191 勇者と魔力
突然、自分にも魔力を供給してみて欲しいと言い出した妹。
俺はとまどいながらも返事を返す。
「でも、お前勇者なんだろ。魔力とは相性悪いんじゃないのか?」
「お兄ちゃん。わたしずっと考えてたんだけど、わたしとお兄ちゃんが鑑定とかに使っている力があるじゃない。切れると気を失っちゃうやつ。あれって魔力なんじゃないのかな?」
ずっと難しい顔をしてると思ったら、そんな事考えてたのか。……なるほど、いきなりなにを言い出したかと思ったが、聞いてみるとまともな話だ。うん、ありえない事ではないと思う。
でも、魔獣は魔力で人間は別の力。たとえば霊力とか法力とかなんかそんな感じの力だという可能性もある。
確認するには、たしかに香織に魔力を供給してみるのが一番だ。でもなぁ……。
「可能性はあると思うけど、そんな事確認してどうするんだ?」
「え? あ、それは……その……そうだ! もし私のも同じ魔力だったら、わたしからでもシェラさんに魔力を提供できるかもしれないじゃない!」
おおなるほど、たしかにそうだ。……でも、明らかに今思いついた感じだったよな。
「でもおまえ、魔力の供給方法聞いてたか?」
「うん! その、お兄ちゃんが傷つくのは嫌だから、血とかじゃない方法がいいな……」
……あ、なんとなくだが、目的と手段が逆のような気がしてきたぞ。
しかも、試すなら別に後日でもいいのに、わざわざシェラより先にと言わんばかりにねじ込んできた。
これはつまり、勇者と魔王の魔力が同一かどうかを試すというのは建前で、本音は魔力の供給方法に興味があるのだろう。あまりまともな話じゃない雰囲気になってきた。
うん、香織が難しい顔して考え込んでいた理由としては、こっちのほうがしっくりくる。くるけどなぁ……。
「……なぁ香織。俺達って兄妹だよな? 兄妹でキスするのってなんかその……微妙じゃないか?」
「そ、そんな事ないと思うよ! 別にいやらしい意味でする訳じゃなくて、あくまで実験だし。元の世界でもヨーロッパとかだと家族でも挨拶がわりにキスをする習慣とかあったじゃない! それに、この世界では兄妹でも結婚できるらしいし! だからお願い!」
顔を赤らめ、早口でまくし立てるように言う香織。
いつもは大人しくて声も小さいのに、こんな様子は珍しい。そして言葉の最初と最後が矛盾している気がする。
具体的には、いやらしい意味じゃないと兄妹で結婚できるの辺り。
しかし、俺にとって香織はあくまでも妹で、キスをするのは正直ちょっと違和感がある。
だが同時に、香織は他のなによりも大切な存在だ。その香織がこんなに必死になってお願いしているのを、嫌とは言いにくい……。
「…………わかった、じゃあ試してみようか。シェラ、口移しで魔力を供給するのって、具体的にはどうやるの?」
「――ん、ああ。あまりにも青臭い話をしておるので意識を失っておったわ。で、なんじゃと?」
「……口移しで魔力を供給する方法を具体的に教えていただけるとありがたいです……」
妹が顔を真っ赤にし、なぜかクトルが興味深そうに周囲をくるくる飛んでいる。多分俺の顔も赤いんだろうな。
「ああ、その話か。どちらかが舌を相手の口内に差し入れて粘膜を十分に接触させた状態で、与える方は体内の魔力を相手に流し込むように、受ける方は吸い取るような感じで意識を集中させるのじゃ。ついでに体液も多少移すと流れが良くなるぞ」
「…………はい?」
ちょっと待って、それってキスはキスでも思いっきりディープな奴じゃない? 軽く唇を触れ合わせるくらいを予想してたのに……。
視線を移すと、妹も完全に予想外だったのか、放心したようにポカンとしている。
「――っ、わたしちょっと歯を磨いてくる! ゴメンお兄ちゃん、ちょっと待ってて!」
そして我に返ったかと思うと、そう言い残して凄い勢いで部屋を飛び出していった。
あんなに俊敏な妹も珍しい。
俺も一応部屋に置いてある水に、定期的にリンネが届けてくれる果物から柑橘系の物を選んで搾り、口をたんねんにゆすいでおく。
「……ねぇシェラ。魔王と勇者の魔力って同じものだと思う?」
「さてのう、じゃが可能性としては高いと思うぞ。ドラゴンと人族の間で子を成すと、魔力の極めて高い魔人という生物が生まれてくるからのう」
「――え、ちょっと待って。魔獣は繁殖能力がないんじゃないの?」
「普通の魔獣はな。じゃが姿を変えられる古龍だけは別じゃ。生殖機能ごと姿を変えてしまえば、他種族との間に子を成せるぞ。ただ、産まれた子は子を成せんので一代限りじゃがな」
おお、衝撃の事実発覚だ。
魔人の噂は何度か聞いた事があるが、そういう存在ならドラゴンを倒してしまうという話があったのも頷ける。
……ん、待てよ。
「シェラ。エンシェントドラゴンは姿を変えられるって、人間以外にも変えられるの? たとえば、犬とか猫とかさ」
もしこれが可能なら、子犬や子猫の姿になってもらえればキスのハードルがかなり下がる。
一瞬期待したが、シェラは露骨に不愉快そうな表情を浮かべてこちらを見る。
「変えられん事はないが、犬や猫などにはなりとうないな。人族の姿は便利が良いのでやぶさかではないが、なぜ好き好んで下等な小動物の姿になどならねばならんのじゃ」
あ、なんかエンシェントドラゴンのプライドを著しく傷つける発言だったらしい。目がかなり本気で怖い感じになっている。
「な、なるほど了解しました……」
なんとかそう返事をし、背中を冷や汗が伝うのを感じていると、バタバタと珍しく大きな足音を立てて妹が戻ってきた。
「お、お兄ちゃん。準備できたよ!」
顔が赤くなっているのは走ったからか……多分違うだろうな。
俺も耳が熱くなるのを感じつつ、覚悟を決めて妹と向かい合うのだった……。
大陸暦425年12月28日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 78万39人
内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万8580人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万2273人
資産 所持金 211億4913万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
エイナ(パークレン王国国王)
クトル(フェアリー)
シェラ(エンシェントドラゴン)




