67 捜索、リンネの仲間
俺達が引き継いだリステラ農場は、エルフが103人に首輪のネジが103本。各種の農具に、馬が四頭と馬車が一台、牛が八頭にニワトリがたくさん。若干の畑とため池に、そこで飼われている魚。あとは大量のブドウとオリーブの木が全財産だった。
本当は他に馬が四頭と馬車が二台あったのだが、従業員の人達の出立に際し、移動手段としてあげてしまった。
完全に自給自足ではないが、それに近い生活が営まれていたらしい。そりゃ年600万アストルで10人。運営費用も込みじゃ苦しいよね……。
農場はかなり大きく、端が見えないくらいに広がっている。
そこに広く散らばっているエルフさん達を集めるのは大変なので、人探しは作業から帰ってくる夕方まで待つ事にして、まずは例によって食事の改善に着手する。
倉庫にいっぱい保管してある、ブドウとオリーブの搾りかすを干した物がエルフさん達の食事だったらしいが、これは牛と馬のエサに回す事にして、持ってきた食料と畑の野菜で夕食を作る。
ここのエルフさん達は鉱山とは違い、味はともかく量だけは十分な食事を与えられていたようなので、最初から普通の食事だ。
俺と妹が食事の準備をしている間に、セシルさんたちは農場の経営に関わる作業をしているらしい。
トレッドで雇った護衛の人達は農場周辺の見回りをしてくれている。
そんなこんなで太陽が西に傾いた頃、エルフさん達が三々五々集まってくる。食事をもらうためと、首輪のネジを巻いてもらうためだ。
ここのエルフさん達は鉱山とは違い、極端に痩せている人はいないし、病気の人もいなさそうだ。
服がボロボロだったり髪が埃っぽかったりはするが、極端にひどい環境ではなかったらしい。
元従業員の人から『首輪のネジを巻く時は一匹ずつ個室に入れて、二人以上でやれ。ネジを奪って逃げようとするやつがいるからな』とアドバイスをもらっているが、これってつまり、森出身のエルフさんが多いという事だよね。
今までに見た牧場出身のエルフさん達は逃げる事など頭にないようだったし、薬師さんいわく逃げても生きていけないとの事だった。
ここのエルフさん達は数十年単位で昔からいる人が多いので、古い時代ほど捕獲されたエルフの割合が高く、最近になるほど牧場で養殖されたエルフの割合が高いのだとすれば、ひょっとしたらひょっとするかもしれない。
俺は期待を胸に、集まってくるエルフさん達に、いつものブドウとオリーブの搾りかすを煮た物ではなく、妹特製の美味しい麦リゾットをふるまうのだった。
セシルさんとお供の二人も、食器こそ持参品だが、同じ物をおいしそうにパクパク食べてくれている。
みんなエルフ達と一緒に、同じ物を食べるくらいは問題ないようだ。妹の料理が美味しいおかげもあるだろうけどね。
ちなみに護衛の人達には嫌がられる気がしたので、俺が別に届けて離れた場所で食べてもらった。
こちらも大好評で、兄として実に鼻が高い。俺が偉い訳じゃないけどね。
エルフさん達の食事が大体終わった所で、俺は本来の目的を果たすべく、大きな声を張り上げる。
「この中に森出身のエルフさんはいませんかー?」
……反応がないので三回叫んでみたが、完全に無反応だった。
一瞬『あれ、ひょっとして死んじゃってる?』と嫌な予感が走ったが、ライナさんが寄ってきて教えてくれた所によると、どうも警戒されているらしい。
なるほど、じゃあ方法を変えよう。
と言う訳で、一人ずつ個室に呼び出して首輪のネジを巻いていく作業に移る。
机の上にわざとらしく、『トウの実美味しいよね。リンネ、ルクレア』と書いた紙片を置いてだ。
森出身のエルフさんは読み書きができるので、読める人は目を走らせるだろうし、リンネと薬師さんを知っている人なら、なにか反応するだろう。それをライナさんに観察してもらうのだ。
103人なら全員鑑定するのも不可能ではないが、20日以上かかってしまうので、この方法でいく。
エルフさん達はそう躾けられているのか、首輪につけられている番号が1番の人から順に、一人ずつ部屋に入ってきた。ネジにも番号が書かれたタグがつけられているので、順にキリキリしていくだけの簡単な作業だ。
……103人のネジを巻き終わるのに一時間近くかかり、メモを取っていたライナさんから結果を聞く。
「とっさに文字を目で追ったのが、18・19・21・22・38・39・40・56・70・79番の10人です。その中で明らかに動揺を見せたのが、70番のタグをつけた人でした」
俺はほとんど気付かなかったが、さすがライナさん。ていうかそんなにいたんだ、全部森出身のエルフさんだったら凄い事だ。
ちなみに番号はいくつか欠番があって、103人に対して109番まであった。いなくなった番号の人は……そういう事なんだろうな。鉱山のように苛酷な環境ではないにせよ、あくまで奴隷なのだ。
俺は早速、70番のエルフさんを呼びに行く。
エルフさん達の部屋は一つ20人くらいの大部屋で、干草が敷いてある上に横になり、干草をかぶって眠るという動物小屋みたいな所だった。
一応屋根と壁はあるが、あちこち破れていて風が入ってくる。今は夏だからいいが、冬前には要修繕だなこれ。
そんな事を考えながら、他のエルフ達が怯えと警戒を含んだ視線を向けてくる中、70番さんを連れ出して部屋に連れてくる。
とりあえず鑑定してみると
ヒルセイニ エルフ 189歳 スキル:木材加工Lv5 状態:動揺 地位:奴隷
おお、間違いなく森出身のエルフさんだ! 思わず俺だけテンションが上がってしまうが、冷静を装って話しかける。
「俺は新しくこの農場の所有者になった洋一。こっちは妹の香織で、向こうがライナさん。他にこの農場を実際に運営する人もいるから後で紹介するね。貴女の名前は?」
とりあえず定型の自己紹介。俺はテンション高めだが、逆にエルフさんは目にいっぱいの不信感を浮かべながら、小声で返事をする。
「……70番……です」
おおう、番号で呼ばれてたのね。この世界のエルフの扱いとしてはむしろ一般的だけど。
「そうじゃなくて、本当の名前です。森ではなんて呼ばれてました?」
「……ヒルセ……と呼ばれていました」
あ、そういえばリンネから名前聞いてくるの忘れてた。でも多分間違いないよね?
「ヒルセさん。リンネ、ルクレアという名前に覚えはありますか?」
「――っ、……存じません」
あ、思いっきり目が泳いでる。この人正直だな。
「実はその二人から手紙を預かってきています。多分貴女宛だと思うのですが」
そう言って、リンネと薬師さんに書いてもらった手紙を渡す。
ヒルセさんは驚きに目を見開きながら手紙を受け取り、封を開いて読み始めた。
……中身確認してないんだけど、下手な事書かれてないよね? リンネはともかく、薬師さんはちょっと心配だ。仲間の身に関する事だから大丈夫だとは思うけど……。
ヒルセさんは食い入るように薬師さんの手紙を読み、何度か顔を上げて俺を確認しながら、リンネの手紙を読む。
目に涙を滲ませながら二回読んだあと、手紙を大切そうに胸に抱き、ゆっくりと顔を上げる。
「ええと……受取人、あってますよね?」
「……はい」
「それは良かった。手紙、なんて書いてありました?」
「この人族はエルフの味方なので、現地では指示通りにしろと。そして私には、帰りに一緒について来いと……」
おお、ちゃんと書いてくれてたんだ。薬師さん疑ってごめん。
「その内容、信じていただけますか?」
「はい。二人しか知らない話も書いてありましたし、脅されて無理やり書かされた形跡も見えません。この手紙を疑う理由は、どこにもありません」
『この手紙を疑う理由は』か……。俺の事はまだ信用しきれてないって事かな? 無理もないとは思うけど。
「では、この農場の運営を改革するために協力をお願いします。しばらくはここに滞在しますけど、そのうちリンネ達がいる所へ帰るので、その準備もしておいてください」
「……承知しました」
まぁ、俺個人の信用はこれから獲得していくしかないだろう。少なくとも第一印象は悪くないはずだしね。
さて、明日から忙しくなるぞ……。
大陸暦419年9月19日
現時点での大陸統一進捗度 0.11%(リンネの故郷の村を拠点化・現在無人)(パークレン鉱山所有・エルフ3974人)(リステラ農場所有・エルフ103人)
資産 所持金 3億57万
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(解放奴隷)




