34 雇われ店長
翌日。商品にするのだと張り切って裁縫をしている妹を見ながら、俺はエイナさんから借りた本を読んですごしていた。
そして夕方、エイナさんが店長候補を連れて帰ってくる。
「はじめまして、エイナの学友のリステラと申します。親しみを込めてリスティと呼んでください!」
エイナさんと一緒にやってきたのは、明るい茶色の髪を肩上で切りそろえた、美人で快活そうな女の子だった。
とりあえず上がってもらい、妹の作ってくれた夕食を一緒に食べる。
「洋一様の事はエイナから伺っています。なんでもとても興味深い方だとか」
おお、探り入れられているのに全然嫌な感じがしない。むしろ笑顔がさわやかで好感を覚えるくらいだ。
イメージ的には、女子サッカー部のやり手キャプテン、しかも頭もいいみたいな感じだろうか? 人懐っこい笑顔は男女どちらからも好かれそうだ。
こんな人に店長をやってもらえるなら凄くありがたいと思うが、やはり巻き込むのはダメだという思いが強くなる。そうだ、鑑定してみよう。
リステラ 人間 15歳 スキル:交渉Lv2 経営Lv2 会計Lv2 カリスマLv1 暗殺Lv1 状態:ふつう 地位:学生
――ん?
エイナさんほどじゃないけどスキルがいっぱいあるのはいい。どれも商人向きなのもいい。だが一つ、おかしなスキルがある。
俺はとっさに妹を見るが、少しおどおどしながらもリステラさんの人当たりのよさのおかげか、普通に話をしている。料理を褒められてテレたりもしている。
危険はない……って事だよね?
だが俺は、もう料理の味を楽しむどころではない。俺達の命を狙ってきた訳ではないみたいだけど、不穏すぎる。エイナさんはどこまで知っているのだろうか?
俺が冷や汗をかいている間にも、リステラさんは妹が作った服や下着を見て、『これはいい』『必ず売れる』『もう少しいい布で作りましょう』『サイズを……』などと、すでに具体的な話をはじめていた。
そして夕食が終わると、リステラさんは丁寧な挨拶と食事のお礼を言って帰っていった。後は俺の判断次第で、雇うかどうかが決まるらしい。妹はかなり好印象を持ったみたいだけど……。
その日の夜、俺はエイナさんを空き部屋に呼んで話をする事にした……。
空き部屋で、俺とエイナさんは向かい合って椅子に座る。エイナさんは俺の様子を見て感心したような、強く興味を惹かれたような表情をしていた。
「リスティはどうでしたか?」
一見当たり障りのない、それでいて核心を突いてくる質問。
俺はこれから自分の能力を隠しつつ、エイナさんを問い詰めないといけない。がんばれ俺!
「……そうですね、とてもいい方だと思いましたよ。あんな方に店を任せられたら最高ですね」
「それはなによりです……ですが、表情はそうおっしゃっておられませんね」
「はい、いくつかおかしいと感じる点がありましたからね」
「たとえばどのような?」
「リステラさんは有能すぎます。昨日、エイナさんはリステラさんが学校を卒業したら行商人をはじめる予定だと言っていましたが、どうしてあれだけの人が行商人なのですか? 実家の商会か、それでなくとも他の商会からもっといい条件で引く手数多でしょう」
「ですが行商人になろうとしているのは事実ですよ。自立心が強いのだと納得する事はできませんか?」
「だったらうちの商会で働く理由もないでしょう。それに自立心が強いだけなら、商業ギルドからでもお金を借りて自分の店を持つ所からスタートでもいいはずです。あの人になら、ギルドも二つ返事でお金を貸すでしょう」
「あの短時間でリスティの才能をそこまで見抜くとは、洋一様はなかなか人を見る目がおありなのですね。さすが私のお姉様を専属護衛に雇った方です」
お、なんかいきなり姉ノロケがはじまったぞ。いや、エイナさんの目は全然笑っていない。気を緩めるな俺。
「親と喧嘩をして、家出同然に行商人になろうとしているのだと言ったら、信じていただけますか?」
「いいえ。少なくともそのような問題を抱えているようには見えませんでした」
「相手にたやすく心の内を悟られるようでは、商人失格だとは思いませんか?」
「それはそうかもしれませんが……そもそもそんな訊き方をする時点で、エイナさんもわかってますよね?」
言いくるめられそうになったので、鑑定で知っている情報を元に強引に押してみる。
エイナさんはなぜか、嬉しそうな微笑を浮かべて言葉を発した。
「これは失礼をしました。まさか洋一様の洞察力がこれほどとは思っていなかったものですから。ええ、お疑いの通り、あの子には事情があります。お話しするのは構いませんが、もし他言なさるような事があれば、私を全面的に敵に回すとご承知置きください。人を見る目がある洋一様なら、この意味がおわかりですよね?」
こわっ! 15歳の女の子がする目じゃないぞこれ。
全力で事情を聞きたくない気がしてきたが、それはそれでしこりを残しそうだ。俺は覚悟を決めて口を開く。
「事情を聞かせてください」
俺の答えにエイナさんは一瞬ニコリとした後、すぐに笑みを消して話をはじめる。
「話自体はさほど珍しい事でもありません。王立学校には貴族の子弟もいるのですが、その中に一人、男爵家の三男というだけで、頭も性格も態度も品性も悪い馬鹿がいましてね。その男が、リスティの親友を強姦したのです」
ああ、それ系の話か。つらいな……。
「それも一度だけではなく、何度もくりかえしです。親友の様子がおかしい事に気付いたリスティは密かに事情を探り、事の真相を突き止めました。
ですが、下級貴族の三男と言っても平民との間には絶対的な身分差があります。訴え出て罰する事はもちろん、やめさせる事さえ難しい状況でした」
この世界の貴族制度はかなり絶対的な物だって聞いてたけど、そこまでか……。
「だから、リスティは私に相談してきたのです。私はこれといった親友などは作らず、当たり障りなく広く浅い友達付き合いをしていましたが、リスティの事は憎からず思っていました。だから手を貸す事にしたのです」
エイナさんはそこで少し話を止め、天井を仰ぐ。
「今になってみても、それが良かったのかどうかはわかりません。私はリスティに、その男を暗殺する提案をしました。親元が隠したくなるような状況で、事故に見せかけて殺す案を……」
エイナさんはじっとこちらを見、俺の反応を確認するようにしながら話を続ける。
「親友を傷つけられたリスティは迷いませんでした。即座に行動に移り、私にも手を貸して欲しいと跪きました。自分の事でもないのにね……」
お、ちょっとエイナさんの感情が揺れたような気がする。
「結果は拍子抜けするほどあっさりしたものでしたよ。メス馬と性交している所を蹴られて死んだように状況を配置したのですが、もし公になれば家の危機だと慌てた男爵家は全力でもみ消しに走り、ろくな調査もなく乗馬中に落馬した事故死だという事になりました。元々素行が良くない男でしたしね」
そういえばこの世界、教会が獣姦にうるさいんだっけ? そのおかげでエルフ達が労働力として使われるだけで済んでる訳だけど……。
「目撃者は出さなかったはずですし、この件を知っているのは私とリスティだけです。事が露見するような事はないはずですが、リスティは念のためにと高等部への進学をやめ、家を出て行商人になる道を選びました。実際に事が露見したら、そんな事には関係なく実家にも累が及ぶでしょうが、あの子なりのケジメなのでしょう」
「なるほど……その、リステラさんの親友の女の子はどうなったの?」
「半年ほどは精神が不安定だったように見受けましたが、リスティが寄り添って回復させました。ああ、ひょっとしたらあの子は私達がやった事に気付いているかもしれませんね。ですがそれならよけいに、あの子がリスティを売るような事はないでしょう。リスティによく懐いていて、一緒に行商人をやるとまで言っていましたから。そのうち店の従業員として紹介する機会があるかと思います」
「……なんか、俺がリステラさん雇うの確定みたいに聞こえるんだけど?」
「あら、違いましたか? リスティは一商店の店主としてはもったいないくらいの逸材ですし、洋一様は今の話を聞いて採用をためらうような方ではないと思っているのですが?」
……その言い方はずるいと思う。
「一つだけいいかな。なんでリステラさんを俺に紹介しようと思ったの?」
「一つは行商人という危険な仕事をさせたくなかったから。もう一つは単純に商人としての才覚を見込んで。そして多分、洋一様の目的にも適うからです」
「俺の目的?」
「はい。具体的な事はわかりませんが、洋一様はなにかをしようとしておられますよね? そしてそれはこの国を敵に回しかねない物であると、私はにらんでいます。だったらこの国の貴族制度を憎んでいるリスティは、よい協力者になるのではないかと。洋一様ならリスティを使い捨てにするような事もなさそうですし」
……この子本気で頭いいな。洞察力が凄いのどっちだよ。
ただ少し違うのは、敵に回しかねないのは国じゃなくてこの世界の人間大半かもしれないという事だ。リステラさん協力してくれるかな? いや、それ以上にエイナさんの協力が欲しい。
「もしこの話を進めてリステラさんを雇えば、エイナさんの協力も得られると考えていいんですかね?」
俺の問いに、エイナさんは子供のようにいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「それは状況次第ですね。私はお姉様と仲良く暮らせさえすればそれでいいのです。正直貴族連中の事は好きではありませんが、お姉様が喜んでくれるのなら出世してパークレン家を再興するのも悪くないと思っています。逆に私達の仲を邪魔しようとするのなら、国だろうがお姉様が好きになった男だろうが、お姉様の雇い主だろうが排除する事に躊躇はありません」
……忘れてた、この子はこういう子だったんだ。ライナさんもかなり妹の事好きだけど、この子はさらに輪をかけた上に危ない方向にねじ切れた感じでお姉ちゃんの事が大好きなのだ。
出会った初日に火掻き棒で襲われかけた事を思い出して、背筋が少し冷たくなる。
「ですがご心配なく、今の所洋一様に悪い印象は持っていませんよ。私とお姉様の仲を妨げる事がなく、お姉様を不幸にしないのなら、お姉様が好感を持っている相手を嫌う理由はありません。むしろお姉様を幸せにしてくれるのなら、結婚も反対しませんよ」
ホントか? 結婚式前夜に相手の男が突如失踪とかふつうにありそうな気がするんだけど……。
なにやら薄ら寒いものを感じたので、リステラさんを採用するから明日また連れてきてくださいと手短に伝え、逃げるように部屋を後にする。
自分達の部屋に戻ると、妹が起きて待っていてくれた。
妹に好かれるのは嬉しいけど、あそこまでいくとちょっとなぁ……。
そう思いながらベッドに入ると、例によって香織がそばに寄ってくる。うちの妹もたいがいだけど、あそこまでじゃなくて良かったなと、しみじみ思う。
布団に入っていたにしては少しヒヤリとした妹の手を感じながら、俺は鑑定を発動して眠りにつくのだった……。
大陸暦418年12月11日
現時点での大陸統一進捗度 0.001%(リンネの故郷の村を拠点化)
資産 所持金 2776万1200アストル
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人)




