193 魔力提供
少し時間が戻って、大陸暦426年の0月1日。
初めての魔力供給で加減がわからず、ありったけ放出して倒れてしまった俺は、新年のお祭り期間をベッドの上で過ごしていた。
時間があるので、情報の確認をしておこう。
「なぁ香織。魔力供給どうだった?」
「え……あ、うん。その……レモンみたいな味だった……かな?」
俺の隣で縫い物をしていた手を止めて、上げた顔を赤く染めて、微妙に目を逸らしながら返事をする妹。
うん、柑橘系の果物を搾った水で口をゆすいだからね。
「……いやそうじゃなくて、魔王と勇者の魔力が反発したとか、体になにか違和感があるとか、そういう話」
「あ、ああ。うん、そうだよね……えっと、特に違和感はないよ。むしろシェラさんが『魔力は美味しい』って言っていたのがちょっとわかったかも」
顔を一段と赤くして答える妹。そういえばシェラが魔力を欲しがる理由として、旨いからだと言っていたな。
「魔力ってどんな感じで美味しいの? 味とかあるの?」
「味とは違うと思うけど……お兄ちゃんからもらった魔力が口からじわっと体中に広がっていく感じがするんだけど、それがなんか心地よくて、体中でさわやかな甘味を感じているみたいだったかな」
へぇ、なんか俺も味わってみたい気がする。
「そうだ、お兄ちゃんも味わってみればいいんじゃない? 今度はわたしから魔力を提供するよ!」
妹がいい事思いついたと言わんばかりの表情で顔を寄せてくるが、隣のベッドからシェラの声がする。
「多分無理じゃぞ。魔力の供給は基礎魔力量が多い方から少ない方へしか流れんはずじゃ。主殿から勇者に流れたのなら、その逆は無理じゃろう。血肉を食する方法なら別じゃがな……ってこの話、主殿が倒れた時にもせんかったか?」
シェラの言葉に、妹が微妙に視線をそらす。
実際俺が倒れた直後、妹は魔力を返すのだといってもう一度キスをしたが上手くいかず、ならばと俺に血を飲ませようとしたらしいが、シェラに『そんな事をしたら主殿が目を覚ました時に悲しむぞ。放って置けば数日で目覚めるから、おとなしく待っておれ』と言われて、泣く泣く断念したらしい。
この話を聞いた時は、心からシェラに感謝した。
妹が傷を負う事がなくて本当に良かった。
「で、でも。わたしとお兄ちゃんは兄妹なんだし、ひょっとしたら基礎魔力量が全く同じでお互い魔力を送れるかもしれないじゃない! あの時無理だったのは、お兄ちゃんが気を失っていたから受け取る側の準備ができていなかったとかで」
なんかうちの妹、最近やたらぐいぐい来るな。でもちょっと待てよ……。
「ねぇシェラ。俺って香織よりも基礎魔力量が大きいの? 香織は勇者のレベルが高いから、鑑定とかも俺より多く使えるんだけど?」
「レベルとやらはよくわからんが、基礎魔力量とはその個体が生来持っておる魔力量で、成長した時どれだけ魔力保有量が伸びるかに影響する。現在の魔力保有量とは関係がないぞ。多分魔王は世界で一番高かろう。兄妹で同じかどうかは知らんがな……」
シェラはそう言って、ちょっと楽しむような笑みを浮かべる。
「ほら、やっぱり試してみないとわからないよ! もしかしたらお兄ちゃんの体調も回復するかもしれないし。やってみようよ!」
「ちょ、香織? うわっ!」
……そんな訳で俺は半ば強引に妹に唇を奪われ、一応魔力を吸うイメージを浮かべてみたが、残念ながら魔力が流れてくる事はなかったのだった。
一瞬少しだけ甘い感じがしたが、それがほんの少しだけ流れてきた魔力なのか、それとも他の原因なのかは不明である……。
ともあれ、情報の確認も終わって俺の体調も回復した1月2日。いよいよシェラへの魔力供給を試す事になった。
人間の姿のシェラと向かい合い、緊張しながら覚悟を決める……。
「――お兄ちゃん! 先にわたしからシェラさんへの魔力供給を試させてくれないかな!」
いよいよという所で、横から妹の言葉が入った。
「え、なんでまた?」
「その……ほら、わたしとシェラさんとどっちが基礎魔力量が多いか知りたいなって。それに、勇者と魔王で魔力の味が違ったりするかもしれないじゃない。その辺の感想も聞きたいなって……」
……なんか、いつもの妹らしくない。料理と裁縫の事以外でそんな研究熱心だったっけ?
シェラに目線で確認してみると、『ワシは構わんぞ。主殿は愛されておるのぅ』と言って、楽しげな笑みを浮かべて妹の前に向かった。
……うん、俺もなんとなくそんな気はしてたけど。これってやっぱり妹がヤキモチを焼いているんだよね。
妹を悲しませていると思うと心苦しいが、それでもこれはシェラと約束した事だし、シェラの協力はエルフさん達の解放に必要なのだ。
妹としては、魔王からでも勇者からでも同じなら自分がという思いがあるのだろうが、もし魔力供給でも魔王や勇者の経験値が入ってしまうようなら、やはり妹には任せられない。
……複雑な思いで見つめていると、妹より背が低いシェラは爪先立ちをして顔を近づけると、『出す魔力の量はそっちで調整するのじゃぞ』と言って、乱暴に香織の唇を奪う。
「んっ……うんんっ!」
……香織の反応からして、シェラの方から舌を入れているのだろう。
なんかクトルが俺と香織の時よりテンション高めで周囲を飛び回っているが、そっち系の趣味でもあるのだろうか?
とはいえ、美少女二人のキスシーンは一見するとなんだか背徳的でとても美しく、絵画に描かれた芸術品のようでさえある。正直俺も少し妙な気になるくらいだ。
だがその一方、シェラは外見に反してとんでもなく力が強いので、無茶な事をしないか気が気ではない。
ちょっとハラハラしながら見ていると、間もなく妹が体から力が抜けたように、ベッドにトスンと腰を落とした。
一方のシェラは唇をペロリと舐め、『うむ、たしかに同じ魔力じゃな。味も悪くない』と、平然として感想を言っている。
「さて、次は主殿の魔力を味わわせてもらうとするかのう」
そう言ってこちらにやってくるシェラ。妹には申し訳ないが、こればかりはしょうがない。
背伸びして顔を寄せてくるシェラと唇を重ね。俺の方から舌を入れて、全体の半分くらいを目安に魔力を送り込むイメージをする……。
「んんっ……ん……」
シェラの出した声がどういう反応なのか分からなかったが、とにかく半量ほどの魔力を流し込んだなと思った所で唇を離す。
「ぷはっ……はぁっ、ふぅ……こ、これが魔王の魔力の味か。とんでもないのう……」
シェラの真っ白い肌に少し赤味が差している。呼吸も多少荒いようだ。こんなシェラは初めて見る。
「勇者の魔力もそこらの魔獣より美味であったが、これはモノが違うな……味だけではなく力も溢れるようじゃ……主殿、ちょっと外を飛んできても良いか?」
「え、いいけど誰かに見られないように森の奥に入ってから変身して、飛ぶなら大山脈の方にしてね」
「わかっておる。ではしばし席を外すぞ」
シェラはそう言って部屋を出ていき、俺は脱力してベッドに座り込んでいる妹の元へと向かう。
「香織、大丈夫か?」
「……うん。あわよくばと思って限界近くまで魔力を送り込んでみたんだけどね。やっぱりエンシェントドラゴンは凄いや」
そう言って、少し悔しそうに笑う妹。
あわよくば、自分の魔力だけでシェラを満足させようとしたのだろう。俺とシェラがキスをするのが嫌だったから……。
「……香織、魔力を消耗してるんだよな。ちょっと補充してやる」
「え、お兄ちゃ……んっ」
妹を抱き寄せて唇を重ねると、一瞬緊張で体を固くした妹が、ふわりと脱力して体を預けてくる。
俺は少し長めに時間をかけて、ゆっくりと妹に魔力を送り込むのだった……。
大陸暦426年1月2日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 78万39人
内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万8580人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万2273人
資産 所持金 211億4913万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
エイナ(パークレン王国国王)
クトル(フェアリー)
シェラ(エンシェントドラゴン)




