181 説得すべき人
リンネを共犯者に引き込んだ翌日。俺はライナさんの元を訪ねていた。
人間とエルフで魔獣に対する共闘部隊を組織する場合。エルフに対して偏見がなく、人に好かれる性格でもあるライナさんは、人間とエルフの間の緩衝材になってくれる貴重な人材だ。
そしてもう一つ、俺が人間側の共犯者にと想定しているエイナさんを説得するために、絶対に欠かせない人物なのである。
俺の勝手な印象だが、エイナさんに関しては数万人の犠牲を出す計画に対する嫌悪感はあまり気にしなくていい気がする。
だがライナさんに関してはそうではない。正義感にあふれて心優しいライナさんの事だから、この計画に強い抵抗を感じるのは想像に難くない。
そして、ライナさんが反対している計画にエイナさんを引き込むのは絶対に不可能だ。
エイナさんは一応俺の配下で実際そのように振舞ってくれているが、唯一忠誠を捧げていると言っていい相手は、お姉ちゃんであるライナさんだけだ。
だからエイナさんを説得するには、まずライナさんを説得しないといけない。
俺とライナさんを天秤にかけた時、エイナさんがお姉ちゃんを選ぶ事は疑いようもない。
それは俺が他のなにを天秤に乗せられても、片側が香織なら絶対に妹を選ぶのと同じ事だ。
なので、いま説得するべきはライナさんなのである。
もしライナさんを説得できず、反対に回られるような事があったら、それは自動的にエイナさんも敵に回すという事だ。
そしてエイナさんは、お姉ちゃんのためなら全力で俺を妨害しにくるだろう。
多分この世界で一番賢い人の全力とか、恐ろしすぎる。
だからこの説得は絶対に成功させないといけない。
……一晩真剣に考えたが、やはりライナさん相手に小細工は逆効果だろう。
ライナさんとはこの世界に来て間もない頃からの古い付き合いで、奴隷市場・牧場・鉱山などを一緒に見てきたし、リンネの妹を助けに行った時にも同行してもらった。スルクトさんが死んだ時にもその場にいた。
この世界におけるエルフの酷い扱いはよく知っているし、そのたびに強く心を痛めてくれていた優しい人だ。
なので、まず記憶を呼び起こすように昔話をし、大森林の生産力の問題、先日のスルクトさんの件についても話をする。
そしてその上で、人間とエルフを共闘させる計画についての話をする。
魔王と勇者の話をするかどうかは迷ったが、下手に隠して疑念を持たれるのもよくないし、なによりライナさんを信頼している証として、全てを話す事にした。
話を聞き終わったライナさんは、目を閉じて考え込む。
俺と妹は、ライナさんの考えがまとまるのをじっと待った……。
「……洋一様。私は、主君が過ちを犯そうとしている時には命をかけてでもそれを諌めるのが臣下の務めだと思っております」
「う、うん……」
目を開けたライナさんの言葉に、全身から冷や汗が噴き出してくるのを感じる。
「ですが今回のお話、なにが正しくてなにが過っているのか、非才の身では判断がつきません。数万人の犠牲者を出す事が正しいとはとても思えませんが、かといってエルフ達の現状をこのままにしておいていいはずはない。そして、私には他の解決策を思いつけません」
ライナさんは険しい表情をしたまま言葉を続ける。
「であるならば、私の命は洋一様にお預けいたしましょう。計画が進み、もし私が間違った事に手を貸していると判断する時がきたら、私はその責任を取って自ら命を絶ちます。洋一様におかれましては、それをもってお考えを改める一助にして頂ければと思います」
そう言って頭を下げるライナさん。
これはえらい事になったぞ……。
もし俺のせいでライナさんが死んだなんて事になったら、エイナさんは絶対に俺を許さないだろう。果たして楽に死なせてもらえるだろうか……いや、それよりも、大切な仲間を俺のせいで死なせてしまうような事には、俺自身が耐えられない。
頭に浮かんでくるのは、スルクトさんが死んだ時の光景。そしてそれがライナさんの姿に変わる光景……。
いかん、想像しただけで吐きそうだ。
でもここで、『死ぬ前に一言相談してください』と言った所で意味はないだろう。
誠実さの塊みたいなライナさんにとって、自分が巨大な過ちに手を貸したという事は、それだけでもう生きていられないくらいの悔恨なのだ。
ならばいっそライナさんには関わらないでおいてもらうかという考えも頭をよぎるが、それも今更だ。
知ってしまった以上、近くにいてそれを止めなかった。止められなかったというだけで、ライナさんは強く責任を感じてしまうだろう……。
「……わかりました。ライナさんを失望させる事がないよう全力を尽くしますので、よろしくお願いします」
そう言って俺も頭を下げる。
「……それではもう少し詳しい話をしたいのですが……あ、お茶が冷めてしまいましたね。香織、悪いけど淹れ直してきてくれる?」
「うん、了解」
妹はそう返事をして、部屋を出ていった。
ちょっとわざとらしかったかなと思うが、俺にはもう一つライナさんにお願いがあるのだ。
そしてそれは、妹の前ではできないお願いである。
「ライナさん、俺が魔王で香織が勇者の天命を持っている事はお話ししましたよね。それに関して大切なお願いがあります」
「……うかがいましょう」
「もし俺が魔王の本能に支配されて、正気を失って妹を傷つけようとするような事があったら、その時はどんな手段を使っても構いませんから俺を殺してください。そしてできれば、そのあと妹の事をよろしくお願いします……」
「それは…………っ。――わかりました、お引き受けいたしましょう」
ライナさんは一瞬色々な事を言いたそうな表情を浮かべたが、それらを全て飲み込んで承諾の返事をしてくれた。
さすがだ、本当にありがたい。
しばらくして温かいお茶を持ってきてくれた妹を加えて、俺達は計画について詳しい話を詰めるのだった……。
大陸暦425年11月29日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 77万5140人
内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万3681人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万1053人
資産 所持金 211億6209万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
エイナ(パークレン王国国王)
クトル(フェアリー)




