194 ニナの決意
「お兄ちゃん、おはよう!」
「お、おう。おはよう……」
シェラに魔力を提供した翌日。俺は気まずさ全開の朝を迎えていた。
落ち込んでいる妹を元気付けようとしての事だったが、さすがに昨日アレはカッコつけすぎだった。
妹との二回目のキスを思い出すと、恥ずかしさで身悶えしそうになる。
その日は妹と目を合わせにくいまま過ごし、なんとか血液による魔力提供を実現するための注射器の開発について、リンネや薬師さんをはじめ、各所に相談して回った。
シェラへの魔力提供はこれからも定期的にやる事になるだろうから、毎回キスだと俺の身が持たない。
体力的にはともかく、精神的に。
あと、妹の精神面も心配なので。
午前中いっぱいそんな事をして過ごしていると、昼過ぎになってシェラが帰ってきた。
ちゃんと人間の姿で戻ってきたのは偉いが、服をどこかにやってしまったらしく、また裸だ。
布はわりと貴重だし、俺が毎回びっくりするのでなんとかして欲しい。
シェラを襲ってどうこうできる存在がいるとは思えないけど、10歳くらいの少女が裸に裸足でその辺歩いてるのって、俺の感覚だと完全に事案だからね。しかも真冬に。
一応やんわりと伝えて納得してもらったが、本当にわかってくれたのだろうか?
シェラはテンション高く飛び回って疲れたのか、部屋に戻ると『3日ほど昼寝をするが、用があったら起こしてもかまわんぞ』と言ってベッドに潜り込んでしまった。
3日て、それ昼寝って言うのだろうか?
相変わらずドラゴンは人間と感覚が違いすぎる。
エルフさん達は何百年も生きるものの、朝起きて夜眠る生活サイクルは人間と同じだから、なおさら違和感が強い。
「お兄ちゃん、ニナちゃんが来たよ!」
シェラの寝顔を見ながらそんな事を考えていると、今日は朝からやけにテンションが高い妹が、ニナを伴って部屋に入ってきた。
魔力を提供した影響……だろうか?
原因としては間違ってないけど、影響を与えているのは魔力ではないような。そんな気もする。
まぁそれはともかく、ニナを呼んだのは他でもない。エイナさんから打診された、あの話をするためだ。
ニナと向かい合って椅子に座り、妹は脇のベッドに腰を下ろす。
シェラは熟睡中だし、クトルはリンネと一緒にこの辺りの地形を勉強中で留守なので、部屋には実質3人だけだ。
俺はめいいっぱい真面目な表情を作って、話を切り出す。
「ニナ。エイナさんって知ってるでしょ? この国の国王の。あの人がニナの事を養子に欲しいって言ってきてるんだけど、どうかな? いずれは次期国王として国を継いで欲しいんだって」
「え……」
完全に予想外の話だったのだろう。無事な方の右目を大きく見開いて固まってしまう。
「大事な話だから返事は急がないけど、考えてみて。なにか訊きたい事とかある?」
「…………いえ、ありません。……今日まで育ててくださり、色々よくしていただいて本当にありがとうございました。このご恩は生涯忘れません……」
ニナは崩れるように椅子から降り、床に土下座のポーズで頭を下げる。
声は完全に涙声で震えていた……え、なんで?
「ちょ、ニナ? なんか誤解してない? 別に決まった話じゃないし、嫌なら断ってくれてもいいんだよ?」
「そうだよ、どうするかはニナちゃんが決めていいんだよ。わたしもお兄ちゃんもニナちゃんの事を大切に思ってるから、嫌なのを無理になんて絶対言わないからね」
妹も慌てた感じで援護してくれる。
その言葉に顔を上げたニナは、右目からぽろぽろと涙を流していた。
――最近はすっかり強くなって、鉱山の運営長として日々忙しく働き。元兵士らしい強面の行商人に凄まれても表情一つ変えないし、イドラ帝国の将軍とさえ互角以上に渡り合ったニナが、今は歳相応の15歳の少女のように泣き、震えている。
「……私がいらなくなったから、厄介払いをしようという話ではないのですか?」
「いや、そんな訳ないじゃない。むしろニナがいなくなったら鉱山の運営どうしようかって、困ってるくらいだよ」
そもそも厄介払いが次期国王って、どんな厄介払いだよ。
思わずそう突っ込みたくなるが、ニナは脅えたような表情で俺と妹を交互に見る。
妹が、包み込むように穏やかな声で言葉を発した。
「ニナちゃん。わたしね、ニナちゃんの事を本当の娘みたいに思ってるし、多分お兄ちゃんも同じだと思う。ニナちゃんを厄介に思うなんてあるわけないよ」
妹の言葉に俺もうんうんと頷くと、再びニナの右目に涙が浮かんでくる。
そして、お腹の底から吐き出すように言葉を発する。
「洋一様、香織様……私は今まで分不相応である事を承知の上で、心の中でお二人を本当の両親のようにお慕いしておりました。私などが、本当にお二人の子供のつもりでいてよいのでしょうか?」
不安気に、上目遣いで訊いてくるニナ。
ああこれは……完全に俺が悪いよね。
思えばここに来た時のニナはまだ9歳の子供だったのに、賢くて聞きわけがいいものだから、ほとんど子供扱いしてこなかった。
背伸びして大人ぶりたがる前の、本当はまだ甘えたい年頃だったはずなのに……。
特にニナは、幼い頃の火事で両親を亡くしている。親の愛情への渇望は人一倍だっただろう。
ちょっと考えればわかりそうな事なのに、ニナがあまりに大人びてしっかりしているものだから、ついつい大人のように扱ってしまっていた。ニナの親代わりが聞いて呆れる……。
自己嫌悪に陥る俺をよそに、妹は力強い声で言葉を返す。
「もちろんだよ! ここはニナちゃんの家なんだから、どこへ行っても辛い事があったらいつでも帰ってきていいんだからね」
本物の娘を嫁に出す母親みたいな事を言うが、気持ちとしては俺も同じだ。
俺も頷いて妹の言葉を肯定し、その上でと前置いて、話を本題に戻す。
「エイナさんはちょっとアレな所もあるけど優秀さにかけては俺の知る限りこの国で一番だから、色々学べる事もあると思うんだ。ニナの才能も認めてくれてるし、俺もニナにはもっと能力を伸ばす機会があっていいと思う。もちろん行くかどうかの判断はニナに任せるし、行って合わなかったらいつでも帰ってきていいから、一回考えてみて」
そう言うと、ニナは涙をぬぐって顔を上げた。
「わかりました。お話をお受けしてエイナ様の元に参ります」
「え、そんなすぐに決めちゃって大丈夫? 何日かゆっくり考えてからでも……」
「いえ、今のお話をうかがって、捨てられる訳ではないとわかったのでそれで十分です。お二人は奴隷商の地下牢で野垂れ死ぬはずだった私を買い取ってくださり、傷を治していただいて、知識と仕事を。そして、今また帰ってくる場所まで与えてくださいました。ここまでしていただいて、もう思い残す事はありません」
思い残す事って、死ぬ訳じゃないんだから……。
「本当にいいの? せめて一晩ゆっくり考えてみたら?」
「いえ、大丈夫です。洋一様のご期待に応え、必ずやお役に立てるようしっかり勤めてまいります」
……ん? お役にって、国の役に立てるようにって意味だよね? なんか俺の役に立てるようにって言ってるように聞こえたけど、気のせいだよね?
「……うん、わかった。なにか俺にできる要望とかある?」
「ここでの業務を引き継ぐのに、半月ほど時間をいただければありがたいです。あとは…………もし一人前になったと認められる日がきたら、一度だけでよいのでお二人の事を『お父さん』『お母さん』と呼んでもいいでしょうか……?」
遠慮がちに視線を伏せて発せられたその言葉に、妹が勢いよくベッドから立ち上がる。
「ニナちゃん、別に一人前になんてならなくていいよ! 今すぐにでもわたし達の事をそう呼んでくれていいから。ごめんね……今まで寂しかったんだよね……」
妹はそう言って、ニナの事をギュッと抱きしめてやる。
「……ありがとうございます。かおり……お母さん……」
一瞬面食らった顔をしたニナはすぐに泣きそうな表情になって、ゆっくりと震える声でそう口にした。
「うん、ニナちゃん。たとえエイナさんの養子になっても、ここはずっとニナちゃんの家だし、わたし達はニナちゃんの家族だよ。エイナさんの所へは、お嫁に行くんだと思って行けばいいから……」
「香織様……」
「お母さんでいいよ」
「……お母さん」
縋るように香織に抱きついて泣きだすニナ。妹はその頭を優しく撫でてやる。
幼くして両親と死に別れたニナにとって、親の胸に抱かれるというのは恋焦がれた夢だったのだろう。まだ泣きながらではあるが、すごく嬉しそうで穏やかな表情をしている。
ここまで寂しい思いをさせてしまっていた事に、親代わりとして反省しきりだ。
なのでせめてと思い立って、俺はいつまでも香織に抱きついて離れないニナを残して、そっと部屋を出るのだった。
エイナさんの所へ行く前に、家族としてめいいっぱいの思い出を残してあげようと、そう決意して……。
大陸暦426年1月3日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 78万39人
内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万8580人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万2273人
資産 所持金 211億4913万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
エイナ(パークレン王国国王)
クトル(フェアリー)
シェラ(エンシェントドラゴン)




