192 ファーストキス
粘膜接触による魔力供給を試すため、俺と妹は顔を赤くして見つめ合っていた。
シェラは完全に興味なさそうにボケっと見ているが、クトルはなぜか興味津々(きょうみしんしん)な様子で、しきりに周囲を飛び回っている。
「……な、なぁ香織。おまえキスした経験ってあるか?」
「ううん、ないよ……お兄ちゃんは?」
「俺もない」
「そっか……」
なぜかちょっと嬉しそうな妹。
でもお互い経験なしとなると、ここは兄である俺が先導しないといけないよな……。
「じ、じゃあ香織、魔力供給を試してみるぞ。粘膜が触れたら、おまえは魔力を吸い取るイメージだからな」
「うん」
妹の肩に手を置いてそう言うと、香織は目を閉じて少し顎を上げる。
……改めて見ると、うちの妹はけっこう美人だ。小柄でかわいらしいし、派手さはないものの整った容姿をしている。
そんな妹のキス待ちポーズは正直かなりぐっとくるものがあって、緊張感が半端ないが、俺も覚悟を決めて顔を寄せていく……。
「んっ……」
お互いの唇が触れ、柔らかい感触が伝わってきた瞬間。妹がなんか艶っぽい声を出した。
なんか変な気を起こしてしまいそうだ。ただでさえ初めてのキスで緊張しているんだから、勘弁して欲しい。
……あくまでもこれは魔力供給の実験なのだと自分に言い聞かせ、半分くらい真っ白になった頭で必死に次の行動を思い出す。
『舌を入れて、粘膜を接触させる……』マジか?
正直すでにかなりいっぱいいっぱいなのだが、でもやるしかない。
意を決しておそるおそる舌を伸ばしていくと、妹もそっと口を開けて受け入れてくれた。
肩が小刻みに震えているので、向こうもかなり緊張しているのだろう。
粘膜接触という事なので、妹の口の中に差し入れた舌を片側に。頬の内側に触れるようにと動かしていく。
「あんっ……」
妹の喉からなんか甘い声が漏れてきたが、気のせいだと思う事にしよう。
妹は念入りに歯を磨いてきたのだろう。なんかミントのようなスッとする感じがした。
緊張で心臓の音が聞こえてくる中、最後の理性を総動員して必死に冷静さを保ち、体内にある魔力を送り込むイメージに集中する……。
――と、不意に全身から力が抜ける感じがし、意識が急速に遠くなっていく。
「お兄ちゃん!」
慌てた妹が叫ぶ声を聞いたのを最後に、俺は意識を失ってしまったのだった……。
…………ん……あれ? うわっ!
朦朧とした意識の中で目を開き、ぼんやりとした視界を動かすと、すぐそばに涙を浮かべた妹の顔があった。
……あ、そうか。口移しで魔力供給の実験をしたんだったな。
気を失う前の記憶がよみがえってきて、少し顔が熱くなる。
――だが、なぜか妹の顔の位置が前じゃなくて上だ。背景に天井が見える。
「お兄ちゃん、大丈夫!? ごめんね、わたしが魔力を吸い過ぎちゃったから……」
「だから大丈夫だと言うておるじゃろうが。魔力を過剰に消耗しただけで、何日かすれば自然に回復すると言うたじゃろう」
妹の声と、シェラの声が聞こえる。
どうやら俺はベッドに寝かされているようだ。魔力を吸われすぎて気を失ってしまったらしい。
それ自体は鑑定の使いすぎで慣れたものなので、いつも通りに体を起こそうとする……が、あれ、体に力が入らない?
「……あの、なんか体が動かないんだけど?」
「魔力を消耗しすぎたせいじゃ。お互い初めてで加減がわからなんだのじゃろう。数日で回復するからおとなしく寝ておれ」
なんとか動いた口から発した言葉に、シェラが返事をしてくれる。
「お兄ちゃん、どこか痛い所とか苦しい所とかない? お水飲む?」
妹が本当に心配そうに。眉尻を下げた悲しそうな表情で訊いてくる。
「痛い所とかはないけど……水は欲しいかな」
そういえば喉がカラカラだ。
実は結構長い時間気を失っていたのだろうか?
妹に水を飲ませてもらってから訊ねると、丸2日間気を失っていたらしい。マジか。
そりゃ妹も心配するわと申し訳なく思っていると、部屋の扉がノックされて、シーツや服などを抱えたリンネが姿を現した。
「あ、洋一様気がつかれたのですね。良かったです」
本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて喜んでくれるリンネ。リンネにも心配をかけていたようで申し訳ない……あ。
「そうだリンネ、新年のお祭りの準備はどうなってる?」
この世界では人間もエルフも共通で、年が変わってからの5日間お祭りをする習慣がある。
俺が気を失ったのが12月の28日だったから、2日経ったという事は30日。明日には年が変わるはずだ。
俺の問いに、リンネはちょっと困ったような表情を浮かべる。
「あの、洋一様が臥せっておられるのにお祭りなど不謹慎ですので自粛しようかと……」
ああやっぱり。真面目なのはリンネの良い所だけど、たまに真面目過ぎる時がある。
「俺の事はいいから、お祭りやってよ。せっかくみんなで準備してたんだし、みんな楽しみにしてたんだからさ」
リンネはなにか言いたそうにしていたが、俺が目で強く訴えると納得したように頷いてくれた。
「……わかりました」
「うん、みんなによろしくね」
「はい。洋一様もお大事に」
そう言って退室していくリンネ。
翌日からのお祭りは、俺の事はいいからみんなも行ってきてと言ったのだが、妹は断固俺の傍にいると言って譲らず、シェラも『ワシが行ったら、他の者が脅えて楽しめんじゃろう』とすごく常識的な事を言ってずっと部屋にいた。
気を使う事ができたなんてちょっとびっくりだ。
クトルも『魔王様のお傍におります』と言ってくれたが、『お祭りの様子を見てきて報告して。半日くらいじっくり見て、美味しそうなものがあったら食べてきてね』と言って、5日連続でお祭りに送り出した。
結局俺は新年の5日間を妹の介護を受けながらベッドの上で過ごし、ようやく元通りに動けるようになったのはお祭りの期間である0月が終わった、大陸暦426年1月1日の事だった……。
大陸暦426年1月1日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 78万39人
内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万8580人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万2273人
資産 所持金 211億4913万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
エイナ(パークレン王国国王)
クトル(フェアリー)
シェラ(エンシェントドラゴン)




