183 交換条件
『もしも一人の犠牲者も出す事なく実現できたら、臣下への褒美として私の願いを一つ叶えて頂けませんか?』
エイナさんの言葉は、俺の心を激しく揺さぶった。
数万人の犠牲を覚悟していた計画を。一時は責任を取って死ぬ覚悟までした計画を、エイナさんは一人の犠牲も出さずにと言った。
もしそれが本当なら、一も二もなく飛びつきたい話である。
「それは本当ですか? 一人の犠牲者も出さずに遂行する当てがあるのですか?」
「確実にとは申せませんが、可能性が見込める程度には。もっとも、洋一様の能力と協力次第ではありますが」
協力はもちろん惜しまないけど、能力か……。
「もちろん協力しますけど、能力とは具体的になにが必要なのですか?」
「そうですね。ドラゴンクラスの強大な魔獣を生成する事と、それを意のままに操る事です」
それは……どうなのだろう?
クトル情報によると、ドラゴンの生成自体はできそうだ。
だが、意のままに操れる自信は全くない。
俺はしょせん魔王Lv1だし、以前大山脈で見たあの巨大で圧倒的な力を持った魔獣を制御するなんて、欠片もできる気がしなかった。
……だが、一つだけ可能性がある。
魔獣生成で出てくる魔獣のリスト。ドラゴンはその下から二番目で、一番下には『エンシェントドラゴン』という文字が記載されているのだ。
たしか、古龍とかそんな意味だった気がする。
クトルによると、エンシェントドラゴンはドラゴンの中でも特別知能が高い……といわれているらしい。
クトルの中にあるフェアリーの知識にも伝聞以上の情報はないとの事だったが、もし本当に知能が高いなら会話が可能であり、会話が可能なら説得して協力してもらう事も不可能ではないはずだ。
危険ではあるが、見返りの大きさを考えればやってみる価値はある。
だが、エンシェントドラゴンはドラゴンの干し肉では素材として認められなかった。多分、もっと高位の素材が必要になるのだろう。
となると……。
「エイナさん。すみませんちょっと失礼します」
そう断りを入れていつも持ち歩いている鞄を開け、中から真っ赤な液体が入った小さな薬ビンを取り出す。
これは以前、リンネが命がけで狩ったドラゴンの。その貴重な素材から薬師さんが作ったドラゴンの秘薬。その最後の一つである。
なにかの時のためにととってあったが、今こそまさにその時かもしれない。
秘薬を手にして、魔獣生成を発動してみる。
祈るような気持ちでリストを下っていくと……おお! エンシェントドラゴンの項目が光っている!
「――エイナさん。まだ絶対とは言えませんが、ドラゴンを意のままに操る事。できるかもしれません」
その言葉に、エイナさんは満足そうに頷いた。
「それは素晴らしい。それができる前提でなら、犠牲者を一人も出さずに計画を遂行する事も可能かもしれません」
おお、それはすごくありがたい。たとえ0人が無理でも、大幅に減るだけでも全然違う。
ぜひともお願いしたい……所なのだが、その前にエイナさんなんか妙な事言ってたよな……。
そうだ、もし一人も犠牲を出さずに計画を遂行できたら、褒美に願いを一つ叶えて欲しいと言っていた。
こんな重大事と引き換えにする願いだ、どんなものがきても驚かない。
俺が魔王で妹は勇者。ドラゴンさえ生成する能力。扱い方次第ではこの世界を揺るがせるであろう情報を知った上での願い。
大陸の半分を支配する王であり、その気になれば大陸全ての王にもなれるだろう人が、交換条件に出してくる願い。
そしておそらくは、ライナさんの前では口にできなかった願い……。
一体どんな事だろうか?
「……あの、エイナさん。もし一人も犠牲を出さずに計画を遂行できた時に、叶えて欲しいお願いってなんですか? 今は言えない事だったりします……?」
恐る恐る。覚悟を決めて問いを発する。
「いえ、言えますよ。お姉様と私を共に洋一様の伴侶として迎え入れて頂きたいという願いです」
…………あれ?
緊張の極みにあった俺の耳に聞こえてきたのは、なんか前にも聞いた事があるような話だった。
「えっと……伴侶って奥さん……ですよね?」
「はい。あ、もちろん他に伴侶に迎えたい方がおられるのであれば、その方も一緒にで構いませんよ」
……俺、どうやら難しく考えすぎていたらしい。
ちょっと気を抜いて考えてみれば、エイナさんのお願いという時点で予想できた事だ。
なるほど、ライナさんに席を外してもらったのはそういう事なのね。そりゃお姉ちゃんの前では言えないわな。
気が抜けて倒れてしまいそうになるが、よく考えると俺にとってはわりと大事だ。
だが、数万人の命と天秤にかけられるような事ではない。
「……わかりました。計画が無事に成就した暁には、エイナさんの願いを叶えましょう。他にはなにかありますか?」
「ありがとうございます。臣下として、良き主君を持てた事に感動を禁じ得ません。他にはなにもありませんから、具体的な計画実行方法について話をしましょうか」
……エイナさんの言葉は、どこまで文字通りに受け取っていいのか本気で悩む。
だが、大きな希望が生まれた事だけは確かだ。
俺とエイナさん、妹にクトルも交えて、計画の具体的な実行方法についての話し合いがはじまるのだった……。
大陸暦425年12月2日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 77万5140人
内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万3681人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万1053人
資産 所持金 211億6203万(-6万)
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
エイナ(パークレン王国国王)
クトル(フェアリー)




