41 鉱山で起きた事 ※
※ エルフが虐待される描写がある鬱話です。苦手な方は読み飛ばしてください。酷い環境と扱いで心が荒んでしまった薬師さんが、リンネの説得で薬を作るのに同意してくれる話だと理解していただければ、物語の進行上問題ありません。
俺はリンネに耳打ちし、薬師さんに鉱山であった事を吐き出してもらうよう誘導を頼む。
リンネには心を許しているらしい薬師さんは、時々咳き込みながらポツポツと鉱山での事を語ってくれた。
「あそこは、この世の地獄だ……エルフ族はツルハシやシャベルと同じ、使い捨ての消耗品なんだよ……」
その声は憎悪と怨念、そして悲しみに満ちた暗いものだった。
「あそこでは沢山のエルフが死んだ……まだ若い、子供のような歳のエルフ達が、連れてこられて10年そこそこでバタバタと死んでいったんだ。毎日のように、誰も死なない日が珍しいくらいだったよ……。
事故で死ぬエルフもいたが、一番の原因は栄養の不足と病気だった。
あそこではエルフを生かそうなんて考えていない。いかに少ない経費で、効率よく稼ぐかしか考えていないんだ。
だからエルフにかけられる経費は、ギリギリ命を繋げる分の食料だけ。それもとても酷い質のものだ。だが、もらえるだけで感謝しなければいけない。
10人一組の班で決められた作業量が達成できなかったら、その食事さえもらえないんだ。
鉱石の粉でみんな肺を病むから、私は最初、監視の人間に口を覆う布を支給してくれるように頼んだ。エルフ達の健康が向上すれば鉱山の利益にもなるから、聞き入れてくれるだろうと思ってな。だが結果は、エルフの分際で人間に意見するなど生意気だと、棒で殴られた……。
夏の坑道内はとても暑く、仲間が次々に倒れるので、私は薬師としての知識から食事に加える塩の量を増やしてくれと頼んだ事もあった。
そうしたら、エルフのくせにエサに文句をつけるなと殴られ、一週間の絶食刑を宣告されたのだ……」
薬師さんはそこで左耳の先、タグがつけられていた穴に手を当てる。
「この耳に開けられた穴にな、赤い札をつけられるんだ。それは『懲罰中 エサなし』の印で、命を繋ぐのにやっとの食事すらもらえなくなる。
数日すると空腹で体に力が入らなくなってくるが、作業をこなさないと他の仲間まで食事をもらえなくなるから、迷惑をかけないよう必死で働いた。
仲間も気を使って、体力を使う鉱石運びではなく坑道の奥での採掘専任にしてくれたりしたが、それでも五日目にとうとう力尽きて倒れてしまった。
坑道の外に運び出された私の所に監視の人族がやってきて、スープが入った皿を持ちながら言うんだよ、『おい馬鹿エルフ、少しは反省したか? エサが欲しいか?』とな。
自分一人なら死んでしまってもいいと思ったが、私が働けないと仲間に迷惑がかかる。だから私はプライドを捨てて、人族の足元に跪いて言ったよ、『はい、申し訳ございませんでした。どうかエサを恵んでください……』とな。
……そしたらその人族はなにをしたと思う? やつは嗜虐的な笑みを浮かべ、私の目の前でスープに泥を入れたんだ。そして『ホラ、食っていいぞ』と足元に置いた……。
私の心は怒りに震えたよ。だがな、飢えきった体は意識とは無関係に動き、男の足元に這い寄って、夢中でそのスープを啜ったんだ。ははっ……極限まで飢えた体には、泥の混じったスープがこの上もなく美味しく感じられたよ……。
そして男はスープを啜り終わった私を何度も蹴りつけ、『これに懲りたら二度と人間様が与えるエサに文句言うんじゃねえぞ』と言って、私の耳につけた赤い札を引きちぎって去っていった。
私は蹴られた痛みよりも耳の傷よりも、自分のあまりの惨めさに耐えられなくなって泣いたよ。
食事に塩を増やすのは、わずかな経費でエルフ達の健康状態を保てるから、人族にとっても利益がある事だったはずなのに……。それがあんな、文字もまともに読めないような粗野な奴に……っ、ゴホ、ゲホッ!」
興奮したせいだろうか、薬師さんは激しく咳き込んだ。だがしばらくして息を整えると、リンネに向かって涙を流しながら話を続ける。
「私はそれでもまだ、話のわかる人族に伝える事ができればなんとかなると考えていた。だけどある日、私は知ってしまったんだ。あそこでは、エルフは殺す前提の消耗品だったんだよ……。
私は人族同士が話しているのを聞いてしまった。私達エルフにかけられる経費は、一人一日100アストルと決まっていたんだ。それでは全てを食料に当てても十分ではない。もちろん薬や口を覆う布なんかが支給されるはずもない。一日300アストルかければ100年以上使えるようになるが、それでは経費がかかりすぎると言うんだよ。
一瞬なんの事かわからなかったが、私達エルフ族の値段は、実質一人55万アストルらしい。だったら一日300アストルをかけて100年使うよりも、一日100アストルにすれば七年半で新しい個体が買えるので、事故での消耗も考えれば、100アストルしかかけずに10年で使い潰した方が効率的なのだそうだ。
ははっ……子供でもできる単純な計算だよな。私達にだって命があって、感情もあって痛みだって感じるのにな……」
「ルクレアさん……」
泣きながら話す薬師さんを、リンネも泣きながら抱きしめて背中をさすってやる。
あの鉱山で行われていた事は、想像を絶するような酷い事だと俺も思う。人間を憎悪するのも当然だ。だがそれでも、俺はこの人に薬を作ってもらわなくてはいけないのだ。人間の、香織のために……。
「あの……」
俺が言葉を挟みかけた瞬間、薬師さんは鋭い目を。怒りに満ちた目をこちらに向ける。
「お前も今の話を聞いていただろう? 私は人族のための薬など絶対に作らないぞ、殺したいなら殺すがいい。鉱山でもな、一度三日熱が発生した事があったんだ。あの時も、私が薬を作れますからやらせてくださいと跪いて懇願したのに、いいかげんな事を言うなと蹴り飛ばされて、感染した仲間達は小屋に閉じ込められ、生きたまま焼却された。あの時の叫び声は、今でも耳の奥底にはっきりと残っている……」
……ああ、これはもう説得ダメな気がしてきた。そんな目にあわされたら、俺だって協力する気になんてならないだろう。
こうなったらもう脅して強引に……と覚悟を決めかけるが、リンネがこちらを見て目でなにかを訴えてくる。よくわからないが、なにか考えがあるのだろうか? 王都まではまだ時間があるので、しばらく任せてみる事にする。
リンネは自分の荷物を探ると、皮袋からなにかを取り出した。
「ルクレアさん、乾燥させたトウの実です。お好きだったでしょう」
「あ…………」
薬師さんはリンネが差し出したドライフルーツを見て一瞬目を見開き、震える指先を淡い黄色の欠片へと伸ばし、大切そうに両手で掴んでゆっくりと口に運ぶ。
「うう……ぐっ、ゲホッ! ゴホッ!」
「おちついて、ゆっくり食べてください。沢山ありますから」
そういえば鑑定で見た時『空腹(強)』ってなっていた。お腹が空いていたら気が立つのは当然だ。自分の事ばかりで考えが回っていなかった。
だけど、はたしてお腹が膨れたくらいで考えを変えてくれるだろうか?
疑問に思いつつ見ていると、薬師さんは体を震わせながら涙声で言葉を発する。
「うう……リンネ…………」
「はい。おいしいですか?」
「うん……またこれが食べられるなんて、思ってもいなかった……。でもなリンネ、あの鉱山では何百何千という仲間達が、この世にこんな食べ物があるという事すら知らずに死んでいったんだ……。
エルフ族に産まれたのに、木に生っているトウの実を見た事もなければ、食べた事もない。サツジの花の蜜をなめた事もなければ、手を真っ赤にしてククミの実を食べた事もない。そんな植物が存在する事すら知らずに死んでいったんだよ……」
「はい……」
「産まれた時から人族の奴隷になるべく育てられ、酷い扱いでこき使われて、働けなくなったらまだ生きているのに首輪を回収するために殺されて、死体はゴミと一緒に捨てられるんだ……。いや、それならまだ良い方で、死ぬ前に見せしめだと言ってなぶり殺しにされた子もいた。
立って歩けないほど衰弱した子を広場に引きずり出して、先を尖らせた木の杭を肛門からねじ込んで、地面に突き立てるんだ。
自分の体の重みでゆっくりと沈んでいって、時間をかけてもがき苦しみながら死ぬようにだ。そして見学させられる私達に言うんだよ、『反抗的な態度をとった奴はこうなるぞ』とな。一度も反抗などした事のない、従順な奴隷だった子にだぞ。なぁリンネ、あんな事が許されるのか? 肉にされる牛や豚だって、もっとまともに殺してもらえるぞ……」
「ルクレアさん……」
リンネは泣き崩れる薬師さんを抱きしめ、優しく頭をなでてやる。しばらくして薬師さんが少し落ち着いてきた所で、ゆっくりと話しはじめた。
「ルクレアさん、洋一様に薬を作ってあげてください。人族のためにではなく、まだ地獄に捕らわれている大勢の仲間達のために、どうか薬を作ってあげてください」
驚いたように顔を上げる薬師さんに、リンネは言葉を続ける。
「洋一様は信用のできる方です。そしていつか、人族に捕らわれているエルフ達を解放してくださると約束してくださいました。私も洋一様に解放されて、今は昔の、あの村で暮らしています。まだ住民は三人だけですけど、ずいぶん復旧が進んで、新年には山の神様をお迎えするお祭りもやったんですよ。洋一様ならきっと、私達にエルフとしての生活を取り戻してくださいます……」
リンネの言葉を、薬師さんは呆気にとられたように聞いていたが、すぐに表情を厳しくする。
「嘘だ! だっておまえは、まだ奴隷の首輪をつけているじゃないか!」
「これは、まだ外す方法がないからです。ネジは自分で持たせてもらっているんですよ」
リンネは服の中から、ネックレスのように紐でつないだネジを取り出して、自分の首輪に挿し込んで見せる。
「ルクレアさんのも、お願いすればくれると思いますよ。ねえ、洋一様?」
「え? あ、うん。どうぞ」
本当はいざという時脅すように取っておこうと思っていたが、ここは渡す所だろう。
さっき貰った、薬師さんの首輪のネジを渡す。薬師さんは信じられないといった表情をしたが、自分の首輪に挿して回し、本物である事がわかると驚きの表情を浮かべる。
「リンネ、逃げよう!」
薬師さんが叫んでリンネの手を取り、馬車の外に飛び出そうとする。一瞬慌てたが、リンネは薬師さんの手を取りはしたものの、立ち上がりはしなかった。
「ルクレアさん、今逃げ出せば私達は自由になれます。でも、他の仲間達はどうなるのです? 私には一人で仲間を助ける力はありません。ルクレアさんだってそうでしょう? だったら今、目の前に仲間達を助けられるかもしれない可能性があるなら、それを掴まない手なんてないじゃありませんか」
リンネの言葉に、薬師さんはじっと俺をにらむ。品定めをされているような気がしたので、俺も目を逸らす事なく、視線を合わせ続けた。薬師さんの瞳に浮かぶ憎悪の色が、少し薄くなっているような気がする……。
しばらくそうしていた後、薬師さんはゆっくりと言葉を発した。
「……わかった、三日熱の薬を作ってやる。だが勘違いするな、私はおまえを、人族を信用した訳ではない。リンネを信用するのだ。材料を教えてやるから、書く物を寄越せ」
慌てて荷物から紙とペンを探して渡すと、薬師さんは枯れ枝のように痩せ細った手でペンを走らせる。
乾燥させたシイカズラを一掴み、なんでもいいから植物油を一瓶、水、加熱用のランプと台、小さくていいから深い鍋、かき混ぜ棒、ガラスか陶器の器を三つ以上、小型の蒸留器……
20年近く、薬の調合はおろか文字を書く事すらなかっただろうに、スラスラと几帳面な字で書き上げていく。
「それと、眼鏡が欲しい。度が強めのやつを」
「わかりました、すぐに用意させます」
いったん馬車を止めてもらい、騎乗の冒険者にメモを渡してギルドへ走ってもらう。向こうにはベテランの冒険者が待機しているので、迅速に必要な物を揃えてくれるはずだ。
ふたたび馬車が走り出すと、薬師さんは激しく咳き込みはじめた。リンネが背中をさすってやるが、そういえばこの人も『病(強)』だった……。
「薬師さん、それ肺の病ですよね? それに効く薬はありますか? あれば材料を教えてください」
「…………」
薬師さんはふたたびペンを走らせ、そのメモをもう一人の冒険者に渡してギルドへ走ってもらう。
申し訳ないけど、『優先順位二番目。一通目の物品を優先』と書き添えてだ。
薬師さんはたしか『疲労(強)』でもあったので、王都につくまで寝具を用意して休んでもらう事にする。リンネが寄り添って、薬師さんは間もなく深い眠りに落ちていった。
馬車は行きと同じ所に止まり、馬を元に戻しながら走り続ける。リンネとライナさんが交代で手綱を取り、26日の夕方、王都郊外の冒険者ギルドに帰り着いたのだった……。
大陸暦419年2月26日
現時点での大陸統一進捗度 0.001%(リンネの故郷の村を拠点化・村人3人)
資産 所持金 6258万8400アストル(-4万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長)




