17 護衛
フランの花の買取は乾燥品で保存がきくものだし、大陸全土で需要があるので、よほどの量でなければ同じ値段で買い取る。ぜひ持ってきて欲しいと言われた。
あの滝つぼにはまだ沢山の花が咲いていたので、これで当面の生活は安泰そうだ。
護衛の人が来るまでの間、財布代わりの皮袋を覗き込む。100万アストル金貨、思ったより早くお目にかかれたな……。
その金貨を一枚取り出し、妹に渡す。
「万一の時のために、これは香織が持っていろ」
が、妹はすぐさま金貨を返してきて、涙目で首を振る。
「こんな大金、怖いよ……」
……まぁ気持ちはわかる。正直俺もちょっと怖い。
服の裏地に縫い付けるとかの工夫をするべきだろうか? いや、それはそれで洗って干す時危ないか……。
そんな事を考えていると、扉がノックされて槍を持った人が入ってきた。
「こちらが護衛をお願いするライナさんです」
エリスさんが紹介してくれたのは、フランの花もかくやという真っ赤な鎧を着た、凛々しい顔つきの女性だった。女の人にしては背が高く、俺より少し小さいくらいなので175センチ前後はありそうだ。自分の身長と同じくらいの短槍を持っている。
「C級冒険者のライナだ、よろしく頼む」
「俺は洋一、こっちは妹の香織です。よろしく」
握手をしながら鑑定を発動してみる。
『ピコン』
ライナ・パークレン 人間 17歳 スキル:槍術Lv3 体術Lv3 礼儀作法Lv2 状態:普通 地位:没落貴族の冒険者(C級)
この世界で初めて苗字のある人を見た。って言うか没落貴族なんだ、苦労してるのかな?
「ライナさんは若くしてC級になった将来有望な冒険者で、本来は本部所属なんですけどたまたまこちらに来ていらしたのでお願いしました。槍使いなので多人数相手の戦いに向いていますし、真面目な人なので護衛にうってつけですよ。美人ですし」
エリスさんがそう太鼓判を押してくれる。確かに真面目そうで物腰も柔らかい。そしてかなりの美人だ。凛としていて、腰まで伸ばした赤銅色の髪がなければ美少年だと勘違いしてしまいそうな、中性的で女の人からも人気が出るタイプだと思う。
妹は相変わらず俺の陰に隠れてるけど。
これから三日間はこの人が行動を共にして俺達を護衛してくれるらしい。別名監視とも言うのだろうが、さてどうしたものか……。
冒険者ギルドを出、宿への道を歩きながら考える。
ライナさんはギルドの負担で同じ宿に泊まるらしいが、そうなるとリンネと一緒にご飯を食べたりは難しそうだ。
リンネの事がバレたらせっかくの収入源がダメになってしまうリスクもある。
今回の収入でリンネに靴や新しい服をと思っていたのだが、それも後日……ん?
妹が不意に俺の袖を引く。これは危険の合図だ、慌てて進む方向を変える。
……が、それで妹からの警告が止む事はなかった。むしろ脅えたような表情を浮かべて、俺の腕に縋りついてくる。
進路を変えても追ってくるという事は、狙われているのだろう。俺達が大金を手にした事は、あの時ギルドにいた複数の人間が知っている。
油断していた。妹の能力は『危険察知』であって『危険回避』ではないのだ、追ってくる相手には別の対処が必要になる。
妹をかばいつつ早足で進むが、突然目の前の路地からいかにもな男が三人、古い剣や棒を持って現れた。同時に後ろからも三人、同じような男達が間合いを詰めてくる。いかん、挟まれた。
とっさに妹を抱き寄せ、片側の建物に背中を預ける。
足が竦み、腰が抜けて地面にへたり込んでしまいそうになるが、俺の腕を握って震えている小さな手が、立ち続ける勇気を与えてくれた。
だが状況は最悪だ、今の俺にできる事などなにもない。吐き気がするほど、自分の無力さが恨めしくなる。
最悪お金はなくしてもいいから、妹だけは……。
そう覚悟を決めて財布代わりの皮袋を取り出し、男達の気をそらすべく辺りにぶちまけ……ようとした刹那、俺の視界に赤い影が飛び込んでくる。
「お前達、なんの用だ!」
場に響く、力強く澄んだ声。真紅の鎧を着て槍を持ったライナさんが俺達の前に立ち、男達を高圧的に睨みつけていた。
「チッ、ギルドの護衛か。かまわねえ、まとめてやっちまえ!」
一人の男の声に、六人が一斉に襲い掛かってくる。俺はとっさに妹に覆い被さり、身を縮めた。
――次の瞬間、重い打撃音とくぐもったうめき声がいくつも聞こえてくる……覚悟していた背中を殴られる痛みは、いつまで経っても襲ってこなかった。
「洋一殿、暴漢は退治しましたよ」
顔を上げた俺の目に映ったのは、地面に倒れ伏す六人の男と、傷一つなく悠然と立つ騎士の姿……いや、ライナさんの姿だった。気配がなかったのですっかり存在を忘れていたけど、そういえば護衛についてくれてたんだった……。
「あ、ありがとうございます。あの、お礼を」
手にしていた皮袋を開く俺を、ライナさんは片手を挙げて制止する。
「報酬はギルドから貰っています。二重取りは規約違反ですし、これが私の仕事ですから」
ライナさんは当然のように言ってかっこよく笑う。いかん、惚れてしまいそうだ。体のいい監視役だと思っていたのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
顔が上げられない俺に、ライナさんは暴漢達を手早く拘束しながら話しかけてくる。
「しかし、洋一殿の気配察知はなかなかのものですね。急に足を速めた時はなにかと思いましたが、まさかあんなに早く敵の存在に気付いていたとは」
「あ、ははは……でも逃げられなかったら意味ないですよね……」
本当は妹の能力だが、あえて訂正する必要もないだろう。
「いや、身のこなしも中々でしたよ。向こうに地の利がなければ逃げ果せていたでしょう」
……そうだろうか? 一年引きこもりやっていたので体力どん底だと思うんだけど……いや待てよ?
そういえば今日は、籠いっぱいのトウの実を担いで結構な距離を歩いたけど大して息が上がらなかった。あの籠、見た目に反して軽かったような……。
そこまで考えて、一つの可能性に思い至る。俺は小声で妹に尋ねてみた。
(なぁ香織、こっちの世界に来てから体が軽くなったなとか感じてる?)
(え? うん、なんだか体重が半分くらいになったみたいな感じがするよ、前の倍くらい跳べると思う)
マジか。これはひょっとして、この世界重力が弱いのだろうか? 星の大きさが違う可能性があった事を考えれば、十分ありえる話ではある。
よく考えてみれば、こっちの世界に来てからの俺は引きこもる前くらいの動きができていた気がする。それも重力が小さかったおかげだと考えれば納得がいく。
という事は、以前と同じレベルまで体力と筋力を戻せば、敏捷性に関してはわりといい所いくんじゃないだろうか? 力が強くなる訳ではないが、逃走特化ならそこそこ物になるかもしれない。
よし、今日から体を鍛えようと決心していると、暴漢の処置が終わったライナさんが俺達のそばに戻ってくる。道すがら、すれ違った冒険者にでも後の処置を頼むそうだ。
なんかすごく手馴れてるな頼もしいと思いながら、俺達はその場を後にして宿へと向かう……。
大陸暦418年11月4日
現時点での大陸統一進捗度 0%
資産 所持金 267万3000アストル
配下 なし




