55 少女ニナ
職人街にある鍛冶屋へ入り、『この子を解放したいので首輪を壊してください』とお願いすると、ニナを見た強面の店主が露骨に渋い表情を浮かべる。
「……奴隷の解放って言われりゃ普段は喜んでやるがな、あんたこの子を解放してどうする気だ? まさか捨てる気じゃないだろうな?」
そう言いながらにらんでくる。ああ、やっぱりそう思われるよね……。
「いえ、違いますよ。この子なら首輪がなくても逃げたりしないでしょうから、ネジを巻く手間をなくそうというだけの話です」
「……なるほどな。わかった、2万アストルだ、あとネジをよこせ」
とっさに出た言い訳だったが、店主は妹やライナさんの姿を見て信用してくれたらしい。
2万アストルとさっき貰ったばかりの首輪のネジを渡すと、店主は細いノミとハンマーを手にする。
「お嬢ちゃん、そこに座って首輪の端を台の上に乗せな。大きな音がするが、じっとしてるんだぞ」
女の子は店主の指示に従って床に座り、首輪の端を丈夫そうな作業台に乗せる。
さて、よく見ておかないと……。
店主はまずネジをいっぱいまで巻くと、首輪を開いた時に支点となる場所にノミを当て、ハンマーを振り下ろす。
カンカンと首元で鳴る大きな音に、女の子は脅えたように身を縮こまらせるが、言われた通りじっと耐えていた。
何度か叩くと首輪を半周ずらし、今度は接合部にノミを当ててまたハンマーで叩く。
ちょっとズレたら頭を殴ってしまいそうな距離は見ているだけでも恐ろしいが、店主は正確にハンマーを振るい、何度か位置を変えて支点と接合部を交互に数十回叩くと『パキッ』と音がして支点部分の金具が壊れた。
同じようにして接合部分も叩いて壊すと、首輪は真っ二つになって床に落ちる。
「ほら、これで完了だ。くれぐれもその子を捨てたりするんじゃねぇぞ」
この店主、顔は怖いけどかなりいい人みたいだ。しきりにニナの事を気にかけてくれる。大丈夫ですよと返事をし、店を出て家へと向かいながら、いま見た光景を分析する。
コツにあたる部分は、ネジを全部巻いてから壊す事と、支点と接合部を交互に叩く事だろうか?
帰り道に店主が使っていたような細いノミとハンマーを買い求め、家に帰ったら練習してみる事にする。
家に着いたらライナさんに頼んで女の子をお風呂に入れてもらい、妹にご飯を作ってもらう。その間に、俺は首輪を壊す実験にチャレンジだ。
二つある首輪のうちの一つ、まだ閉じたままの首輪のネジをいっぱいまで巻き、さっき見た通りにノミとハンマーで叩いていく。
かなり力がいるようで、15分くらいの努力の結果、見事首輪が真っ二つに割れてくれた。……が、これは素の首輪だったからできただけで、人についたままの首輪だとどうだろうか?
絶対人を殴ってしまうか、脅えてまともに力が入らないかどちらかになると思う。
まぁやり方はわかった訳だから、器用そうなセレスさんにでも頼んでやってもらう事にしよう。これで首輪問題はとりあえず目処がついた。
次の問題はニナだ……。
ライナさんにお風呂に入れてもらって着替えさせ、妹の作ったご飯を食べているニナをじっと観察する。
奴隷商で鑑定した時も空腹とかはついていなかったので、ご飯はちゃんと食べさせてもらっていたらしい。
9歳というと小学校3~4年生相当だろうか? そんな感じといえばそんな感じだ。
左半身の火傷はかなり酷く、顔から足にまで及んでいる。左目は白く濁り、耳も崩れ、唇も左半分は酷く爛れている。左手の指は、親指以外がくっついて一体化してしまっていた。足も満足に曲げられないようで、歩き方はとてもぎこちない。
幼い体にはあまりにも惨い傷痕だが、ニナは右手だけで器用にスープをすくい、口の左端からこぼさないようわずかに頭を右に傾けながら飲み込んで、肉野菜炒めを口に運んでいた。
スプーン一本で食べられるように食材が全て細かく切り揃えてあるのは、さすが香織。ナイス配慮だ。
食事が終わるのを待って、なるべく優しく話かけてみる。
「えっと、俺の名前は洋一。こっちは妹の香織で、向こうがライナさん。この家にはもう一人、ライナさんの妹のエイナさんって人がいるけど、今は学校に行っているので留守なんだ。……キミの名前は?」
「……ニナ……です」
幸い声帯は無事だったらしく、かわいらしい声で答えてくれる。
だが脅えているのか、両親を亡くして自分も大怪我を負った事がショックなのか、か細い声で元気がない。
「そっか、よろしくねニナ。一応確認したいんだけど、どこかに身寄りの人とかいたりする?」
「……おりません」
言葉使いはわりとしっかりしている印象だ。奴隷商で教えられたのかな?
「そっか。どこか行きたい所とか、会いたい人とかは?」
「……ありません」
やっぱり天涯孤独の身の上らしい。これはもう、うちで面倒みるしかないよな……。
「わかった。じゃあこれからは俺が保護者になるから、なにかあったらなんでも遠慮なく言うんだよ。そっちの香織お姉さんやライナお姉さんにでもいいから」
「……はい、ご主人様」
おおう、その呼び方も奴隷商で仕込まれたか。
「ニナはもう奴隷じゃないんだから、ご主人様じゃなくて好きなように呼んでくれていいよ」
「……ご主人様」
あ~、これは他の呼び方知らないパターンかな? まぁいいか、追々で。
「とりあえずはこの家で自由にしてくれていいけど、一人で外には出ないようにね。迷子になるといけないから」
「……はい」
「うん。じゃあライナさん、しばらくニナの事をお願いしますね」
「はい、お任せください。 こっちへいらっしゃい、お屋敷を案内してあげますから」
ライナさんはそう言って、ニナの手を引いて庭へ出て行く。ライナさんってなんだかんだですごく面倒見いいよな。いいお母さんになれそうだ……。
ロバの背にニナを乗せてあげているライナさんを見ながら、そんな事を思う。
できればニナの火傷痕を治してあげたいけど、果たして可能なのだろうか?
一応アテがない訳じゃないんだけど……。
ロバの背に乗せてもらっても笑顔を浮かべる事のないニナと、それでも明るく話かけるライナさんとを見ながら、俺は複雑な思いで考え込むのだった……。
大陸暦419年7月2日
現時点での大陸統一進捗度 0.1%(リンネの故郷の村を拠点化・現在無人)(パークレン鉱山所有・エルフの労働者3974人)
資産 所持金 3806万(-5万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(解放奴隷)




