189 勇者とドラゴン
シェラを仲間にして鉱山に戻ってくると、まだ森を抜けないうちから妹の声と足音が聞こえてきた。
「――お兄ちゃん、怪我をしたって! クトルちゃんが」
妹は俺の元へ駆け寄ってくると、あちらこちらと体を調べはじめる。
だが怪我は治ったし、血は洗い流したのでなにもないはずだ。
「ああ、あれな。怪我はちょっとしたものだったし、魔王の特殊スキルで『身体自動再生』ってあっただろ。あれでもう治ったから平気だよ」
嘘をつくときのコツは、本当の事を半分混ぜるのだとエイナさんが言っていた。
そのおかげか、それとも調べても怪我が見つからなかったからか、妹は調査を中止して俺に抱きついてくる。
「お兄ちゃん、よかったよぉ……無事で、本当によかった……」
……エンシェントドラゴンの生成という危険な事をやりに行って、しかも怪我をしたという情報が伝わったのだ。妹がどれだけ心配したか、考えただけで申し訳なくなる。
「ゴメンな香織、心配かけて……」
俺も包み込むように抱き返してやると、妹は嬉しそうに俺の体に顔をすり寄せてくる。
母親に甘える子猫のようだ……。
「……ところで、そろそろワシの事を紹介して欲しいのじゃが?」
不意に聞こえた声に、ハッとして顔を上げる。
「あ、そうだ。こちらエンシェントドラゴンのシェラさん。姿を変えられるそうで、今はこの姿だけど本当はすっごく大きなドラゴンだから、変身する時には潰されないように気をつけてね」
実際俺は潰されかけたからね。
妹の他、呼んでもらっていた薬師さんや他のエルフさん達。様子を見にきたのだろうニナにも、シェラを紹介する。
「主殿の配下になったシェラじゃ、よろしくたのむぞ。獲って食ったりはせんから安心しろ」
頭を下げる事もなく、堂々と言い放つシェラ。
エルフさん達がどよめき、顔を青くして後ずさる人もいる。
「シェラ、あんまり脅すような事は言わないでね」
「……むしろ安心させるように言ったつもりなのじゃが?」
う~ん……気持ちはわかるけど、ドラゴンって普通に人間やエルフを獲って食べるらしいからね。その事実を思い起こさせるだけでも十分過ぎるプレッシャーになっている気がする。
――と、妹が突然シェラに向かって一歩踏み出し、言葉を発した。
人見知りの妹にしては、とても珍しい事だ。
「シェラさん……だっけ? お兄ちゃんになにをしたの!?」
妹が、今まで見た事がないような強い目をしてシェラを睨む。
一方のシェラは、全く動じる様子もなく涼しい顔をして、視線をこちらに送ってくる。
俺になんとかしろと言っているのだろう、とりあえずいきなり戦闘にならなかったのはありがたいけど……。
「……か、香織。俺はちょっと怪我をしただけで、なにもなかったぞ。さっき確認しただろ?」
「うん。右手の袖口と、ズボンの右側面に小さな血の飛沫が飛んでるだけだった。それだけならお兄ちゃんの言葉を信じたけど、あの女の右手。あの血糊はお兄ちゃんのだよね? あれだけの量を見てなにもなかったなんて信じられない。お兄ちゃん、もしもなにもなかったって言えって脅されているなら、わたしの事は大丈夫だからホントの事を言って」
……今日まで生きてきて初めて見る、明確な敵意がこもった妹の視線。
そしてその視線の先を追うと、シェラの右手は乾いた血で赤黒く染まっていた。
ああ、そりゃ俺の手を潰したんだから、向こうも血濡れになってるよね……。
これは完全に俺の見落としだ。ていうかシェラ、手が血に染まっていたら洗おうよ…………ドラゴンはそんな事気にしないか。
「あー、香織ごめん。正直に言うな。なにもされてないのは本当だよ、ただ仲間になってもらった後で握手をしようとしたら、魔王の配下になって能力が増した分の力加減を間違って、俺の手をぐちゃっとやっちゃっただけ。ただの事故だし、謝ってもらった。怪我はさっきも言ったけど魔王の能力で治ったから、なにも問題ないよ」
そう言って、右手を上げてグーパーしてみせる。
「……ホントに?」
「うん、本当に。お前に心配をかけたくなかったから誤魔化した。ゴメンな……」
そう言って頭を下げると、妹は慌てたように俺の元に戻ってくる。
「お兄ちゃん。そんな、謝らないで。むしろわたしの早とちりだったんだから…………シェラさん、ごめんなさい!」
ひとしきりあたふたした後、妹はシェラに向かって頭を下げる。間違いはちゃんと認めて謝る事ができる。うちの妹は素直で良い子だ。
「なに、別に構わんよ。勇者がちゃんと主殿の管理下にあるのも確認できたしな」
シェラは本当に気にした様子もなく、むしろちょっと楽しそうでさえある。
どうやら、勇者と最強の魔獣は問題なくやれそうだ。
安心して鉱山に戻ろうとすると、集まっていた大勢のエルフさん達がほとんど地面にへたり込んでいた。
……あれ?
なんとか立っていた薬師さんに訊いてみると、香織とシェラが睨み合っていた時の、とんでもない強さの闘気に当てられたのだそうだ。
リンネによると『洋一様との時もそうでしたが、大山脈でドラゴンと対峙した時を思い出しました』だそうだ。まぁ片方は本物のドラゴンなので、しかたないだろう。
薬師さんの『お前の妹、気弱でおとなしい娘だと思っていたのだがな……』という言葉に、『香織は素直でおとなしいですよ』と返しながら、俺達は鉱山へと戻るのだった……。
大陸暦425年12月28日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 78万39人
内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万8580人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万2273人
資産 所持金 211億4913万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
エイナ(パークレン王国国王)
クトル(フェアリー)
シェラ(エンシェントドラゴン)




