301 大陸の統一を成し遂げて
エルフの国が建ってからおよそ三ヵ月後の11月5日。俺達は大陸を横断し、懐かしい鉱山へと戻ってきた。
エイナさん達も王都へ戻り。東部ではパークレン王国東部地区行政官に任命されたエスキルさんが、引き続きエルフさん達の解放に当たってくれている。
順次届けられる報告を見ると、大陸全土でおよそ500万人いたらしい奴隷エルフさんの内、現時点でおよそ200万人ほどが解放されたらしい。
一番初期からやっている西部旧マーカム王国領域では、ほぼ100パーセント。中部の旧イドラ帝国・サイダル王国領域では60パーセントほど。東部はスタートが遅かった上に数が多い事もあって、20パーセントほどといった所のようだ。
このペースで行けば、この先5年ほどで全てのエルフさんの解放に目処が付くだろう。
思ったよりも早くリンネとの約束が果たせそうで、俺も一安心である。
……一方王都では、東部遠征から戻ったエイナさんが大陸統一記念式典などを一通り終えた所で引退を表明し、ニナが第二代パークレン王国国王。ニナ・パークレンとして正式に即位した。
周りの人は引退するのは早すぎるとずいぶん止めたようだし、事前に相談された時に俺もそう言ったが。『もう戦乱と謀略の時代は終わりました。平和な時代の王としてはニナの方が適正があるでしょう』と言われてしまい、言われてみればそんな気もしたので、納得する事にした。
もっとも、当分はニナの後見人として各所に目を光らせてくれているので、新国王の治世は極めて安定している。
リンネが山エルフの王に即位した事でリングネース商会の商会長を引退した事もあり、俺の仲介もあってリステラ商会とリングネース商会は合併し、リステラさんはリステラ商会の副商会長となって商会に復帰した。
商会長は引き続きセシルさんで、本人はリステラさんに商会長に戻って欲しかったようだが、そこはリステラさんの意向も汲んでこの形に落ち着いた。
リステラさんには忙しい所申し訳ないが、ニナ新国王の補佐を兼ねた相談役もお願いした。
一度訪ねた時には山のような書類に埋もれていたが、政治関係では経済分野が主で、あとは商売の書類が大半だったらしく。楽しそうに仕事をしていたので善しとしておこう。
俺はこの世界での仕事をほぼ終えた感があるので、年が明けて大陸暦428年になったのを機会に、当初の目的だったエルフの村に引っ込む事にした。
妹と一緒に、平和で穏やかな日々を送るのだ。
場所はリンネの故郷だった村を選び、そこにリンネと薬師さんの他、リンネの妹のレンネさんやヒルセさんなどの、元同じ村の住人と共に移住する。
同行を希望したレナさんやセレスさんなども一緒である。
リンネに連れられて初めて訪れた時には無人の廃墟になっていて、みんなで協力して家の修繕をした記憶がある村は、今では移住が進んで300人のエルフさんが暮らす一大集落になっている。
リンネ姉妹や薬師さん。ヒルセさんなどの元住人は、立派に復興した村でまた一緒に暮らせる事に、目を潤ませて喜んでいた。
改めてお礼を言われたが、俺としてもリンネの望みを叶えてあげられてとても嬉しい。
出合ったばかりの頃に望みを訊いたら、『叶うのなら、また妹と一緒に森で暮らしたいですね……』って言っていたからね。約束した全エルフの解放はもちろんだが、こちらの望みも叶えてあげられてなによりだ。
立場は一応国王だが、普段は特別やる事がある訳ではないので毎日のようにレンネさんと一緒に森に入り。嬉しそうな笑顔を浮かべて、俺の所に獲物である肉や果物。山菜や香辛料なんかを届けてくれる。
ついでに少し話をするが、リンネは毎日が本当に楽しそうだし。妹のレンネさんも、俺の前で屈託のない笑顔を見せてくれるようになった。
俺が実際問題人間か魔王かは置いておくとして。外見上は人間の男に違いないのに笑顔を向けてくれるのは、あの地獄を経験したトラウマが癒えつつあるのだろう。
本当に。心の底から良かったと思う……。
ちなみに妹は毎日のように届く新鮮な食材に大喜びで。妹が喜ぶ姿が見られる上に美味しい物が食べられて、俺も大喜びだ。
妹は最近ますます料理の腕を上げ。上質な食材相手に腕を振るうのが楽しくてしょうがないらしく、毎日の食事はもちろん、定期的にリンネ姉妹や薬師さん他。顔なじみのエルフさん達も呼んで食事会を開いている。
料理の味はすこぶる好評で。俺が偉い訳では全くないが、妹が褒められるとなぜか俺も鼻が高い。
この平和で穏やかで安全な日々は、まさに俺が望んだ理想の暮らしそのものである。
考えてみれば、初めてこの村に来たのはたしか大陸暦418年の晩秋だったと記憶するので、9年と少し前。その間、実に色々な事があった気がする。
あまりにも色々あったせいでずいぶんと長い時間に思えるが、大陸の統一とエルフの国の建国という大事業をやったにしては、短すぎるくらいかもしれない。
だがそれはたしかに成し遂げられ、こうして解放されたエルフさん達が自由に暮らす村が、大陸中に何千何万とできているのだ。
俺達が暮らす家は木材加工が得意なセレスさんが張り切って作ってくれたが、最初はとんでもない豪邸にするつもりだったらしく、見上げるような巨大な柱を立てているのを見て、慌てて止めに入ったのを思い出す。
大きな家とか管理が大変なだけなので、実用本位の家に変更してもらい。妹のためのちょっと大きな台所と、寝室が一つ。みんなで過ごす居間と、来客を迎える客間。来客に泊まってもらう客室をいくつかと、あとは予備の部屋や倉庫。お風呂やトイレなどの基本設備と、ライナさんの愛馬用の厩舎という構造におちついた。
……なるべくコンパクトにを意識したものの、普通のエルフさんの家と比べるとかなり大きい。
エルフさん達の家って、それこそ寝る所と簡単な調理場くらいなんだよね。
リンネに訊いてみた所。森そのものが大きな家で、俺がイメージするような家はただの寝床という認識らしい。
本当に森と一体になって暮らしているんだなと、改めて感心した。
セレスさんが腕を振るってくれた家は、豪勢ではないがしっかりとした造りで、妹もとても気に入ったようだった。
基本の住民は俺と妹の他、ライナさんとクトルとシェラである。
他には近所に、リンネ国王と妹のレンネさんが一緒に暮らす家や、薬師さんの家と診療所兼調剤所。レナさんやセレスさんの家や作業場なんかもある。
そして、客室をよく利用するのがエイナさんだ。
エイナさんは国王を引退した後、存在をきれいさっぱり忘れていた元パークレン子爵領屋敷に移住した事になっているが。それは表向きの話で、実際は月に25日くらい客室に滞在している。ほぼ同居だ。
元パークレン子爵領屋敷は元々この村との連絡が取りやすいようにと、ここから南に二日半ほど歩いた人間の領域との境界に建設されているが、エイナさんはエルフさん達の了解と協力を得て道を整備し、馬車を使って一日で移動できるようにしてしまった。
途中に複数設けられた中継所で操縦手と馬を交代し、休みなく走り続けてようやく達成できる一日移動だが。道の整備はもちろん中継所の経費や操縦手の交代要員となるエルフさん達の雇用。予備の馬の準備なんかも全てエイナさんの私財で賄われているらしく、なんかとても本気度が伝わってくる。
まぁ、俺としても道があるとエルフさん達製作の馬車なんかの大型製品が出荷できるし、冬季に不足する食料の運び込みもしやすくなるので、ありがたいのは確かなんだけどね。
一応万が一にも侵攻路として使われないように、中継所には防衛拠点の機能も持たせてあるらしい。
そんな道まで整備してエイナさんがなにをしに来ているかといえば、一番の目的は当然大好きなお姉ちゃんと一緒に過ごすためだろう。
特にライナさんに子供ができた事が発覚したので、余計にだと思う。
でも一応他の理由もあって。正式に薬師さん弟子入りし、医術と薬学の知識を学んでいるらしい。
あまりにも政治と陰謀・謀略に適正があったせいですっかり忘れていたが、元々はそっちが専門だった訳で、ある意味ようやく本来の道に立ち返ったとも言えるだろう。
薬師さんの許しを得て、将来エルフの知識を記した本を書く予定らしく。『医術と薬学の知識を千年進める事ができます』と張り切っていた。
俺も色々お世話になったので微力ながら応援しようと、活字の知識を伝えたが。そもそもこの世界は文字を読める人が多くないので、本を大量生産する需要がどれだけあるかは不明である。
とはいえ、将来的に社会が安定すれば識字率が上がる事もあるだろう。
この世界の知識レベル全体が向上する役に立てばいいなと思う。
……そんな感じで穏やかな日々を過ごしていた二月の初め。
俺にとって初体験の一大イベント。ライナさんの子供が産まれる日がついにやってきたのだった……。
大陸暦428年2月10日
現時点での大陸統一進捗度 100%(人間の統一国家パークレン王国。エルフの独立国三つに絶大な影響力)
解放されたエルフの総数 218万2828人(+76万1089)全体のおよそ44%
資産 所持金 166億204万(-1億6604万)
配下
リンネ(エルフの弓士・山エルフの王)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(リステラ商会副商会長・国王相談役)
ルクレア(エルフの薬師)
クトル(フェアリー)
シェラ(エンシェントドラゴン)
スミクト(森エルフの王)
カナンガ(沼エルフの王)
― 家族 ―
妹
香織(勇者)
妻
ライナ(B級冒険者)
エイナ(パークレン王国前国王)
娘
ニナ(パークレン王国国王)
御指摘を頂いて気が付いたのですが、295話を投稿し忘れていました。
『295 沼エルフの拠点』を追加投稿しましたので、よろしければお目通し頂けますと幸いです。
大変申し訳ありませんでした。




