの貴族家が買い集めているという噂もあるらしく、なにやら不穏な感じだ。
この世界の馬は、騎兵以外にも通信連絡から輸送にまで、欠かせない存在だからね。
ちなみに妹によると、小麦粉やお肉、干しブドウや塩なんかも値段が上がっているらしい。
固焼きパンと塩漬け肉はこの世界における代表的な携行保存食だし、干しブドウも同じくだ。いよいよもって嫌な予感しかしない。
早く鉱山に帰りたいなと思いながら買い物を終えて家に帰ると、リステラさんが訪ねて来ていた。
鉱山のローンの話かと思ったが、なにやら表情が深刻そうだ……。
エイナさんが帰って来るのを待って話を聞くと、先日買収した農場のワインと干しブドウ、オリーブ油まで、全部まとめて一括購入契約を結びたいという話がきているらしい。
しかも二件同時に。
この時点で怪しさ全開なのだが、商談を持ちかけてきた商会の一つは、王国南東部にある男爵家と関係が深い所。当然バルナ公爵派。
そしてもう一つはなんと、ネグロステ伯爵家と関係が深い商会だという。
男爵家は当然第三王子派で、バルナ公爵家派閥でもある。これって完全に取り込み工作だよね?
リステラさんとしては、『今更大勢力の尻尾についた所で、負担ばかりが増えて利益は少ないので避けたい所です。ですが負けて潰されてしまっては元も子もありません』と悩んだ末、エイナさんのアドバイスと、一応オーナーである俺の意見を訊きにやってきたそうだ。
俺としてはネグロステ伯爵家側に利権と親近感があるけど、ガチンコの政争となるとさっぱりわからない。
エイナさんの反応はと見ると、特に表情を変えるでもなく。同級生の近況報告でも聞くかのように平然としていた。
「そうですか。商会単位で食糧を押さえにかかっているとなると、これはどうも本当に戦いになりそうですね」
『明日は雨になりそうですね』みたいな感じで物騒な事をおっしゃる。
「ええ、うちみたいな小規模な農場に伯爵家から話が来るなんて、よっぽどよ」
「貴女の所の場合は、十日熱の薬を売っている薬店。ひいてはベンボルグ伯爵家との関係なんかも考慮しての事じゃないかしら」
エイナさんは『なんか』に含めて誤魔化したが、ネグロステ伯爵家から接触があったのは絶対エイナさんとの繋がりのせいだよね?
そしてリステラさんも、その微妙な違和感に気付いた様子だ。しかし追求するでもなく、じっとエイナさんを見つめている。
エイナさんは地図を取り出すと、色インクを使って地図に色を落としていく。
地図は王国の主要な街道と貴族領が描かれた物で、市販品だけど結構な高級品だったはずだ。中規模以上か、輸送が主力の商会でないと持っていないようなもの。
ちなみにエイナさんは、詳細な道や地形、砦なんかまで描かれた地図も持っているが、あれは王軍の幹部や高級官吏しか持っていない代物らしい。どうやって手に入れたんだろうね……。
それはともかく、エイナさんはまず『ここは王領なので除きます』と言って地図の三分の一くらいを網線で消し、赤いインクで『これは第三王子派です』と言って地図を塗っていく。
大きなバルナ公爵領がある南東部を中心に、南部、東部、南中央部の王領以外が真っ赤に塗られていき、北中央部も半分くらいは赤、北東部も赤色が強い。
対して青色で塗られるのが第二王子派。北中央部の半分をはじめ、西部に多い。そして緑色が、ネグロステ伯爵家とレインク侯爵家を中心とする反バルナ公爵家派。北西部と、北東部の一部が勢力圏。
そして白いままなのが、立場不明を含む中立派。南西部と北部に多い。
割合でいくと、赤が6に青が1、緑が1、白が2といった所だ。以前聞いたエイナさんの分析と違う気がするが、これは領地貴族の話で、領地を持たない宮廷貴族には比較的第二王子派が多いので、全体で見ると5:2:1:2になるのだそうだ。
第三王子素行が悪いみたいだからね……。
しかし、王城内での争いならともかく実際に戦うとなると、領軍を持たない宮廷貴族はあまり戦力にならない。これは絶望的な差なんじゃないだろうか?
さらに悪い事に、南部~東部が王領以外はほぼ赤一色で塗り潰されているのに対し、他の場所の青や緑、北部の白ははまだらに赤も混じっている。これって戦いにくいよな……。
南西部の白は纏まった大きな塊になっているが、これはバルナ公爵家と並ぶもう一つの公爵家、ファロス公爵家とその派閥貴族家だそうだ。
そしてさらにさらに悪い事に、領地には痩せた土地もあれば豊かな土地もあり、面積と動員可能兵力が比例しない。
バルナ公爵領がある王国南東部が豊かな穀倉地帯であるのに対し、第二王子派の牙城である西部は痩せた土地や山が多く、兵力ではさらに差がつくとの事。
しかしホントに詳しいなエイナさん。
ついでに訊いてみたら、薬店に出資してもらっているベンボルグ伯爵家は現状中立だけど、エイナさんいわく『追い詰められるまで決断しないでしょうが、強い方につくでしょうね』との事で、潜在的第三王子派らしい。
北東部の鉱山がある場所は一応王領だが、お金を納めている近郊の領主は赤色である。そこからちょっと北西に行った所に緑の大きな塊があり、そこがユミルさんに求婚した侯爵家長男の、レインク侯爵領だそうだ。
ややこしいなぁ……。
リステラさんは難しい顔をしながら、ずっと黙ってエイナさんの解説を聞いていたが、地図から目を離す事なく、つぶやくように『ここまで過熱しているとなると、中立は難しいわね』と言う。
一瞬平和主義者かなと思ったが、よく考えるとさっき大勢力の尻尾にはつきたくないと言っていた。その上で負ける方でもなければ、中立という事なのだろう。
「すでに誘いが来ているのなら難しいでしょうね。断るというのは敵対すると宣言するのと同じ事。どちらにもつかないという事は、どちらからも敵とみなされるという事です」
「そんな事は言われなくてもわかってるけどさぁ……はぁ、『ベンボルグ伯爵家の意向を伺わないと』とか言っても、農場は薬店とは無関係だしなぁ……」
リステラさんはすごく憂鬱そうだ。貴族同士の争いにここまで翻弄されるなんて、この世界の商人は大変だな。
しかし、どう見てもこれは第三王子派有利だからなぁ…………ん? ちょっと待てよ、こんなに勝敗が明確なら、なんでエイナさんはわざわざ高い地図をダメにしてまで丁寧に説明してくれた? なんでわざわざ青と緑を塗り分けた? エイナさんの性格なら、『第三王子派につくのが良いでしょうね』の一言で終わりじゃないか? おかしくないか……?
「……エイナさんはこの戦い、どちらが勝つと思っていますか?」
俺の質問に、リステラさんは怪訝な表情を、エイナさんは愉快そうな笑みを浮かべる。
妹は話が長引く気配を察したのか、お茶のお代わりを淹れに行ってくれた……。
大陸暦419年11月22日
現時点での大陸統一進捗度 0.11%(リンネの故郷の村を拠点化・現在無人)(パークレン鉱山所有・エルフ3977人)(リステラ農場所有・エルフ100人)
資産 所持金 42億2218万(-620万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(鉱山前市場商店主)




