195 温かい家族
ニナに家族と過ごす思い出を作ってあげるために、部屋を抜け出した俺はまず調理場へ向かった。
調理担当のエルフさん達に今日は妹が手伝いにこられない事と、三人分の食事を部屋に運んでもらうようにお願いする。
他にも各所を回り、鉱山の事務所に今日はニナが戻らない事を伝え、三人分の食事が乗るテーブルと毛布も調達した。
こういうものがすぐに調達できる辺り、鉱山の生活にも余裕が出てきたのだろう。
マーカム王国全土のエルフさん達を解放して受け入れた年なんて、冬を越すのに人数分の毛布も用意できなかったからね……。
今のこの安定にはニナの尽力も大きいので、今日はお礼もかねて思いっきりねぎらってあげよう。いや、娘だというならご褒美と言った方が喜ぶかな?
そんな事を考えながら妹とニナがいる部屋に戻ると、ニナは妹に抱きついたまま、泣き疲れたかのように眠っていた。
安心しきった、穏やかでかわいらしい寝顔だ。子猫みたいである。
ニナが眠っている間にテーブルを運び込み、狭い部屋なので窮屈ながらなんとか三人が一緒に座るスペースを確保する。
ちなみにスペースを確保するに当たってシェラが眠っているベッドを動かしたが、揺らしてしまったのに全く起きる様子を見せなかった。
さすがはエンシェントドラゴン、余裕の貫禄である。
準備ができてしばらく待っていると、ニナが目覚めた。
一瞬自分がどこにいるのか把握できなかったのだろう。戸惑った様子で視線を巡らせたが、すぐに状況を思い出したらしい。慌てて跳ね起きると膝枕をしていた妹に、『ご、ご無礼を』とベッドの上で土下座ポーズをとった。
それを妹と二人でなだめ、鉱山の運営事務所には伝えてあるから今夜はここに泊まっていくようにと言って、夕食のテーブルに迎え入れる。
ニナは最初、恐縮して遠慮しようとしたが、妹に『いいからいいから』と言われて、恐る恐る席についた。
三人で囲み、一人一枚のお皿とコップにスープ皿。真ん中にパン籠と大皿一つを置くといっぱいになってしまうくらいの小さなテーブル。
でも、一家団欒の和やかな空気を作るにはいい距離感だ。
大皿に乗っているのは、こんがりと焼きあがったパイのような料理。この季節はほぼ毎日出る。
今は冬の時期なので森の恵みが少なく、保存食を中心に、人間達から買い入れた小麦粉や乳製品を使って作られる冬の定番料理だ。
俺も妹と一緒に作るのを手伝った事があるが、小麦粉をベースに少しの塩をいれ、保存食の木の実やドライフルーツ、干し肉を戻したものなどを具材にし、日によって卵や牛乳・チーズなどが入った、ほんのり甘いパイである。
使われるドライフルーツで日ごとに味と香りが微妙に違い、塩味のスープとの相性がとてもいい。
薬師さんの監修でパンやスープとも合わせて最低限の栄養バランスが取れているそうだし、妹の監修で味もいい。
本当は全部パンとスープに混ぜ込んでしまうのが簡単なのだが、それだと見た目が寂し過ぎるとの妹の主張で、夕食だけはこのパイを付ける事が多いのだ。
調理場にはわざわざ土加工が得意なエルフさんを呼んで作ってもらった特製の窯がずらりと並び、そこで次々に焼き上げられていくが、10万人以上いるエルフさん達全員分を焼くのは結構な作業で、工場みたいになっている。
そしてそれが滞りなく動いているのは、ニナの働きによる所も大きいのだ。
ある意味、この場の料理としては最適なものとも言える。
ドラゴンの肉に頼っていた頃に比べれば食糧事情はだいぶ改善したが、それでも余裕がある訳ではないので、いくら俺がここで一番偉い存在だと言っても、食べきれないほどの量や豪勢な料理が出てくる訳ではない。
出されるメニューはみんなと同じだし、量も同じくだ。パイは円形ではなく効率重視で大きな四角形に焼くのだが、一枚が20人分で、大皿に乗っているのは3人分。6分の1弱でしかない。
一人分にするとカードくらいのサイズなので、お皿の大きさにパイが完全に負けてしまっているが、あえてこうやって出してもらった。
そして、食べ物に関しては俺達には多少の役得がある。
まずはなにより、料理スキルLv4の妹の腕前。
そして王都などに行ったときに妹が個人的に買い込んでくる食材や調味料。暇を見ては妹が作っているジャムや瓶詰め、そしてリンネが定期的に届けてくれる果物には、冬の雪の中で実をつける珍しいものもある。
それらを使って妹がパイを綺麗に飾りつけ、ちょっとした誕生日ケーキみたいに仕立て上げる。
それを妹が切り分けてニナのお皿に移すと、ニナは目を輝かせて本当においしそうに、そして大切そうに、少しずつ削り取るようにして食べていた。
他のエルフさん達にはちょっと申し訳ない気もするが、基本自腹と貰い物なので勘弁して欲しい。
ちなみに鉱山でも売店のようなものを作って、多少なりともエルフさん達にお給料を出して好きなものを買ってもらう案を出した事があるのだが、エルフさん達はそもそもお金を使う習慣がないらしく、奴隷にされている間に見た事がある人もいたが、それはそれで嫌な記憶に繋がってしまうとの事で、却下になった。
まぁ、なくても済むならない方が平和なのかもしれないね。お金……。
そんな事を考えるが、これからニナがなろうとしている国王という地位は、お金はもちろん権力だ利権だ派閥だのドロドロした世界の頂点である。
苦労は多いだろうし、嫌な思いをする事も沢山あるだろう。
妹がデコレーションしたパイを幸せそうに、満面の笑みを浮かべながら食べているニナを見ると、そんな世界に送り込むのはかわいそうに思えてくる。
でもニナはエイナさんが言うように、親の贔屓目を抜いても賢くて強い子だ。
その賢さを存分に発揮できる機会はあっていいだろうし、それにこの大陸の将来像を考えたときには、ニナが人間世界の王であってくれるのはとてもありがたい。
悩ましい問題だ……。
「……ニナ。本当に、辛くなったら帰ってきてもいいからね」
今はただ、それだけ言うのが精一杯だった。
「はい洋一様。ありがとうございます」
パイを食べる手を止めて、嬉しそうに言うニナ。
……あれ?
「さっきから香織の事は何回か『お母さん』って呼んでるけど、俺はお父さんじゃないの?」
「あ、それは……その……洋一様の事をお父さんと呼ぶのは、私が本当に一人前になれた時のご褒美にとっておこうかと思いまして……」
顔を赤くし、うつむきがちに言うニナ。
俺の中ではニナはもう十分一人前だが、なるほど頑張るには目標があったほうがいいのかもしれない。
立派な国王になった時のご褒美がそれでいいのかという疑問はあるが、本人がいいと言っているのだからいいのだろう。
たっぷりと時間をかけて一家団欒の夕食を満喫した後、ニナは香織と一緒にお風呂に入り、夜は川の字になって寝た。
ベッドに入る時、ニナが左目にしている眼帯を外そうとし、ハッとしたように手を止めてそのままベッドに入ったので。『そのままじゃ寝にくいだろうし、外していいよ。その下がどうなってるか俺も香織も知ってるし、そんな事でニナを嫌ったり隣で寝るのが嫌だなんて思わないからさ』と言うと、ニナは本当に嬉しそうに微笑んで、眼帯を外して大切そうに枕元に置くと、ベッドの真ん中で毛布に包まる。
いつもは妹が隣で俺の手を握って眠るのだが、今日ばかりはその場所をニナに譲って、二人でニナの両手を握って寝る形だ。
ニナはその状況に緊張していたようだったが、間もなく嬉しさが勝ったらしく、幸せそうな表情で穏やかな寝息をたてはじめた。
……一方の俺はそんな事を考えてはいけないと思いつつも、15歳のかわいい女の子と同じベッドに入っているという状況に緊張してしまい。あまり眠る事ができず、こんな事ではニナの父親失格だと凹んだのだった……。
翌朝。三人での朝食を終えると、ニナが改まった様子で姿勢を正して言葉を発する。
「洋一様。香織……お母さん。昨日はありがとうございました。一生の思い出にいたします。これで心残りなくエイナ様の元へ行く決心がつきました」
そう言うニナの表情は昨日沢山見た甘える子供のものではなく、凛とした大人のものだった。
妹の事を『お母さん』と呼ぶのはまだ慣れないのか、そこだけ詰まって顔を赤くしていたけどね。
「うん、頑張ってねニナ。何回も言うけど本当に辛くなったら帰ってきていいし、なにかあったらなんでも手紙で相談してくれていいからね」
「そうだよニナちゃん。わたしもお兄ちゃんも、なにがあっても絶対にニナちゃんの味方だから」
「……はい、ありがとうございます」
ニナの凛々しい表情が一瞬で崩れ、目に涙が浮かぶ。
妹がニナの事を抱きしめてやり、ニナも妹の胸に顔をうずめる。
その光景を見て、俺も目頭が熱くなるのを感じるのだった……。
大陸暦426年1月4日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 78万39人
内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万8580人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万2273人
資産 所持金 211億4913万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
エイナ(パークレン王国国王)
クトル(フェアリー)
シェラ(エンシェントドラゴン)




