65 農場買収
8月の20日。隊商の集合場所には、大小30台くらいの馬車が集まっていた。
四頭立ての大きな物から、一頭立ての小さな物。荷物を山と積み上げた物から人でいっぱいの乗合馬車まで様々で、結構な賑わいだ。
リステラ商会の馬車は二頭立てで、セシルさんと男女一人ずつのお供。荷台には大きな包みが山積みだった。
なにかと訊いてみたら、羊毛だそうだ。王都からトレッドへ運ぶ交易品としては、鉄地金や革製品、チーズと並んで一般的な物だそうで、よく見ると他にも大きな包みを積み上げている馬車が何台もある。
買収交渉のついでにしっかり交易もする気なんだな。さすがリステラさん。
セシルさんから隊商に加入している証明だと言う木札を貰って馬車の後ろに下げ、馬車の群れは20人ほどの護衛に守られて、予定通りに王都を出発したのだった……。
王都を出発して19日。いよいよ明日は王国南西部の主要都市、トレッドに到着するらしい。
トラブルらしいトラブルもなく順調な旅だったので、なぜか俺達の馬車に同乗している事が多いセシルさんに『これなら俺達だけで来てもよかったかもしれませんね』と言ってみたら、『護衛が大勢いる大きな隊商だから安全だったのですよ。それは駆け出しの行商人がよく陥る錯覚です、命を落とす事にも繋がるのでご注意を』と嗜められてしまった。
なるほど、なにも起きないとついつい守ってくれてる人達の事忘れちゃうよね。反省……。
道中トラブルはなかったが、俺としては色々興味深い事があった。
途中いくつもの街や村に立ち寄ったのだが、領地によって栄えていたり、寂れて暗い雰囲気だったりと差が激しい。領主の統治能力の違いなんだろうな。
そして、ここに来るまで8箇所も関所があった。一応規則で領内に設置できる関所は一箇所までと決まっているそうだが、いくつもの領地を通るので、そのたびに人間一人あたり1000アストル・馬一頭あたり2000アストルの通行料を徴収されて、結構な出費だった。
行商人の人は大変だと思う。
関所なんて今まで見た事なかったが、大きな主要街道にはあるのがふつうだそうだ。
そういえば今まで通った道は、どれも行き先が辺境の交通量が少ない道だったな……。
広い辺境領より大きな街道が通っている小領の方が収入が多い事もあるのだと、セシルさんが教えてくれたが、さもありなんだ。辺境領は管理とか大変そうだけど、関所はただ通行人からお金集めるだけだもんね。
もっとも、俺なら広い辺境領が欲しいけど。
俺達の馬車によく来るセシルさんは、ニナに商人としての基礎を教えてくれたりもして、ニナがぐんぐん優秀になっていく。
お礼にセシルさんには妹特製の美味しい食事を提供するが、実はこれが目当てなのかもしれない。リステラさんもそうだったし……。
そんなこんなで翌日の夕刻には無事トレッドに到着し、隊商は解散となった。
とりあえず宿を決めて落ち着いた所で、隣の部屋に泊まっているセシルさんにも来てもらってこれからの相談をする。
「まずは農場の所有主との交渉ですね。明日私が訪ねて様子を見てきましょう」
セシルさんから積極的な提案が出る。初めて会った時はリステラさんの影に隠れるようにしていたのに、本当に成長したんだな……って、あの時隠れてたのはエイナさんを避けてだったかな? 辛い経験をした子だけど、もう乗り越えられたのだろうか?
せっかくの申し出なのでとりあえずセシルさんに任せる事にして、俺達は翌日、街に散策に出る。
九月とはいえ南方に来たので空気がじっとりしていて、まとわりつくように暑い。王都がある北部は気温こそ上がるけど、カラッとしていて過ごしやすいのだ。
元引きこもりの俺は暑さにげんなりしてしまうが、妹は珍しい食材に興味津々で、目を輝かせている。
お米があるのを期待したのだが、あれは同じ南部でも大河の下流域である南東部が主要産地だそうで、ここにはほとんど売っていなかった。残念。
ちなみにこの街は、王国に二つある公爵家の領地だそうで、街の中心には立派なお城が建っている。
公爵家と聞いて一瞬ドキッとしたが、ネグロステ伯爵家と因縁が無い方の公爵家だそうで、ホッと息をついた。
因縁がある方は王国南東部が領地らしい。
お米のある所か……。
買物と散策を終えて宿に戻り、水浴びをして、宿の調理場を借りて妹が作ってくれた料理を美味しくいただこうとした所、ちょうどセシルさんがやって来たので一緒に夕食を食べながら報告を聞く。
「農場の所有者であるバドス殿にお会いしてきました。先にバドス殿の情報ですが、父親がこの近くにある子爵家の三男だったそうで、その父親は六年前に亡くなっています。家名を名乗る事は許されていない平民の身ですが、農場は世襲を許されたようですね。今36歳です」
さすが『情報は商人の命ですから』と言っていたリステラさんに鍛えられているだけあって、大した情報収集能力だ。
セシルさんはメモ書きを見ながら、スラスラと話を続ける。
「実際にバドス殿と会っての感触ですが、農場の経営には興味がない様子で、売却には乗り気と見ました。相続した時に一度見に行ったきりで、あとは農場に足を運ぶ事もなく、ずっとこの街で暮らしていて、定期的に売上だけを届けさせているようです」
息子とはいえ、貴族家の三男とかトラウマワードだろうに、セシルさんに気にした様子はない。もう乗り越えたのだろうか? リステラさんが寄り添って立ち直らせたって、エイナさんが言ってたもんな。
「別口から調べた所、農場の売上は年に1200万アストルほど。内600万がバドス殿に届けられ、残りで農場が運営されているようです。年600万と言えばそれなりの額ですが、バドス殿には妻がいない代わりに愛人が二人ほどいるらしく、農場にもっとお金を寄越せと言って揉めた事もあるようです」
ホントによく調べたなと感心しつつ、この辺の名産だというトマトをたっぷり使ったトマトパスタをフォークで掬って、ザルソバのように『ズズッ』と啜ったら、セシルさんが露骨に嫌な顔をした。
大抵の事には寛容なライナさんも眉をしかめ、ニナまで咎めるような視線で俺を見てくる。妹に『お兄ちゃん、行儀悪いよ』と叱られてしまった。すまん……。
「コホン。それで話の続きですが、買収価格は農場の価値4億アストルに加え、バドス殿に年収の30年分1億8000万アストル。農場の従業員に2億アストルで、計7億8000万アストルと見積もりました。ふつうなら農場の従業員は解雇してしまえば終わりなのですが、今回の場合は一応子爵家分家の元家臣という事になりますので、それなりの対応が必要になります」
おお、王都でリステラさんが予想した額とピッタリだ。すごいな。
しかし、話を聞く限りバドスさんはちょっとだらしない人のようだ。そんな人に大金を与えるなんて、身の破滅を招く予感しかしないんだけど……まぁ俺が気にする事じゃないか。
「うん、じゃあその条件で話を進めてください。俺も同席した方がいいですか?」
「洋一様はあまり人前に出るのを好まれないのでしたね。契約は私が代理人として行う事も可能ですが、支払いの方はいかがいたしましょう?」
さすがよくわかってくれている。俺は荷物の中から、重たい皮袋を引っ張り出してきた。
「じゃあ、契約は代理でお願いします。支払いはこれで」
ネグロステ伯爵家でもらった皮袋の中から、100万アストル金貨を800枚数えてセシルさんに渡す。……あれ? セシルさんが顔を引きつらせて固まっている?
「セシルさん?」
「……あ……そ、その皮袋、道中馬車に積んであった物ですよね?」
「うん」
「食料や水袋、調理器具なんかと一緒に無造作に……ですよね?」
「うん。……あ、ひょっとしてまずかった?」
この袋は俺の私物や妹の調理道具やなんかと一緒に、一まとめにして馬車に積んであった。ニナが寄りかかって転寝をしている事もあった気がする。さすがに無用心だったかな? でも金庫とかないしなぁ。
「…………いえ、存在を知られないというのは、ある意味一番安全な方策だと思います……」
なんかよくわからないが、セシルさんのお墨付きがもらえた。
セシルさんは金貨800枚が入った袋を恐る恐るといった感じで受け取り、その重さに一瞬『ガクッ』となって、慌てて体勢を立て直していた。ちょっとかわいい。
この世界の金貨、100枚で2キロくらいあって重たいんだよね。紙幣の優秀さが痛感される。
とりあえず資金を渡して、農場の買取交渉全般をお任せする事にした。楽でいい。
まさかセシルさんがお金を持ち逃げするような事はないだろう。そんな事をしたらリステラさんの所に帰れなくなっちゃうからね。
俺はリステラさんを『お姉様』と呼んで慕っていたセシルさんの姿を思い出しながら、顔がニヤつくのを必死に我慢するのだった……。
大陸暦419年9月11日
現時点での大陸統一進捗度 0.3%(リンネの故郷の村を拠点化・現在無人)(パークレン鉱山所有・エルフの労働者3974人)
資産 所持金 2億2407万(-8億62万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(解放奴隷)




