64 対等と平等と
リステラさんの口から出た、エルフと対等に接する事ができる人という言葉。
それはいつの日か、俺が夢見るこの世界の未来に欠く事のできない存在だ。
「エルフと問題なく接する事ができる人って、どのくらいいるんですか?」
俺は興奮気味に、リステラさんの話に食いついた。
「現在確保できている人数だと、15人といった所ですね。まだ商人としての教育をしている所ですから、即戦力ではありませんが」
「15人……それは何人くらいの中から選抜してですか?」
「ざっと300人ほどからですね。20人に1人といった所でしょうか」
20人に1人……5%くらいか、少ないな……。
「その15人は将来的に、エルフと一緒に仕事ができると考えていいんですよね?」
確認のように発した言葉に、しかしリステラさんは難しい表情を浮かべた。
「それは『一緒に仕事』がどの程度かによるでしょうね。対等にというだけなら可能でしょうが、平等にとなると難しいです。それを受け入れる事ができそうなのは、まだ一人も見つかっていません」
「……その対等にと平等にはどう違うんですか? 給料に差をつけろとか?」
「その要素もありますが、もっと大きな、組織としての話ですね。商会で例えると、肩を並べて共に働くのが対等。相手の方が能力が高ければ、その下につく事もあるのが平等です」
「ああ、なるほど……」
……つまり、エルフと同僚として働ける人なら多少いるけど、エルフの部下になる事を受け入れられる人はいないという事だ。まぁ、なんとなくわかる。お願いされるのと命令されるのは全然違うもんね。
この辺の認識は根が深そうだ……。
その点、薬師さんを先生呼びするエイナさんはやっぱり逸材だったんだな。あの人の場合は知識欲が勝っただけな気もするけど……。
しかしそうか、一緒に仕事ができるだけの人でも5%か……。
「……リステラさん。そのエルフと平等に仕事ができる人がいないというのは、リステラさんも含めてでしょうか?」
「あはは、痛い所を突いてきますね。そうですね……私は商人ですから、儲け話ならエルフに頭を下げてもなんとも思いませんし、平素であれば平等である事を受け入れられます。ですが例えば、行商に出て山中で迷い、食料が尽きかけた時にエルフと公平に食べ物を分け合えるかと問われると、そこまでの自信はありませんね」
……これは、正直に答えてくれたのだと思う。下手に『私は大丈夫ですよ』とか言われるよりもずっと信頼できる。それに極限状態では、人間同士だってなにをするか分からないものだ。
「なるほど、ではもう一つ。もし俺がいなくなったとして、リステラさんはその方が利益になると判断したら、エルフを家畜のように扱き使いますか?」
「…………」
さっきの質問には軽く笑いながら答えてくれたリステラさんだが、今は怖いと感じるほどに鋭い、真剣な表情をしている。
「……商人としては、利益の追求は最優先にすべき事柄です。ですが…………洋一様は、私がエイナと親友になった経緯を知っているのでしたよね?」
「はい」
たしか、リステラさんの親友だったセシルさんがどっかの貴族の息子に乱暴されていたのを助けるために、エイナさんの助けを借りて貴族の息子を謀殺したのだ。
「私はこの国の身分制度が、貴族達が嫌いです。己の才覚に拠らず、ただ生まれのみに拠って平民を支配し、人を人とも思わぬ暴虐を働いて恥じる所がない。あの連中が大嫌いです!」
吐き出すように発せられる言葉。セシルさんの事を思い出しているのだろう、硬く握られた拳が小刻みに震えている。
ネグロステ伯爵家の人達はみんないい人に見えたけど、やっぱりそうじゃない貴族が大半なんだろうな。
リステラさんは感情を静めるように一つ大きく息を吐くと、今度はやや沈んだ声で話を続ける。
「ですが私は洋一様に出会って。その考え方に触れて、一つの事に思い至ったのです。貴族達が私達平民を見る目は、私達がエルフを見る目と同じなのではないかとね……」
リステラさんは目を伏せ、搾り出すように言葉を紡ぐ。
「私はそれまで、エルフは人間より下等な存在であると信じて疑いもしませんでした。そう教えられて育ちましたし、周囲でもそう扱うのが当たり前だったからです。言葉を理解し外見が似てはいても、自分達人間とは違う下等な亜人なのだとね。
洋一様の事も最初は、動物性愛を持つ異常性癖者かと疑っていたくらいです」
俺そんな風に思われてたんだ……ていうか、よくそんな相手とにこやかに話をして握手できてたな。さすがプロの商人。
「そんな私の目を覚まさせてくれたのは、洋一様が十日熱から回復したお祝いの席でした。あの時同席したリンネ殿とルクレア殿は二人共聡明で、人格的にも……リンネ殿は大変出来たお方でした」
薬師さん……まぁ、あの頃はまだかなり荒んでたからね。
「エルフが人間より劣った下等な亜人などではなく、我々とほとんど変わらない存在だと知った時、私は自分が嫌う貴族と同じ事を、エルフに対してしていたのだと気付いて愕然としました。
実際に能力を見る事なく、ただ生れのみによって相手を劣った存在とみなして、支配していたのだとね……。
洋一様、私は許されるなら、過ちを正せる人間でありたいと思っています。ですから最初のご質問戻ると、私はたとえそれが莫大な利益に繋がる事であったとしても、自分が嫌う貴族達と同じような、人の道から外れた事はやりたくありません。なので答えは『いいえ、やりません』です」
「……なるほど、よくわかりました。最後にもう一ついいですか? 今の話のような理屈を使って、人々のエルフに対する認識を変える事ができると思いますか?」
「それは……難しいでしょうね。私の場合は事情が特殊です。貴族を嫌っている平民は多いですが、『貴方達がエルフに対して持っている認識は、貴族が平民に対して持っている認識と同じだから改めなさい』と言った所で、反発を買うだけでしょう。人は自分が受ける痛みには敏感ですが、自分が与える痛みには鈍感なものです。まして自分が加害者側であったなどと、認めたがらない人が大多数でしょうね」
やっぱりそうだよなぁ……リステラさんの場合、特殊なのは事情と言うよりリステラさん本人だと思う。元の世界でも他人に聖人君子の振る舞いを要求する人はいても、自分が率先して実行する人はほとんどいなかった。
過ちを認めて正せるというのは、実は凄い事なのだ。俺はそれができなかったから、ずっと引きこもりやってたんだし……。
っていかん。今は凹んでいる場合じゃない。
「なるほど、ありがとうございます。農場の経営を商会にお任せする件ですが、ぜひよろしくお願いしたいと思います。エルフと対等に働いてくれる人間がいるだけでも、とても貴重ですから」
「それはありがたい、よろしくお願いします。洋一様は現地に向かって交渉をなさるおつもりですよね? では当方からは、副会長であるセシルを派遣しましょう」
「え、なんでわかったんですか?」
「買収だけなら人任せでもできますが、エルフと接触を持って特殊な経営をするとなると、そうせざるを得ないと思ったからです」
「なるほど……あ、セシルさん副会長になったんですね。多少なりとも知ってる人が来てくれるのはありがたいです」
「ふふっ、かなり優秀に育っていますよ。もう少し経験を積めば、そこらの中規模商会長には引けを取らないでしょう」
……なんか大御所みたいな事言ってるけど、貴女まだ15歳ですよね? いや、言えるくらい優秀なんだろうけどさ。
「あ、でも収益はどうしましょう? ひょっとしたら赤字になるかもしれないのですが?」
「それはご心配なく。たとえ短期的に赤字を出しても、得られる経験がそれを上回る事もあります。黒字が出たら、分配はカレサ布と同じく等分という事でいかがでしょうか?」
「こちらとしては問題ありません」
「それは良かった。それで、出発はいつをお考えですか?」
「明日にでもと考えているのですが、急すぎますかね?」
「いいえ、軍人と商人は迅速を尊ぶものです。ですが今回に限ってはもう少し待った方がよろしいかと。トレッドとの間には治安の悪い領地や危険な場所がいくつかありますから、隊商に加えてもらった方が安全です。強力な護衛を雇うという手もなくはないですが」
「隊商ですか?」
「はい。王都からトレッドへは、月に三度出ています。次の出発は20日ですから、四日後ですね。商業ギルドの運営で、一頭立ての馬車であればトレッドまで5万アストルで加えてくれます。少しゆっくり進むので片道20日ほどかかってしまいますが、安全性では一番です」
「もし護衛を雇うとしたらどのくらい必要ですかね?」
「B級の冒険者を四人以上。片道15日で300万アストルはかかるでしょうね。それも、募集してすぐに集まるかどうかは分かりません」
300万か……払えなくはないけど無駄使いだよな。それに安全第一だ。
「わかりました、では隊商に加えてもらう事にします。商業ギルドで申し込めばいいんですかね?」
「はい。よろしければ、こちらで手続きをしておきますよ。ギルド会員以外だと倍額ですから。それと、道中の食事は自己負担。もし馬車の故障などが起きても待ってはくれませんので、その点はご注意ください。今回はうちからも馬車を一台出しますから、それが保険になるでしょうが」
「なるほど、では代わりに手続きをお願いします」
そう言って五万アストルを渡す。
「承知しました。20日の朝6時に集合開始、8時に出発で、場所は南門を出て西の平原です。遅れても待ってもらえませんので、ご注意ください」
さすがリステラさんはこういう事をよく知っている。
俺達の集合は20日の朝7時と決めた所で、妹が完成した料理を運んできてくれた。
スラン農場製のワインで作った牛肉のワインソースがけと、オリーブ油たっぷりのサラダ。なぜかリステラさんの目が輝いている。さてはこの為のお土産だったか? 香織の料理は美味しいもんね。
話の続きは美味しい料理に舌鼓を打ちながらとなり、和やかに進んだ。
トレッドまで片道20日と、さらにスラン農場まで4日か5日。現地で色々やる事も考えると、二ヶ月以上は帰ってこられない計算になる。
なので、エイナさんには出発までにたっぷりお姉様分を補充してもらう事にして、俺は鉱山に手紙を書く。
最近は安定しているから、エルフ達だけでの運営も問題ないだろう。リンネには、秋になったらフランの花を集めてもらえるようにと書き添えておく。
ライナさんがいない間の鉱山との連絡輸送はリステラ商会にお願いし、鉱山のローン支払いなどに必要なお金は、ネグロステ伯爵家から改めて来る予定の謝礼でまかなうとエイナさんが言ってくれたので、それを信用する事にする。
大丈夫なのか少し不安だったが、エイナさんは大丈夫だと言っていたので多分大丈夫なのだろう。
一応保険のために、いざとなったらリステラさんに立て替えてもらうようお願いしたが、リステラさんも『エイナが大丈夫だと言うなら大丈夫でしょう』と言っていた。厚い信頼だ。
そんな訳で四日後の朝、俺達は王国南西部に向けて、長い旅に出発するのであった……。
大陸暦419年8月20日
現時点での大陸統一進捗度 0.3%(リンネの故郷の村を拠点化・現在無人)(パークレン鉱山所有・エルフの労働者3974人)
資産 所持金 10億2469万(-20万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(解放奴隷)




