29 奴隷市場
翌朝、鑑定六回の後遺症で気だるい体を引きずって起きだした俺は、食堂に向かう。
そこではすでに早起きしていたらしい妹が、朝食の用意を整えてくれていた。
「あ、おはよう。お兄ちゃん」
「うん、おはよう……」
寝ぼけ眼のまま、用意されていたパンに齧りつく。
食堂にはライナさん姉妹もいたが、エイナさんの様子を窺ってみると、まるで何事もなかったかのように、平然とゆで卵を口に運んでいる。あまつさえ妹と『このジャム美味しいですね』『ありがとう、トウの実に別の果物の果汁を入れて煮詰めたんだよ』と、和やかに会話してさえいる。
人見知りの妹が打ち解けているのは大変いい事だが、思わず昨日の事が夢だったのではないかと疑ってしまう。
視線をライナさんに移してみると、なにやら気まずそうに目を逸らされ、不自然に斜めを向いてパンをカリカリやっていたので、どうやら夢ではなかったらしい。
ちょっと気まずい感じのまま妹さんを学校に送り出し、俺達三人は奴隷市場へ向かう事になった。
乗合馬車を乗り継いでライナさんに案内された先は、商業地区の外れ。街壁沿いのちょっと薄暗い場所だった。
ここで毎日午前中にエルフ奴隷の競りが行われているらしいが、エルフの奴隷ってそんなに供給多いのだろうか?
寿命が長いから、主人が死んで転売されるとかなのかな?
まぁとにかく、行ってみればわかるだろう。
入口で入札のための登録をし、手数料一人1000アストルを払って数字が書かれた木札を貰う。これを掲げて金額を叫ぶと入札ができるらしい。ちなみに、落札価格とは別に一人当たり(一匹当たりと言われたが断固一人当たり)50万アストルの首輪代が加算されるそうだ。
リンネの首にもついていたアレだろう。ちなみに死んだ奴隷から外して持ち込むと、45万アストルが返金されるそうだ。鍵の外れない首輪をどうやって外すのか考えると、薄ら寒くなってくる。
競りの会場は小さな劇場のような場所で、順に舞台に出てくる奴隷を入札する仕組み。今日は11人が出品されるらしいが、事前の下見とかはなくぶっつけ本番らしい。
客席のような所に座ってしばらく待っていると、妹が手を伸ばして俺の手を掴んでくる。なんとなく空気が嫌なのだろう。俺達以外に数人いる客達は、みんないかにもな人達ばかりだから。
ちなみに妹にはライナさんと一緒に外で待っているよう勧めたのだが、例によってついてきた。いいかげんなんとかしないといけないと思うが、こうなってしまった原因は引きこもった俺にある気もするので、なかなか強くは言いにくい。
しばらくすると舞台の袖に男が現れ、短い挨拶のあと競りが始まった。
舞台の上に、片手に鞭を。もう片方の手に鎖を持った男が、裸の女の子を引いて現れる。商品番号一番だそうだ。
少女は12~3歳くらいの小柄な子で、長い耳に金色の髪はこの世界におけるエルフの。リンネと同じ山エルフの特長だった。
少女は見た所傷もなく、白い綺麗な肌をしているし、極端に痩せている訳でもない。むしろ初めて会った時のリンネの方がずっと酷い姿だった。
そこまで考えて、まるで自分が商品の品定めをしているようだと気付き、ゾッとする。本来ならあの年頃の女の子の裸を見ただけで、まともに直視できないほど動揺するはずなのに……。場の空気に当てられているのだろうか?
……近くにいた小太りの男が『50万』と言う声にハッとさせられ、舞台を見ると司会の男が『はい、ラドガン鉱山の方がお買い上げです』と言い、少女は叫んだり抵抗したりする事もなく、無表情のまま舞台袖へと引かれていく。
あまりに淡々としすぎていて、とても人一人を売り買いしている現場だとは思えなかった。
二人目も似たような子が連れて来られ、同じ男が買い上げる。
三人目の少し背の高い子は、なんとか農場の人が購入したようだ。
淡々と、一人一分くらいのペースで機械的に取引が進んでいく。価格で競る事はなく、先に声を上げた者勝ちのような感じで、みんな首輪代込み100万アストルで落札されていく。
どれでも同じだから競る意味などなく、次のを買えばいいという感覚なのだろうか?
ようやく少し余裕がでてきて辺りを見ると、青い顔をして辛そうに目を潤ませている妹と、不機嫌な表情を隠そうともせずに舞台を見ているライナさんの姿があった。
そうだ、俺もここへ来た目的を果たさないといけない。
俺の鑑定能力は六回使うと力尽きてしまうので、使えるのは実質五回。一回は念の為残しておきたいので、使えるのは四回までだ。四人目の少女に鑑定を発動してみる。
4236番 エルフ 1歳 スキル:なし 状態:ふつう 地位:奴隷
……は?
驚きに固まっている間に、少女は鉱山の男に落札されていく。
なにかの間違いかと思い、五人目にも鑑定を発動する。
4237番 エルフ 1歳 スキル:なし 状態:ふつう 地位:奴隷
名前の所の番号が一つ増えただけで、他は全く同じだ。なんだこれ? 工業製品じゃあるまいに。
そしてなにより、年齢が1歳というのがおかしい。どの子も外見は12~3歳前後だ。エルフと人間の年のとり方が違うにしても、1歳はないだろう。
だが六人目を鑑定してみても、番号が4239番と一つ飛んだだけで、他は全く同じだった。
能力の異常かと思い、四回目の鑑定は近くにいる小太りの男に発動してみる。
ゴナウ 人間 43歳 スキル:会計Lv1 状態:ふつう 地位:ラドガン鉱山管理長
うん、ふつうだ。という事は、ホントにあのエルフの少女達はみんな1歳なのだろうか?
考え込んでいるうちに、競りは11人目まで進んで終わってしまった。鉱山の人が小柄な子を中心に四人、農場の人が比較的体の大きい子を三人、あとはどこかの商会が二人と、入札がなかった二人は奴隷商が40万で引き取ったようだった。
「……洋一殿。ずっと黙っておられましたが、よろしかったのですか?」
「え、ああうん。今日は下見みたいなものだから。さあ、帰ろうか」
ライナさんの疑問をとっさにに誤魔化して席を立つ。
まだ気分が悪そうに青い顔をしている妹の手を取って立たせ、会場を後にする。これはご飯や買い物に行くテンションじゃないな……。
妹に手を掴まれたまま家へと帰る道すがら、俺は考えを巡らせる。
本当は今日明日で何人か仲間を探し、リンネと合流して森の拠点に戻って、後はずっと森を本拠にするつもりでいた。
だが、その予定は見直さざるをえない。まずは一度、リンネに会って話を聞いてみなければ……。
結局その日は家で過ごし、翌日、ライナさんと一緒に森へ向かう事にする……。
大陸暦418年12月6日
現時点での大陸統一進捗度 0.001%(リンネの故郷の村を拠点化)
資産 所持金 1519万9400アストル(-4000)
配下 リンネ:エルフの弓士 ライナ:冒険者




