200 国王の懸念
エイナさんとシェラの対面を終え、鉱山に帰ってきた日の夜。俺はエイナさんから別室に呼び出された。
俺達の部屋に訪ねてくるのではなく、エイナさんとライナさんの部屋に呼ばれるのでもなく、別室でという事は、シェラやライナさんに聞かれたくない話なのだろう。
妹はちゃっかり着いてきたが、それはもうエイナさんも気にしないらしい。
「洋一様、あのドラゴン……エンシェントドラゴンでしたか? あれにはちゃんと首輪がついているのですか?」
扉を閉めるや否や、エイナさんが食い気味に訊いてくる。
首輪というのは奴隷の首輪の事ではないだろうから、ちゃんと管理できているのかという意味だろう。
ちゃんと管理か……。
言われてみれば、俺はシェラを縛る鎖のようなものをなにも持っていない。
一応魔王とその配下だが、配下だからといって魔王に絶対服従という訳ではないし、なんなら攻撃する事だってできる。
……昨日の夜、到着したエイナさんにシェラを紹介しようとしたのだが、ちょうどシェラは昼寝中だった。
用があったら起こしても構わんと言われているので、揺さぶって起こそうとしてみたが全然反応がないので、妹から古いプライパンを借りて耳元でガンガンやったのだ。
そしたらシェラ、寝ぼけて蚊を払うみたいに手を動かし、当たったフライパンを握ったら、鉄のフライパンが粘土みたいにひしゃげて指の形に抉り取られた。
あれ、もし当たったのが俺の腕だったら、腕をもぎ取られていたと思う。
少なくとも、主に対する攻撃制限みたいな物はないっぽい。そもそも初対面の時に右手握り潰されてるしね。
さすがに寒気がしたので、長い棒を借りてきて離れた所からつついて起こす作戦に切り替えたのだが、全然効果がないのでだんだんエスカレートして、最後にはバシバシ叩いてみたが、全く反応がなかった。
結局最後は病室から担架を借りてきて、棒でつついてベッドからその上に落とし、リンネに手伝ってもらって温泉に運んでお湯に放り込むという荒業に出て、なんとか起こす事に成功したのだ。
寝ぼけ眼で『……ん、主殿……どうした?』と訊いてくるびしょ濡れのシェラを見た時は、つくづく人間とは違う生き物なのだと実感したものだ。
起こそうと棒で叩いた事を話してみたら、『いや、そんな物で叩かれたくらいで起きる訳なかろう、主殿にしてみれば草の葉で撫でられたようなものじゃぞ』と呆れられたが、こっちが呆れたかった。
というか、繊細な人なら草の葉で撫でられたくらいで起きる事もあるだろうし、そもそも人の気配が近付いてきた時点で起きたりしないのだろうか?
リンネと出会ったばかりの頃。一緒に大森林を旅した時のリンネは、ずっと離れた距離から動物や魔獣の気配に気付いて、敏感に目を覚ましていたものだ。
その事も話してみたら、『そんなもの、襲撃に脅えて暮らしておる弱い種族ゆえじゃろう』と、バッサリ切り捨てられた。
……あの一例だけ思い出してみても、シェラが規格外の強さを持った存在なのは明らかだ。
もしその気になれば、俺なんて一瞬で肉塊か消し炭だろう。
考えてみると恐ろしいな……。
そんな生物がなんの縛りもなくその辺をウロウロしていると知ったら、そりゃ国王としては心配して当然だ。……エイナさんの場合は、国よりも俺と一緒にいるお姉ちゃんの心配かな?
「ええと……特に拘束条件とかはないですね」
正直な俺の返事に、エイナさんの表情が曇る。
「いざという場合に消す事などは?」
「できないですね。誕生してしまった以上はもう独立した一個の生命体ですから」
「…………」
シェラのお披露目からの帰り道。ずっと難しい顔をして考え込んでるなと思っていたが、この事を考えていたのか。
ドラゴンを追い払って見せる方法を訊いてきたのも、遠回しにいざという時の対策を訊いていたのかもしれない。
でも残念ながら、特になにもないんだよな。
追い払う派手な演出に心当たりがあるとは言ったが、あれはむしろシェラを傷つける事がないようにと配慮したものだ。
……考えてみると、今の状況は結構怖いのかもしれないな。
シェラが本気になれば大陸中の街や村をあまねく破壊してしまう事も可能だろうし、人間の文明そのものを崩壊させる事だってできるかもしれない。
それだけの力を持っているし、それを止める手段もないのだ。
……でもなんとなく。そんな事にはならない気がするし、強い恐怖を感じる事もない。
俺がシェラを生み出した当事者だからだろうか? ……いや違うな。多分今日まで、短い間だけど一緒に暮らしてきた感触と、妹と仲良くしている光景を見ているからだろう。
妹と仲良くしてくれる人に悪い人なんていない。まぁ、人じゃなくてエンシェントドラゴンだけどさ。
俺の中ではそう結論が出たが、エイナさんはそうもいかないだろう。今まで見た事がないくらいに顔色が悪い。
このままじゃダメだよな。ええと……。
「あー……えっと、一応いざという場合の対処法は考えてありますよ。シェラが暴走したりしたら、止められる方法を」
「――それはどのような方法でしょうか!?」
おおう、エイナさんすごい食いつきだな。でも残念ながらそんなものはない。
「申し訳ありませんが、お教えする事はできません。とんでもなく強大な破壊力を持った武器……とだけご理解ください。エンシェントドラゴンを倒せるほどの物ですから、人間に対して使われたら街の一つや二つ軽く吹き飛ばしてしまいます。そんな物の製法が人間に伝わったら、エンシェントドラゴン以上の脅威になってしまうでしょう?」
俺の言葉に、エイナさんの顔から表情が抜けていく。……大丈夫か? 倒れちゃわないよね……?
ちなみに頭の中で想像したのは核ミサイルだ。実際シェラを倒そうと思ったらそれくらいの物がいるだろう。
もっともそんなものは作れないし、作る気もないけどね。エイナさんを安心させるための方便だ。安心……してくれてるかな?
鉛のような顔色のエイナさんを見ると、なんか逆効果だったような気もしてくる。
でも実際の所核ミサイルは存在しないし、シェラは多分『もう妹の料理が食べられなくなるぞ』とでも言えば大人しくなるだろう。
なので安心して欲しい……のだけどなぁ……。
「あ、あの。エイナさん。そんな思い詰めなくても、多分シェラが暴れるような事はありませんよ。ほら、昼間香織にカラアゲを取り上げられた時も、骨をゴリゴリ齧って会議の進行を妨害して抗議するくらいで、暴れたりしなかったでしょう? 大人しいですよ、なぁ香織」
実際あれが抗議だったのかどうかはわからないし、多分口寂しかっただけだと思うが、物は言いようだ。
俺のとなりで人形みたいに座っていた妹に話を振ると、妹も同意の言葉を返してくれる。
「うん。シェラちゃんはいい子だから、敵に回さなければ大丈夫だよ」
……昼間カラアゲを取り上げた人間の言葉とも思えないが、一緒にエイナさんをなだめてくれ……てるかこれ? 当たり前の事を言っているだけじゃないか? というかむしろ脅しになってないか?
顔色を失ったまま、妹に視線を向けるエイナさん。
あれ、これってひょっとして魔王と勇者の兄妹に人間代表が脅されている構図になっていないだろうか?
……しばらく気まずい沈黙が流れた後、エイナさんは一言、
「洋一様。お姉様の事を、くれぐれもよろしくお願いいたします……」
とだけ言って、ふらふらと部屋を出て行った。
……なんか、エイナさんにあらぬ誤解とプレッシャーを与えてしまった気がする。
ただでさえ国王として苦労が多いだろうに。せめて今夜一晩、ライナさんと同じ部屋に泊まってゆっくり癒されて欲しい。
エイナさんが消えていった扉を見ながら、俺は心の底からそう思うのだった……。
大陸暦426年1月20日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 78万39人
内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万8580人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万2273人
資産 所持金 211億4913万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(次期国王候補)
エイナ(パークレン王国国王)
クトル(フェアリー)
シェラ(エンシェントドラゴン)




