303 シェラの心
『たとえ俺が相手でも、殺そうと向かってきたらひねり殺したか?』という質問。
失言だったと取り消すのを一瞬ためらった間に、シェラは珍しく真面目な表情をして言葉を発する。
「相手が主殿だったらか……。襲われたら本能的に反撃したじゃろうが、もしも面と向かって『心臓が欲しい』と頭を下げられたら、どうしたかはわからんな。あの時も悩んでおった」
シェラはそう言うと、これもまたレアな事に悩む様子を見せる。
「あの……もしかしてエンシェントドラゴンって、心臓切っても死ななかったりするの?」
「やった事がないのでわからんが、さすがに無理じゃろうな。多分死ぬと思う」
うん。これが『多分』と『思う』な辺りさすがだが、俺もいくらなんでも無理だと思う。
元の世界には心臓が複数あったり、二つにちぎれたらそのまま二匹になる生物とかいたけど、さすがにある程度以上大きい生物にはできない芸当だった。
「だよね……じゃあなにを悩んでいたの?」
「心臓を切らせてやるかどうかに決まっておろう」
「え、でも死んじゃうんでしょ?」
「だから悩んでおったのじゃろうが。腕や尻尾くらいならまた生えてくるのでくれてやっても構わんが、心臓はそうはいかんからな」
「……それって、死ぬのを覚悟で心臓をくれたかもしれないって事?」
「結局答えは出なんだのでわからんがな。主殿がワシの心臓を求めるという事は、ワシよりもあの人族を優先したという事じゃから、腹が立って両方殺してしまったかもしれんし。他ならぬ主殿の頼みであれば、条件次第で死んでやったかもしれん」
「条件って、たとえばどんな?」
……なんか思っていたよりもずっと、シェラは俺の事を大切に思ってくれていたらしい。
ちょっと目頭が熱くなってくるが、命をくれてもいい条件とはなんだろう? さすがにこれはカラアゲとかではないだろうし……。
「条件か。まずは腹いっぱいのカラアゲと……」
おおう、そこは断固外してこないのね……。さすがシェラだが、でもこれは『最後に食べたいもの』という意味だろう。俺はじっと、シェラの言葉の続きを待つ。
「あとは、ワシの体の一部を使ってまた新しいエンシェントドラゴンを産み出してくれる事じゃろうな。今の状況に即して言えば、ワシと主殿との子とでも言うべき存在をじゃ」
――脱力する答えの後に、思いっきり本気の重たいやつが来た。
「……でも、クトルを見る限り記憶は引き継げないみたいだよ」
「じゃが、何かしら感じるものはあるようではないか。それだけでも、完全に消えてなくなってしまうよりはずっとよかろう」
「それはそうかもだけど……」
俺は、複雑な気持ちでシェラを見る。
普段はどこかノンビリとしていて、人間との感覚のズレを感じさせてくれるエンシェントドラゴン。
その捉え所のない雰囲気は今も変わらず、なにを考えているのかよくわからないが。嘘をついたり、駆け引きを仕掛けてきているようには見えない。本当に訊かれるがままに、素直に答えてくれているのだと感じる。
それこそ、待ち時間の他愛もない世間話みたいな感覚でだ。
……だが、その内容はとんでもなく重い。
まず、シェラが『悩んだ』と聞くだけでもう結構な驚きなのだが、その内容が、俺に命をくれるかどうかだったというのである。
何千年か何万年かを生きるエンシェントドラゴンの命なんて安い訳がないと思うのだが、俺、シェラにそんな懐かれるような事をしただろうか?
……考えられるとしたらやはり、『産みの親である』という点なのだろうか?
そういえばクトルも、誕生した瞬間目の前に勇者がいるのに気付き、とっさに俺を守ろうとして妹の前に立ち憚ってくれた。
あれも妹が仲間だったから笑い話で済んだものの、本当なら命がけの。いや、命を捨てる覚悟での行動だったはずなのだ。
一番初めに生成したスライムが、とりあえず近くにいた俺を攻撃してくるお馬鹿さんだったせいで実感がなかったが、ある程度以上知能がある魔獣にとって、産みの親というのはもしかしてものすごく大きな存在なのだろうか?
確認してみたいが、こんな事は訊くような話ではないだろうし、ましてや試してみるなんて論外だ。
そうかもしれないなくらいで。俺の心に留めておくべき事なのだろう……。
「――お、そろそろ産まれるらしいぞ」
不意にシェラが発した言葉に、俺はハッとして視線を扉に移す。
ややあって元気な赤ん坊の泣き声が聞こえてきて、待機していた全員がワッと歓声を上げ。それまでの不安に満ちていた空気が一転、安堵と祝福の笑顔が辺りを包む。
ガチャリと扉が開かれ。顔を出した薬師さんが『入っていいぞ』と言葉を発し、全員が立ち上がるが、父親という事を尊重してだろう。俺を一番に通してくれた。
部屋に入ると、消耗した様子で息を荒げてベッドに身を沈めているライナさんと、その傍らで愛おしそうな表情を浮かべて、布に包まれた赤ちゃんを抱いているエイナさんの姿が目に飛び込んでくる。
俺は赤ちゃんが元気な事を確認するとライナさんの元へ駆け寄って、汗で顔に貼り付いた髪を指先でそっと整えてあげる。
「ライナさん、お疲れ様でした」
俺の言葉に、ライナさんは嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いてくれた。
薬師さんが隣に来て。『元気な男の子だ。人族の出産に立ち会ったのは初めてなので比較はできんが、エイナによると多少難産だったらしい。だが母子共に健康だ、おめでとう』と言ってくれる。
『ありがとうございます』とお礼を言って視線を赤ちゃんに移すと、女性陣がワイワイ言いながら交代で抱いているらしく、今はニナの腕の中で元気な泣き声を上げている。
赤ちゃんがすこぶる元気そうなのを見て安心し。難産だったというライナさんを改めて労おうとした所で、ふっと軽い違和感を覚えた。
俺はとっさに、ライナさんに鑑定を発動してみるのだった……。
大陸暦428年2月10日
現時点での大陸統一進捗度 100%(人間の統一国家パークレン王国。エルフの独立国三つに絶大な影響力)
解放されたエルフの総数 218万2828人 全体のおよそ44%
資産 所持金 166億204万
配下
リンネ(エルフの弓士・山エルフの王)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(リステラ商会副商会長・国王相談役)
ルクレア(エルフの薬師)
クトル(フェアリー)
シェラ(エンシェントドラゴン)
スミクト(森エルフの王)
カナンガ(沼エルフの王)
― 家族 ―
妹
香織(勇者)
妻
ライナ(B級冒険者)
エイナ(パークレン王国前国王)
娘
ニナ(パークレン王国国王)
息子
名前はまだない(ライナとの子供)




