311 (後日譚)魔王城
子供二人とシェラによる魔王の拠点造りは、驚くほどのペースで順調に進んでいた。
島の中央にそびえる岩山を削って城を作るのだが、俺の設計に基づいてシェラが素手で大まかに削った後、ヨミがこれまた素手で丁寧に仕上げをしていく。
エンシェントドラゴンと魔人の手にかかると、固い岩山がまるでゼリーのようだ。
そして一香は、ウンディーネの特性を活かして海水や雨水をキレイな飲み水に浄化してくれたり、お風呂を沸かしてくれたり。得意の泳ぎを活かして、周囲の海で食材を確保してきてくれたりする。
魚、イカ、タコ、貝、エビ、カニ、海草。時には首長竜や海トカゲみたいな魔獣までだ。
それらの食材はリンネ達が持たせてくれた食材や調味料と一緒に一香によって調理され、温かくて美味しい食事となって俺達に提供される。
妹直伝で、料理Lv5に達している一香の御飯はそれはもう美味しく。妹の料理を思い出させてくれる懐かしい味付けで、思わず涙を禁じ得ないほどだ。
海棲の魔獣や魚のカラアゲはシェラにもすこぶる好評で、『先代勇者の味に匹敵する』と大絶賛である。
……だからと言って、一香が半日かけて作った海棲魔獣丸々一匹分。推定量牛20頭分くらいを一人で食べてしまうのはどうかと思うけどね……。
……まぁ、工事でお腹がすくのだろう。ヨミと一香の食欲も旺盛で、大量にあると思っていたリンネ達が持たせてくれた食材と調味料があっという間に底をついてしまったので、シェラがお使いに飛ぶ事になった。
無事を知らせる連絡にもなるし。代金は一香が獲った海棲魔獣の骨や牙。角なんかの素材や、貝を開いたらたまたま入っていた真珠なんかで足りるだろう。
そんな買い出し飛行の四回目には、なぜかクトルが一緒についてきて。『魔王様、これをお持ちください』と、通信機能があるあの石を渡された。
どうやら俺が村を離れてから全速力でみんなに手紙を届け。それと同時に、スミクトさんから石を借りてきてくれたらしい。
『連絡用にぜひ』と言われ。最初は遠慮しようとしたのだが、『私の力では大山脈を越えてここに来る事はできませんので……』と悲しそうに言われてしまい。最終的にヨミか一香に預けて必ず返す約束をして、しばらく借りる事になった。
その後、クトルは各地を飛び回って勇者の情報を集めてくれ。石を通じて詳細な情報を送ってくれる。
勇者が今どこにいるかという情報にはじまって、『勇者が魔獣を倒した』『聖女を仲間にした』『森エルフの国を訪ねた』『凄腕の弓使いを仲間にした』など、勇者の動向がリアルタイムで手に取るように伝わってくる。
ちなみに勇者は魔獣に襲われていた旅人を助けたり、行く先々で住民の相談に乗ったりと、正義感に溢れたいい人物らしい。
聖女というのはパークレン王国現国王の娘で、ニナとヨミから見るとひ孫。俺から見ると玄孫に当たる子で、ちょっと複雑な気持ちになるが。会った事があるのはニナの孫世代までだし、顔を合わせてもバレる事はないだろう。
ニナの子供や孫も、俺が魔王である事は知らないしね。
聖女様も勇者と一緒に旅ができるくらいだから、ヨミから連なる魔人の血は相当薄くなっているのだろう。
ひ孫が勇者パーティーにいる事に。ヨミは心中複雑かもしれないが、俺はあまり実感が湧かないのが正直な所だった。
むしろ気を引かれたのは、森エルフ国を訪ねたのと、凄腕の弓使いを仲間にしたという報告で。クトルによると、勇者は森エルフの国に入国こそ許されたものの、国王に会う事は叶わずに門前払いされたらしい。
スミクトさんには手紙で勇者の邪魔をしないように。できれば手助けしてやって欲しいと伝えておいたが、さすがに手助けはできず。邪魔をしないのが精一杯だったようだ。
今でも俺を大切に思ってくれているのが伝わってきて、嬉しくなると同時に、辛い思いをさせてしまって申し訳ないとも思う。
ちなみに勇者は『やっぱりエルフは人間が嫌いなんだな……』と、ものすごく覚えのある設定準拠の発言をしていたそうなので、やはり俺と同じ世界の出身なのだろう。
そして、勇者が仲間にした『凄腕の弓使い』というのは、森エルフらしい。
奴隷時代を知らない若い子らしいが、エルフが人間と一緒に勇者パーティーに入り。共に協力をして旅をするなんて、まさに俺が夢に描いた人間とエルフの共存関係そのものだ。
ドラゴンを追い払った時は自演だったが、今やそれが自然と実現されるようになったのである。
ここまで世界が変わった事が嬉しく。このパーティになら討たれても本望だとさえ思えてくる。
……そんなこんなで情報を集めながら城の建設を進めていくが、設計図が完成してからの俺はあまりやる事がないので、魔王のレベルを上げる事にした。
今までは勇者である妹と反発してしまうので最大限上げないようにしていたが、もうその妹はこの世におらず。今ここにいるのは魔獣と魔人だけなので、なにも問題はない。
勇者が来た時に魔王がすっごい弱かったら、拍子抜けしちゃうだろうからね。
勇者に倒される魔王を演じると決めたのだから、できる限り上手にやり抜こう。
魔王のレベルを上げる方法は、とりあえず二つ。魔獣生成を行う方法と、闇属性魔法を使ってみる方法だ。
多分人間やエルフを倒しても経験値みたいな物が入ると思うが、それは全力で却下である。
――魔獣生成は勇者を迎え撃つ戦力にもなるので一石二鳥に思えるけど、倒されるために魔獣を産み出すのはかわいそうだ。……なのでここは一つ、知能のないスライムとかにしてみよう。
初めて生成した時に俺を攻撃してきたくらいだから、とりあえず近くにいる生命体をなんでもいいから攻撃するとか、そんな性質なのだろう。
勇者相手には力不足な気もするが、数を用意すればそれなりの戦力になるかもしれない。動く罠みたいなものだ。
そう結論付けて、俺は闇魔法の練習をする傍ら、一香に水を提供してもらってスライムを大量に生成した。
……生成してから『寝込みを襲われたらどうしよう』と気付いたが、すでに城がある程度形になってきているので、スライムの進入を許さない工夫をして事なきを得る。
城と言っても岩山を削っただけの無骨な造りで。それが逆に魔王城っぽいような気もしないではないが、普段住むのにはあまり快適とは言えない雰囲気だ。
なので、最奥に隠し部屋を作って魔王の隠し財産として持ってきた100億アストルを積み上げ。更にその奥にもう一つ隠し部屋を作って、そこを普段の住居にする事にした。
奥過ぎて逆に岩山の反対側に近いので、ちょっと行けば反対側から外に出られてしまう。
せっかくなので秘密の抜け穴を作って、いざという時はそこからみんなを逃がせるように。
ついでに毎回最奥まで移動してくるのは面倒なので、普段の通用口にも使うようにした。
ここから攻められたら一発ゲームオーバー……もしくは魔王を倒してゲームクリアなので、バレないように入念に偽装しておこう。
……そんな感じで拠点の整備は順調に進み。クトルからの報告によると、勇者も順調に力をつけてきているそうだ。
勇者は森エルフの国に続いて沼エルフの国も訪ねたらしいが、そこでも王には門前払いを食わされ。旧エスキル王国に賢者がいると聞いて訪ねたらしいが、そこでも会って貰えなかったらしい。
エスキルさんは最近まで毎年大陸統一の記念日に来てくれていたが、賢者と呼ばれている事について『エイナ様とルクレア先生を差し置いて畏れ多いです……』と言って恐縮していたのを思い出す。
……その後も勇者の旅は順調に続き。さりげなく魔王の島の位置も耳に入るようにしてもらったので、道に迷う事もないだろう。
大陸の南部。旧サイダル王国内に出現したという勇者は、まずは王都がある北西部に向かい。次に大陸の中部から東部を旅し、今また北西部に戻ってきているようなので、いよいよ魔王の攻略に取りかかるつもりなのだろう。
こちらも魔王城が完成したし。魔王と勇者の決戦の時は、着実に近付きつつある気配がする……。
大陸暦499年2月9日
解放されたエルフの総数 504万1500人 全体の100%
資産 所持金 100億




