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妹と異世界転移 ~引きこもりだった俺が妹を護るために大陸を統一するまで~  作者: おとしんくるす


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(番外編) 祝福されて産まれてくる子供達

※リンネ視点の話になります

「あうっ! ……はぁ、はぁっ……」


「おい、大丈夫かリンネ? ちょっと脈を見せてみろ」


 二つ並べられた隣のベッドからルクレアさんの声がして、伸びてきた温かい手が私のうでを掴む。


「……うむ、多少速いが乱れはない。呼吸を整えて、ゆっくり大きく息を吸うのだ」


「はい……ルクレアさんは大丈夫なんですか?」


「私も子供を産むのは初めてだが、多くの出産に立ち会った経験があるから多少は勝手が分かっている。それに、この様子だと産まれるのはおまえのほうが早そうだ」


「そう、ですか……ううんっ!」


 今、私とルクレアさんは同時に出産の時を迎えようとしている。


 これは偶然などではなく。二人で契りを交わしたのだから、ある意味当然の結果なのだ。


 私たちエルフは人族と違い、オスに当たる存在がいないので、交わった二人が同時に子供を宿す。

 当然、産まれてくる時期もほとんど同じになる訳だ。


 私は出産の痛みの中、一年前の出来事を思い出していた……。



 ……あれは洋一様が亡くなられてから一年の墓参ぼさんに、北の小島を訪れた時の事。


 私とルクレアさんの他に、森エルフの王であるスミクト様や、沼エルフの王であるカナンガ様。それに洋一様のお子様達や、クトル様やシェラ様といったお仲間達。

 シェラ様の背に乗せて運んでいただき、みんなで洋一様と香織様のお墓にお参りをしたのだった。


 洋一様が好きだったお米や魚などをお供えし。香織様が好きだった果物も供えて、全員でお祈りをした。


 その後は一香様とシェラ様主導で宴席えんせきが開かれ、みんなでお二人の思い出話に花を咲かせ、感謝を捧げたのだった……。



 そしてその夜。


 洋一様が最後の日々を過ごされたという魔王城あとの一室でベッドに入り、目を閉じると、洋一様との様々な思い出が脳裏のうりに蘇ってきた。


 ――私が奴隷として宿屋で使われていて、満足な食事も貰えずにお腹をすかせていた日々。


 そこに洋一様が現れ。香織様の姿に行方の知れない妹レンネの姿が重なって、思わず助けてしまった事。

 思えば、あれが全ての始まりだったのだ。


 洋一様はそれから、私を久しぶりに森へと連れ出してくださった。

 そしてそれだけではなく。私への恩返しだと言って、私が望んだ夢を。全てのエルフが奴隷の首輪から解放されて自由に暮らせる、そんな夢のような世界を実現すると約束をしてくださった。


 ……正直、最初は夢物語だろうと思っていた。


 だが洋一様はあっという間にレナさんとセレスさんを解放し。そしてルクレアさんも探し出して、解放してくださった。


 それからはルクレアさんに香織様を助けて貰った恩も加わったと言って、一層精力的に動いてくださり。ルクレアさんが囚われていた鉱山を解放して拠点とし、多くの仲間達を次々と解放してくださった。


 そして、もう二度と会う事は叶わないと諦めていた妹、レンネとの再会の夢さえ叶えてくださり。あまつさえ私のわがままを聞き入れて、レンネの失われた腕を回復させるための、危険極まりないドラゴン狩りにさえ協力してくださった。


 ――やがて洋一様の影響力は大陸全土に広がり。ついには本当にエルフ族全ての解放を実現してくださったのである。

 私だけではなく。まさにエルフ族全てにとっての大恩人だ。


 ……その計り知れないほど大きな恩義に、果たして私はどれだけ報いる事ができたのだろうか?


 洋一様は自らの存在を公にする事を好まれなかったので。人族はもちろん、エルフ族でさえ大部分がその存在を知らない。


 それ自体は洋一様の望みだったからよいとして、ではその大恩たいおんを知っている私は。その大恩をこの身に受けた私は、一体何ができたのだろうか?


 ……偉業を果たされた後の洋一様は、香織様と共に私達の村に住み。幸せそうに暮らしておられた。


 それをわずかばかりお助けした事と、洋一様の楽しそうな日々の笑顔は私の報恩ほうおんの想いを少しだけ満たしてくれたけど、それだけでは全然不足だった。

 私はこの身を。この命を何度捧げても足りないだけの恩を受けたのである。


 それは決して大げさな表現ではなく。森エルフの王であるスミクト様の姉、スルクト様が為された事を見れば明らかだ。


 スルクト様は仲間を助けるために。そしてもしかしたら、妹が助かるかもしれない可能性のために一命をして。千苦に耐えて、洋一様の元まで旅をして来て、その目的を果たすと同時に亡くなられた。


 ……それを思えば、私は一体なにをしたのだろうか?


 私が妹レンネの笑顔を毎日見る事ができ、一緒に森に入って楽しい時間を過ごせるのも。

 大陸中に暮らす何百万というエルフ達が、飢える事もおびえる事もなく穏やかに日々を過ごせるのも、全て洋一様のおかげだというのにだ……。


 元々返しきれる恩ではない事は承知の上だが。それでも私にできた事といえば、この村に移り住んでから毎日森の幸をお届けした事と、結局一度も出番がなかった護衛を手配し続けた事だけ。


 香織様を亡くされた洋一様が酷く落ち込んでおられた時も。その後を追うとおっしゃられた時でさえ、なにもする事ができなかったのだ。


 あれほどの事をしていただいたのに。

 あれほどの大恩を受けたにも関わらずだ……。


 その事を考えると、どうしようもないほどいたたまれなくなり。とても眠る事などできずに部屋を出て、洋一様と香織様が眠るお墓の前にひざを着き。頭を下げて泣き崩れた……。



 ……どれくらいの時間そうしていたのかわからないが。ふと気がつくと、私は後ろから包み込むように抱きしめられていたのだった。


「――リンネ、おまえの気持ちはよくわかるつもりだ……だが、もう少し自分の体を大切にしろ。おまえがやまいを得る事など、洋一殿とて望んではいないだろう」


 その声の主は、ルクレアさんだった。


 背後から私の体に伸ばされた手が、ひざの上でそっと私の手と重なった時。

 その手が火傷やけどしそうなほどに熱く感じられた時に、初めて私は自分の体が完全に冷え切ってしまっているのに気が付いたのだった。


 3月は寒さが緩み始める季節であり、私達山エルフが寒さに強い種族だとはいえ。ここは冷たく強い風が吹きつける北の島なのだ。

 そのまま一晩を外で過ごしたら、私は病どころか命を落としてしまったかもしれない。


 暖かいルクレアさんの体に包まれて。私は少しだけ心が安らぐのを感じたのだった……。



 洋一様達の墓前ぼぜんで抱きしめられた後。意外にも積極的だったのはルクレアさんの方だった。


『洋一殿は、自らが望んだ生き方をなされたのだ。最後に、自分はこれで幸せなのだと言っておられたではないか……』と言ってなぐさめられ。私とルクレアさんの寝室に当てられていた部屋に連れ戻されてベッドに腰掛け、体を温めるためのお酒を貰った。


 それからしばらく。ルクレアさんは私の体を暖めるように、ずっと後ろから抱きしめてくれていたが、突然ふっと言葉を発した。


「……なぁリンネ、私は今年で303歳になる。エルフは人族と比べれば長命種だが、一般的な寿命は300~400歳だ。その意味では、私はそろそろ自分の生について考えなければいけない歳でもある」


「…………」


「私は本来ならあの鉱山で使い潰されて、廃鉱石と一緒にゴミ捨て場に捨てられる運命だったのだ。本当にその直前まで行っていた事は、誰よりも私が一番よくわかっている。それを救ってくれたのは洋一殿であり、洋一殿を連れて来てくれたおまえだったのだ……」


 ルクレアさんは静かな声でそう言って、しばらく間を置いて言葉を継いだ。


「リンネ。もしおまえがよかったらなのだが、私と子供を作ってはくれないか? せっかく拾ってもらった命であってみれば、次代に引き継ぎたいという思いもある。香織殿と洋一殿が相次いで亡くなり、エイナも後を追うように逝ってしまってから、ずっと考えていたのだ……」


 ルクレアさんの言葉を。私は最初、自分を元気付けようとして言ってくれているのだと思った。


 でも、振り返って見た時のルクレアさんの表情は真剣そのもので、私はとっさに。それが本心からのものであると悟ったのである。


 ……そして、その言葉の意味する所を考えてみた。


 私はルクレアさんよりも104歳年下だから、まだ199歳。生涯について考えるような歳ではないと思っていたが、一般的な人族に比べれば三倍。洋一様達と比べても二倍以上の時間を生きている事になる。


 私は洋一様のお子様達を。ヨミ様や一香様の事を思い浮かべ、しばらく前に子供を作ったレナさんとセレスさん。その子供達の姿を思い浮かべてみた。


 ……洋一様を失った時にはみんな悲しそうにしていたが。その中でもお互いに慰め合い、悲しみを分かち合っていたのを思い出す。


 私にも妹のレンネがいたし、ルクレアさんや他の仲間達もいた。


 共になげき、悲しみを分かち合ったのは同じだと思うが。今の私の心の内を思えば、ぽっかりと空いた空白を埋めてはくれなかったのだろう。


 ……もし子供がいたら、この空白を多少なりとも埋めてくれるのだろうか?

 この胸の痛みを、少しだけでも軽くしてくれるのだろうか?


 ――そんな事のために子供を作るのはどうかとも思ったが、私の命だって永遠ではない。

 いつかは私も死ぬのだし。私が死んだら、同時に洋一様達の事も忘れ去られてしまうのではないだろうか?


 そう考えた時、私はとてつもなく恐ろしくなった。

 いくら本人が望まれた事とはいえ、エルフ族にとっての大恩人を忘れ去ってしまうなんて。そんな事が許されていいのだろうか? いや、いいはずがない。


 その考えに思い至った時、私は自分の子供が。洋一様の事を語り継いでくれ、洋一様と香織様のお墓を守り続けてくれる存在が、どうしても欲しくなったのだった。


 ……私がそんな事をしなくても、シェラ様が数千年か数万年かの時を超えて事実を記憶し続けてくださるだろう。

 エイナ様が、秘かに記録を残しているかもしれない。


 ――だが、大恩を受けたのは私達エルフ族なのである。

 他ならぬそのエルフ族が、その事を忘れ去ってしまっていいはずがない。


 たとえ一子相伝であっても、洋一様達の事を語り継ぎ。一年に一度でもいいからお墓にお参りをする事は、我々が負うべき最低限の責任ではないだろうか?


 ……正直、今まで山エルフの王と言われてもいまいち実感が湧かなかったが、まさにこの責務こそが、山エルフの王という地位を与えられた私が為すべき事なのではないだろうか?


 そう考えた時、私の中で一つの決意が固まった。


 そして、子を成す相手をと考えた時。洋一様との関係も深く、私を何度も助けてくれたルクレアさんは、まさに最適な人であると言えた。


 ……それに個人的な事情になるが。今私を抱きしめてくれていて、手を重ね合わせてくれているルクレアさんの体はとても暖かく。言葉にできないほど心地がいい。

 直接的な暖かさはもちろんだが、なんだか体の中から。心の奥からじわりと暖かくなってくるような気がするのだ。


 それはまるで、てついた冬の雪を融かしてくれる。穏やかな春の太陽のように感じられた……。



「ルクレアさん……」


 ――そうつぶやいて、私の方から手を握り返し。抱きしめ合って体を重ねたのが、一年前の事。


 そして今。私とルクレアさんは、揃って子供を産もうとしている。



 出産は聞いていた通り辛く苦しいが、ルクレアさんが教え育てた若いエルフの医術師や薬師達が何人も世話を焼いてくれるし。部屋の外では妹のレンネをはじめ、エルフの仲間達や、洋一様のお子様達まで。大勢の仲間が集まって私達の事を心配してくれている。

 そして隣にルクレアさんがいて力付けてくれるのが、なによりも心強かった。


 ……私は実際に見た事はないが、洋一様によってエルフ族が解放される以前には。人族によって作られた牧場で、奴隷にするためにエルフの『繁殖』が行われていたのだそうだ。

 実際にそこにいたエルフ達が、泣きながら話してくれるのを聞いた事が何度もある。


 棒で殴られてむりやり望まない交配をさせられ。くさりに繋がれた状態で子を産まされ、その子供を抱く事もできないまま、引き離されてしまう。


 そしてまた、次の子供を産むための交配をさせられて……と。そんな酷い事が絶え間なく繰り返されていたのだそうだ。

 地獄のような環境で、精神を病む者もいたという。


 それに比べれば、今のわが身のなんと幸福な事か。これで辛いなんて言ったら、本当に辛い目に会った人達に申し訳が立たない。



「……うっ、ぐうぅぅぅっ…………」


 一際大きな痛みの波が襲ってきたと思った次の瞬間。ふっと体が楽になるのを感じ、少しの間を置いて赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。


 ルクレアさんが『よし、よくがんばったな』と声をかけてくれ、部屋の外からは『ワッ』と大きな歓声が聞こえてきた。


 ……しばらくして、ずっと付き添ってくれていた医術師見習い(ルクレアさんによると)の人が、布に包まれた赤ちゃんをそっと私に抱かせてくれる。


 ――腕の中で元気に泣く赤ちゃんを見ながら。私は改めて、エルフの子供が祝福されて産まれてくる事ができる世界を作ってくださった洋一様に感謝を捧げ。いとしいわが子を授かった喜びに、涙を流すのだった……。




 私とルクレアさんが子供を産んで一年。私達は今、洋一様と香織様が眠る北の小島へと来ている。


「イリア・イルア、ちゃんとお参りをするのですよ」


「「はい」」


 私とルクレアさんの子供達が。洋一様と香織様のお墓の前で頭を下げて、お祈りの言葉を唱える。


 二人は、私の子供が『イリアセス』。ルクレアさんの子供が『イルアセス』と命名された。


 洋一様から一字を貰い。リングネースとルクレアリアの頭文字をそれぞれつけて、アセスというのは古い言葉で『きずな』とか『繋がり』という意味だ。

 ルクレアさんが考えてくれたのだが、いい名前だと思う。


 エルフの子供は最初の一年に限り、人族の子供一年分を一月で成長するので。二人共見た目は一応大人だし、言葉も覚えている。


 初めての子育ては色々と難しい事もあったが。先輩に当たるレナさんとセレスさんが色々と教えてくれ。姉妹仲良く、元気に育ってくれた。


 ルクレアさんに『やはり子供には医術や薬学を学ばせるのですか?』と訊いてみたら、『本人が望めばな。無理強いをする気はない』との事だった。


 それは私も同意見で。イリアには将来山エルフの王を継いでもらわなくてはいけないが、王の仕事と言ってもそれほどやる事が多い訳ではない。


 年に一度ここに来てお墓参りをし。普段は遠く離れているエルフ三種族の交流と情報交換を行う事と、半年に一度人族の国の王と手紙を交わす事。後は洋一様の事を語り継いでもらうだけで、大半の日は普通のエルフと変わりなく過ごすのだ。


 実際私も、一年のうち王の仕事をするのなんて10日くらいだ。

 以前はリステラ殿が定期的に訪ねてきてくれていたが、そのリステラ殿も亡くなってしまい。人族の国とは交易だけが事務的に行われている状態だ。


 何かあれば国王の出番もあるのかもしれないが、生前のエイナ殿とリステラ殿が万全に整えてくれた交易の仕組みは、まだ一度も問題を起こした事がない。


 なので、イリアも普段はなにか自分の得意な仕事を見つけて。普段はそれをする事になるのだろう。

 私と同じ狩猟採取の道を目指すのなら指導をするが、他の道を目指すのならそれもいい。


 ……とはいえ、先年産まれたレナさんとセレスさんの子供は、親と同じ布加工と木材加工に興味を示しているようで。よく手ほどきを受けている光景を目にする事がある。


 今回のお墓参りにはレナさんとセレスさん親子も参加していて。親に言わせればまだまだな出来だそうだが、子供達自作の服と木工品を墓前にお供えしていた。


 特にレナさんの子供は、服作りが得意だった香織様に強い憧れを持っているらしく。人の姿に戻ったシェラ様が着ている香織様お手製の服を食い入るように見つめ。でたり引っ張ったりしてシェラ様がちょっと迷惑そうにしていたが、がんばって欲しいと思う。


 ……思い返してみれば、私の母親も狩猟採取を得意としていたし。ルクレアさんのお母さんも、医術師兼薬師だったと聞いている。


 一番身近なので自然とそうなるのだろうが。イリアと一緒に森へ入る事を想像してみると、思わず顔がほころんでしまうくらいに楽しそうだ。


 最終的には本人次第とはいえ、こんな想像をしてしまうのは母親ゆえなのだろう……。


 ……そこまで考えて、私は自分が洋一様の死後。今までなかった笑顔を浮かべている事に気がついて、ハッとさせられた。


 そして、これが子供を持つという事なのだと理解し。改めて、心の奥がじわりと暖かくなってくるのを感じるのだった。


(洋一様。私たちのこれからを、どうか見守っていてください……)


 心の中でそうつぶやき。お墓に向かって深々と頭を下げた後、子供達をまとめて魔王城址の地下へと向かう。



 ――その後の宴席で。寝る前のベッドの中で。私は子供達に、洋一様の事を語って聞かせた。


 ことさらに美化したり、『感謝するのですよ』などとお説教臭い事は言わない。ただ純粋に事実だけをありのままに伝えれば、それで十分なのだ。


 イリアもイルアも、レナさんとセレスさんの子供達も。目を輝かせ、時に涙で目を潤ませながら、食い入るように英雄譚えいゆうたんに聞き入ってくれる。


 この様子なら、イリア以外にも洋一様の事を語り継いでくれる子供達ができそうだ。


 ……なぜか子供達の他に。レナさんやセレスさん、スミクト様やカナンガ様、ルクレアさんに、ヨミ様と一香様。クトル様やシェラ様まで集まってきて私の話に聞き入っているが、みんな洋一様の事が懐かしいのだろう。


 話している私も時に感情が高ぶり、涙声になってしまう事がある。


 洋一様の偉業は一日ではとても語りつくせないので、子供達にはこの先も毎年この日に。100年くらいかけてじっくりと語って聞かせようと思う。


 洋一様が望まなかった事なので多くの人に広める気はないが、何人かだけでも。真実を語り継ぐのは必要な事だと思うから……。



 ……切りのいい所まで話をし。子供達を寝かしつけている間、大人達は再び宴席へと戻って行ったらしい。


 スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てる子供達。その幸せそうな寝顔は私をいやし、幸福で満たしてくれる。


 ……思えば一年前。私はこの場所でルクレアさんと体を重ね、イリアを身篭ったのだ。


 そう考えるとなんだか照れくさくなって、顔が熱くなるのを感じる。


 ――と、背中に『トスン』となにかがぶつかってくるのを感じた。


「ううん……リンネ……おまえも飲め……」


 声の主はルクレアさんだ。手にはお酒が入ったグラスを持っていて、かなり酔いが回っているらしい。


 いつもなら『ルクレアさん、飲みすぎですよ』と言ってお酒を取り上げ。ベッドに運んで寝かせつける所だが、今日は特別な日だ。


 私はグラスを受け取って、そっと口をつける。

 ルクレアさんが大好きな、トウの実を発酵させて作った果実酒だ。


 甘い香りと共に液体がのどを通り、じわりと胃に沁み込んでいくのを感じる。


 ルクレアさんはそのまま、イリアとイルアが並んで眠っている所に割り込むように倒れ込み。二人の頭を抱きながら楽しそうに笑って、そのまま寝息をたてはじめた。


 ……子供二人はベッドが急に狭くなって、ちょっと迷惑そうである。


 私はルクレアさんが本来寝るはずだったベッドから毛布を取ってきてルクレアさんに掛け。眼鏡をそっと外して、かたわらのテーブルに置く。



 ……子供二人を両脇に抱えて幸せそうに眠るルクレアさんと。しばらくモゾモゾした末に、ルクレアさんの腕に抱きつくような体勢におちついて眠る子供達。

 夢かと思うような幸せな光景だ。


(……洋一様。貴方のおかげで私達は再び祝福されて子供を産み、幸福の中で育てる事ができるようになりました。ありがとうございます。ご恩は決して忘れる事なく、与えていただいたこの平穏な世界を必ず守り抜いてご覧に入れますから。どうか見ていてください……)



 私は心の中で改めてそう誓いを立て。いつしか目に浮かんでいた幸福の涙を、指先でそっとすくいとるのだった……。

 リクエストを頂いた番外編。『リンネやルクレアに子供ができたら、他のエルフの子供達も』になります。


 子供達の描写よりも親の描写の方が多くなってしまいましたが、よろしければお納めください。



※誤字報告をくださった方、ありがとうございます。名前を間違うとはお恥ずかしい……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 語り伝えることにより思い出はエルフ族にとっての神話に。人族にとっては伝説となる。 主人公がいなくなってから、その存在が目立つようになるとは流石ですね。 [一言] 番外編が濃密になってきまし…
[良い点] 薬師さんの女性らしい面、普段とは少し違うその辺のギャップが見られて、非常に萌えました(笑)。 [一言] 完結後も追加、お疲れ様です。 リンネのエピソード、いいですね。エルフさんたちってこ…
感想一覧
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