56 医術師
ニナを買った日の夕方。帰ってきたエイナさんにもニナを紹介し、事情を説明する。
そして夜。エイナさんに俺達の部屋に来てくれるようお願いした。
「……ねえエイナさん、ニナの火傷って治る可能性あると思います?」
エイナさんは薬学以外に、医術のスキルも持っていたからの質問だ。
「……難しいでしょうね。傷としては治っていますが、左手の指は完全に癒着してしまっていました。一本ずつ切り離す術式は不可能ではないでしょうが、とても高い技術を要する上に大変な苦痛を伴います。屈強な大人の兵士でも耐えられるかどうか……」
やはりというか、限りなく不可能に近いという返答だ。だが、俺には一つ心当たりがある。鉱山にいる薬師さんは、薬学Lv8の他に医術Lv6のスキルも持っていた。医術Lv2のエイナさんが難しいと言う手術でも、もしかしたらなんとかなるかもしれない。
痛み止めも香織にくれたのがよく効いていたし。問題は人間の手術など嫌だと言わないかどうかだ。最近はだいぶ丸くなってきたと思うんだけど……。
いざとなったら一応主人である権限発動かなと、そんな事を考えている俺の表情を読み取ったのか、エイナさんが言葉を発する。
「洋一様、なにか心当たりがあるのですか?」
「え、よくわかったね。ほら、エルフの薬師さんいるじゃない。あの人に頼んでみようかなって」
「……洋一様、薬学の知識と医術の技能は、相関性が高いですが別の物です。薬の調合に長けているからといって術式の技能もあるとは……」
「え、でもそっちもできるって言ってたよ」
「――――!?」
ホントはそんな事言っていなかったが、鑑定で知っているのだ。あと、鉱山で肺病のエルフさん達の開胸手術をしていた。
俺の言葉に、エイナさんの表情が驚きに染まる。
「ルクレア先生は医術の心得もおありなのですか!? なるほど、たしかにあの方ならもしかしたら……洋一様、私も立ち合わせてください!」
「え……でもエイナさん学校は?」
「10日あの学校に通うよりも、半日ルクレア先生の術式を見学させていただく方が医術師として何百倍も有益である確信があります! ぜひとも!」
「え、ええと……でも薬師さんもこれは無理って言うかもよ」
「それならそれで構いません! 可能性があるのなら、それだけで十分足を運ぶ価値があります!」
なんか凄い勢いで食いついてくる。
「う~ん……じゃあライナさんがいいって言ったらね」
「お姉ちゃ……いえお姉様がですね、わかりました!」
今一瞬『お姉ちゃん』って言いかけたよな?
たしか前にも一度聞いた事がある。あれはエイナさんと初めて顔を合わせた日、火掻き棒を持って迫ってきた時だ。
気持ちが高ぶると地が出て、『お姉ちゃん』呼びになるのだろうか?
それはそれでかわいいなと思うが、学校はライナさんが自分の身を売ってでも行かせようとした場所である。
すでに十日熱の薬騒動で一ヶ月近く休ませてしまっているのだから、これ以上休ませるのはライナさんに申し訳ない。
……だがそんな俺の心配をよそに、エイナさんから話をされたライナさんは二つ返事でOKを出したらしい。これアレだ、単に妹に甘いだけのやつだ。
そして、エイナさんが同行するならもう王都にいる理由はないとばかりに、予定を切り上げて鉱山に戻る事が決定した。
元々エイナさんがお姉様成分を補給できるようにと、王都滞在を長めにしてある訳だからね。
そんな訳で翌日。早起きして食料や各種物資を買い込み、俺達はニナを連れて鉱山へと帰路につく。
次の日の夜鉱山にたどり着くと、早速薬師さんの元にニナを連れて行った。
ちょうど十日熱の薬作り後の12時間休憩明けだった薬師さんに、診察をお願いしてみる。
「……こうすると痛むか?」
「……いえ」
「うむ、ではここは?」
「――っ、……少し痛みます」
「なるほど、指に力は入るか?」
「……一応入りますが、ほとんど動きません」
「それは皮膚が張ってしまっているからだな。目も診せてもらうぞ……」
薬師さんは火傷の痕が生々しい顔と腕の皮膚を軽くつまんだり、引っ張ったりして反応を見て、次に指先を診断、続いて左目を診、お腹を診、足を診る。
「ううむ……残念だか左目はどうにもならんな、完全に組織が死んでしまっている。だが左手と足は問題なく、指はそれなりに不自由なく動かせるようにはなるだろう。皮膚もある程度は元通りにしてやれる。
だがこの子は成長期だから、成長に伴って皮膚の張り具合が変わってくる。今何歳だ?」
「……ここのつです」
「なら人族の子供の成長速度からすると、3年後の12歳の時と7年後の16の時の二回、追加で小施術を行う必要があるだろうな」
そう診断が下ると、エイナさんの声が部屋に響く。
「皮膚の爛れも治るのですか!?」
「ん、エイナも来ていたのか。そうだな、完全に元通りとはいかんだろうが、近付いてまじまじと見ないとわからない程度にはな」
「そ、それはどのようにしてでしょうか?」
「右半身から無傷の皮膚を採って、火傷痕を剥いだあとに貼り付けるのだ。皮膚を採った部分は周囲の皮膚を寄せて縫合し、薬を塗って元に戻す。この子は火傷の面積が広いから、全て治すなら二回の施術が必要になるだろうな」
「皮膚を剥いで貼り付ける……そんな事ができるのですか!? 生きた人間の皮を剥ぐなど、拷問でしか聞いた事がありません!」
「なんだ、人族はやらんのか? 自分の皮膚なら馴染みが良いから、まず間違いなく成功するだろう。瞼や唇などは上手く整形してやらねばならんだろうがな」
「――し、しかしそのような術式、幼い体では苦痛に耐えられないのではないでしょうか?」
「薬を使ってむりやり気を失わせてしまえば良い。加減を間違うと二度と目覚めなくなるので、難しくはあるがな」
「そんな方法が……本当に可能なのですか?」
「可能だとも。気を失っていれば痛みを感じる事もないし、動かないので施術もやりやすい。目覚めた後は痛みに苦しむ事になるが、それは痛み止めで対応できる」
エイナさんが金魚みたいに口をパクパクさせている間に、薬師さんは手術の段取りを決めはじめる。
「道具は今の手持ちで間に合うだろうが、薬はいくつか調合せねばならん。時間がかかるので、施術は明日の朝以降だな。エイナ、助手はできるか?」
「え……あ、はい! 必ず、必ずやり遂げてご覧に入れます!」
「そんな気負うほどの事でもないが……そうだ、おまえの名前は?」
「……ニナ……です」
「そうか。ニナ、施術自体は眠っている間に終わってしまうが、起きた後はそれなりに痛い。耐えられるか?」
「……はい」
ニナはこっくりと、力強く頷いた。
「よし、いい子だ。では私は薬作りと病室の見回りがあるから、これで失礼する。エイナ、明日の朝7時に処置室へ来い」
「はい! ……あの、薬を作る所を見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
「麻酔薬は調合後しばらく寝かせねばならん。その間にちゃんと休んで、助手として不足がないようにできるなら構わんぞ」
「――ありがとうございます!」
エイナさんは勢いよく、直角に近い角度に頭を下げる。
それにしても、ちゃんと休めとかどの口が言うんだろうね。
俺の視線を察したのか、薬師さんはバツが悪そうに視線を逸らし、エイナさんを連れて調合室へと引っ込んでしまった。
なにはともあれ、明日の手術が決まった。
ニナはライナさんが連れて一緒に寝てくれる事になり、俺は当然妹と一緒に寝る。……当然?
なんか認識が歪んできてしまっている事に戦慄を覚えつつ、俺は手術の成功を祈りながら眠りにつくのだった……。
大陸暦419年7月4日
現時点での大陸統一進捗度 0.1%(リンネの故郷の村を拠点化・現在無人)(パークレン鉱山所有・エルフの労働者3974人)
資産 所持金 3804万(-2万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(解放奴隷)




