175 俺の秘密と恐ろしい計画
妹に秘密を打ち明けられ、泣きながら騙すような真似をした事を詫びられたが、俺の方にも妹に隠している事がある。
妹の秘密ほど大きな事ではないが、知られたらまずい事においては負けないと思う。
なにせエイナさんと密談の上、隣国を攻めるに当たって細菌兵器を使おうとした話なのだから。
そして妹はしれっと、『追跡能力を使ってお兄ちゃんの居場所を把握して』と言った。
俺と妹は、この世界に来てからほとんどの時間を一緒に過ごしてきたはずだ。
寝るのも同じ部屋だし、せいぜいが家の中や鉱山の敷地内で別行動をしていたくらいだと思う。
となると、これはつまり家の中、鉱山の敷地内にいる時に追跡されていたという事になる。
……思い返してみると、心当たりがないではない。
初めてエイナさんと出会った日の夜、エイナさんに脅されて部屋に戻った時、妹は部屋にいなかった。トイレに行っていたと言っていたが、それにしては手が冷たかったのを覚えている。
リステラさんを雇う話をエイナさんと二人でした時もそうだったし、料理を作っていたはずの妹が絶妙なタイミングでひょっこり姿を見せた事もあった気がする。
そしてイドラ帝国侵攻前にエイナさんと密談をした時も、妹はライナさんの前から姿を消していたようだった……。
あれ? 本気でバレてないよね……??
不安に駆られて、それとなく確認を試みる。
「……なぁ香織。話変わるけど、イドラ帝国の皇帝に会いに行った時に、エイナさんが十日熱の病原体を撒くって皇帝を脅したの覚えてるか? あれ聞いてどう思った?」
「え……どうと言われても、少なくとも危険察知は反応しなかったよ。一度十日熱で死にかけた身としては少し微妙な気持ちになったけど、それだけに効果的なのはわかったし、やっぱり頭いい人は違うなって思ったかな?」
これは、本物を用意していた事はバレてないっぽい……か?
妹の危険察知能力は多少離れていても有効なようだし、ある程度近くにいたとしても会話が聞こえる距離ではなかったという事だろうか? エイナさん一応外を確認していたしね。
「そっか。いや、エイナさんの事だから本物ではないにしても、なにか違う毒とか混ぜてあったのかなって気になってたんだ。それでええと、なんの話だったっけ?」
「わたしがお兄ちゃんに隠し事をしていたって話……」
「ああ」
正直、魔王だ勇者だの件はびっくりしたが、隠されていた事に不快感はない。俺でもそうしただろうし、むしろ最初に自分が魔王だなんて知っていたら、どんな行動を取ったかの方が心配だ。
なんだかんだで俺は今の立場を気に入っているし、妹と二人、大森林の奥でエルフさん達に護られて暮らすという最終目的は、この世界における最適解だと思っている。
……だがそれも、エルフさん達を全員解放できてこそだ。
せっかく妹が意を決して打ち明けてくれた事実を、エルフさん達を救うためにどう利用するか。俺は真剣に考え込む……。
とりあえず、俺が魔王になって人間を支配下に置き、力ずくで人間とエルフを共存させるとかは論外だ。
妹によると、勇者のレベルを上げると勇者としての本能が強くなるという話だった。
魔王でも同じ事が起きる可能性は高いだろう。だったら絶対にダメだ、もちろんエルフさん達の事は助けたいし、スルクトさんとの約束も大切だ。
だがそれでも、俺にとって一番大切なのが妹である事は変わらない。これは絶対だ。
魔王の本能に支配されて勇者である妹を攻撃するとか、考えたくもない。妹を護るのは最優先事項である。なので、なるべく魔王のレベルは上げない事が望ましい。
同じ理由で、妹が勇者である事を利用した方法もできれば採りたくない。
計画としては、例えば魔王と勇者の存在を公にして、勇者パーティーにエルフを組み込んで共に魔王を倒した英雄譚を作り上げ、人間達のエルフに対する認識を変えるとか。
あるいはもっと直接的に、世界を救った勇者様に、各地を回ってエルフと対等に接するように説いて回ってもらうとか思いつくけど、妹を矢面に立たせるのはやはり抵抗がある。
今までの価値観を変える話なので、反感を持った勢力に襲われたりする危険があるし、そもそも社会に根を張っているエルフに対する偏見が、英雄譚一つで一転するかも怪しい所だ。
人々の認識を一気に変えるためには、相当強いショック療法のような手段が必要になるだろう。
となると、もっと効果的で妹を矢面に立たせない方法は……。
じっと考え込んでいると、ふっと一つの計画が浮かんでくる。背筋が寒くなるような、恐ろしい計画が……。
それは元の世界にあった、『敵の敵は味方』という言葉をヒントにしたものだった。
対立する二者を協力させようとする場合、最も効果的な方法は共通する敵を作る事である。
それも強力で、力を合わせないと立ち向かえないような強大な敵だ。今まで蔑視していたエルフの助力を躊躇させないほどの……。
その強大な敵の存在を魔王とその配下である魔獣に求めれば。
魔獣の脅威をわが身に迫るものとして多くの人間に感じ取らせる事ができれば。別世界の事のような英雄譚よりも、自分達に直接関わる事としてずっと強い影響を与えられるはずだ。
そして、この方法なら必ずしも勇者の存在は必要ない。つまり、香織を危険に晒す必要なく実行できる。
……だがこの方法を実行するとしたら、一番の問題点は『強大な敵』の部分である。
人間だけで対処できるほど弱くては意味がないし、いくら強くても自分達に関係がないほど遠い存在では脅威が薄く、考え方を変えさせるのには不足だろう。
そうなると必然的に、『強力な魔獣の大群に街を襲わせる』くらいのインパクトが必要になる。だがそれを実行したら、少なくない数の犠牲者が出るだろう……。
……単純な数の計算をすると、将来に渡って人間とエルフの協調関係が築けるのなら、数万人の犠牲を出してもトータルでプラスになるだろう。この世界では、数年でそれくらいの数のエルフさんが鉱山などで使い潰されているはずなのだ。
だが、これは単純な数の話ではない。
俺は正直この世界の人間にはかなり絶望しているし、リンネの妹達を虐待していた貴族なんかは、死んでしまえばいいとさえ思った。
だが、数万単位の一般住民となると話は別だ。
いくらエルフさん達のためとはいえ、エルフさん達を奴隷にして虐待している人達だからといって、必要な犠牲だなどと割り切る事が許されるだろうか?
……元の世界でも、似たような話はあった。
『全国民が恩恵を享受しているのだから、年間4000人の死者が出ても仕方がない。やむをえない犠牲として受け入れるしかない』
的なものだ。
これは自動車について言われていた事だが、年間4000人の交通事故死者数はたしかに膨大だが、だからといって自動車をなくすなんて選択肢はありえなかった訳で、たしかに仕方がない事で必要悪だった。
だがそれは決して肯定されていた訳ではないし、犠牲を少なくするための努力も絶えず払われていた。
ならば正しい事だと正当化をせず、必要悪だとした上で、犠牲を最小限にする努力を払えば許されるのだろうか?
……正直、俺には許されるなんてとても思えない。
なにより一番大きな違いは、過失で発生する交通事故の犠牲者と、俺が確固たる目的を持って行動した事で発生する魔獣による犠牲者とは、同列に語れないであろう事だ。
たとえ交通事故で死ぬのが無関係の市民で、魔獣に襲われて死ぬのがエルフを奴隷にして虐待している人間達という違いがあったとしても……。
……だが、この先永遠にエルフさん達が奴隷として虐げられるという事実と天秤にかければ、俺は決断をするべきなのだろう。
奴隷として酷使されて死んでいくエルフさんの人数を思えば、数年分だ。スルクトさんのような悲劇も起こらなくなる。
将来なんらかの形で奴隷の蜂起でも起きれば、その時の犠牲者は数万人ではすまないかもしれない。
より良い未来を築くために、俺は残虐非道な魔王になる必要があるのだ……。
次第に考えが固まっていく中、俺はこの世界の親しい人達の顔を思い浮かべる。
みんなはこの計画を知ったら、どんな反応をするだろうか? 受け入れてくれる人はいるだろうか?
リンネやライナさんは難しそうだ。薬師さんやニナはどうだろうか? エイナさんは話の持って行き方次第では協力さえしてくれそうな気がするが……ライナさんが反対したらダメだろうな。
むしろお姉ちゃんの意に反するくらいなら、全力で俺の方を叩き潰しに来るかもしれない。
そしてなにより、妹はどんな反応をするだろうか?
俺にとって一番大切なのは、間違いなく妹の存在だ。
正直、妹に見離されるくらいなら全てを投げ出してどこかに逃げたほうがマシだとさえ思う。
だが逆に妹が受け入れてくれるのなら、俺は魔王どころか悪魔にだってなれる気がする。
……俺は恐る恐る。妹に向かって話を切り出した。
「なぁ香織。もしもの話だけど、俺が魔王の力を使って人間を攻撃したいと言ったら。その結果として数万人の犠牲者を出すと言ったら、どうする?」
ずっと俺に抱きついたままだった妹は、キョトンとした表情を浮かべて俺を見上げる。
この妹の答えに、ある意味この世界の将来がかかっているのだ……。
大陸暦425年11月27日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 77万5140人
内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万3681人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万1053人
資産 所持金 211億6209万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
エイナ(パークレン王国国王)
※
初めてエイナさんと会った日の事は28話を。
リステラさんを雇う話をした時の事は34話を。
イドラ帝国を攻撃する前にエイナさんと密談した件は149話をご参照ください。
前話の脱字報告を下さった方ありがとうございます。こっそり修正しておきました。




