168 遷都(せんと)
エイナさんの国王就任に当たって、俺の中で一番の問題になっているオーサルへの遷都の話。
エイナさんも気にしていたのだろう。俺達の家で国王就任祝いのパーティーを開いた日の夜。エイナさんの方から俺の部屋を訪ねてきた。
居間でのライナさんとエイナさんに刺激を受けたのだろう。お風呂上りの妹が自分の髪も梳いて欲しいと言うので、妹がいつも使っている櫛で梳いてやっていた所だったが、エイナさんはそれを見ると『どうぞそのままで』と言ってくれた。
さっきまで自分もやってもらっていたからだろうが、理解があって大変助かる。
一国の王と話をするのに妹の髪を梳きながらとか、正直どうなんだと思うが向こうが気にしていないようなので気にしないでおこう。
エイナさんは椅子に座ると、おもむろに用件を口にする。
「洋一様。お姉様と私を妻に娶って、この国の王配になる気はありませんか?」
おおう、またその話か。いや、今度は国王じゃなくて女王の夫だからちょっと違うかな?
「……申し訳ありませんが、遠慮しておきます」
女王の求婚を断るとか、冷静に考えるとすごく無礼な事をしている気がするが、エイナさんも予想していた答えだったのだろう。一言『そうですか……』と言うと、こちらが本題とばかりに別の話を切り出してくる。前置きにしては重すぎる話だったけどね……。
「近いうちに、王都を洋一様に選んで頂いた旧サイダル王国の首都オーサルに移したいと考えております。つきましては、洋一様の本拠地も一緒に移して頂く訳にはいきませんか? オーサルの近くに館でも領地でも、なんなら独立国でもご用意いたしますから」
……なんかすごく破格の条件が出てきた。
頭に浮かぶのは、まだこの世界に来て間もない頃。リンネが働かされていた宿屋の部屋で、妹とリンネに向かって『安全に暮らすための領地が欲しい。理想を言うなら独立国』と言った時の事だ。
あの時には夢物語のような話だったが、今はそれが目の前にある。一言『はい』と返事をすれば、独立国が手に入るのだ。……だけど、残念ながら今の俺にはそれが魅力的な話に感じられなかった。
俺の最終目標はエルフさん達と大森林の奥に引きこもる事に決まってしまったし、大森林から遠く離れたオーサル近郊はリンネ達にとって快適な場所ではないだろう。
沼エルフさん達の移住支援の拠点にしようにも、オーサルは旧サイダル王国ではやや西よりにあって、東の大湿地帯とはかなり離れている。
移住にリステラ商会の支援が得られている今、俺が現場に行ってもできる事は少ないだろう。
なので返答としては『残念ですが……』で、問題はライナさんの処遇だけだったはずなのだが、たった今その返答さえもしにくくなった。
すっかり忘れていたが、サイダル王国を攻略した時に『新しい王都はどこがいいと思いますか?』と訊かれて、オーサルと答えたのは俺なのだ。
経済面を考慮しての答えだったが、経済面で遷都の必要性を理解しているのに俺は行かないなんて言ったら、この国やエイナさんを軽んじているような印象を。あるいはなにか意図があって距離を置こうとしているかのような印象を与えてしまうだろう。
すごく口に出しにくい。
今のこの状況を見越してあの時にあの質問をしたのだとしたら、エイナさんホントに策士だよね。怖すぎる……。
そして、そんなエイナさんに警戒されるのはどう考えても得策ではないし、ライナさんと引き離してしまう結果になるのも非常にまずい。
一方で、できれば本拠は移したくない。
板挟みになってどう返事をしようか悩んでいる間に、時間だけがじりじりと過ぎていく。
いつの間にか妹の髪を梳く手も止まってしまっていた……。
「……無理にとは申しませんから、もしお嫌なのでしたらそう言って頂いても構いませんよ」
長い沈黙を破ったのは、意外にもエイナさんの声だった。
「え、いいんですか?」
「はい。私はこの国の王になりましたが、同時に洋一様の配下でもあります。主君が望まない事を強制するなど、できるはずがありません」
エイナさんはそう言って、じっと俺を見つめてくる。
これは……なにかを量られているのだろうか?
エイナさんの性格からして、お姉ちゃんが望まないならともかく、主君が望まないというだけで必要な事案を引っ込めるような事はしないだろう。
という事は……エイナさんは俺に向かって自分とリンネ達とどちらを取るのかと、暗に訊いているのではないだろうか?
ううん……深読みしすぎのような、そうでもないような難しい所だ。
どうしたものだろう……。
さらに考え込んでいると、ふと一つの案が浮かんできた。
元の世界知識を活かした、折衷案だ。
「ねえエイナさん。王都を移す話ですけど、政治と経済の中心を別にする事ってできませんかね?」
「政治と経済の中心を別に……ですか?」
「はい」
これは元の世界でもあった事だ。アメリカのワシントンとニューヨーク、オーストラリアのキャンベラとシドニー、ブラジルのブラジリアとリオデジャネイロ。どれも政治の中心と経済の中心は別だった。
通信が未発達なこの世界でこの方式がどこまで機能するかはわからないけどね……。
俺の提案に、今度はエイナさんがじっと考え込む。
「……聞いた事のない事例ですが、不可能という訳ではありませんね。経済の中心は交通の便が良く、大陸の中心に近く、開けた土地で隣国とも接触し易い場所が望ましい。しかしそのような場所は裏を返せば敵の攻撃を受けやすく、侵攻も容易な場所であり守るのには不利となる。なるほど、理に適った話ではあります」
苦し紛れの提案だったが、エイナさんは利点を見い出してくれたようだ。
さらに少し考えて、エイナさんは言葉を続ける。
「国が二分されてしまう危険はありますが、そこは国王の手腕の見せ所……という事でしょうか。なるほど、そういう事でしたらこのエイナ・パークレン、見事洋一様のお眼鏡に適う働きをしてご覧に入れましょう」
……なんか知らんけど、いつの間にか逆に俺がエイナさんを試すみたいな流れになった……。
そんな意図があった訳ではないが、エイナさんはなにやらやる気になってくれているし、これなら政治の首都が移る事はなく、ライナさんとエイナさんが遠く離れる事もない。今まで通りの生活が維持できる。
この選択はエイナさんとリンネ達を天秤にかけて、リンネ達寄りの判断をしたとも取れるだろう。だがエイナさんはその点について、自分の国王としての能力が未知数だからという理解で納得してくれたようだった。
実際はこの世界で最優秀くらいに高く評価しているし、ぶっちゃけ怖いくらいなのだが、エイナさんは俺を過大評価しているようだし、とりあえず当面はこれでなんとかなるだろう。
エイナさんは丁寧な挨拶をして退室していき、俺は妹の髪を梳く作業に戻る。
それにしても、エイナさんと話をするのホント疲れるな。
たいてい難しい話題の時だからでエイナさんが悪い訳ではないのだが、俺は心の緊張を解くためにも、作業が再開されて嬉しそうにしている妹に癒されながら、丁寧に髪を梳いてやるのだった。
そういえばこの櫛、初めてリンネと森に採取に行った時の稼ぎで買ったんだよな。
もうだいぶ古くなっているし、そろそろ買い替え時なのかもしれない。
「なぁ香織。せっかく王都にきたんだし、明日は買い物に行こうか。身の回りの品もいくつか新調したいのあるし」
「ホント! 行く行く、何時から?」
「え、ええと……朝からと昼からと、どっちがいい?」
「朝からがいい! お兄ちゃんと買い物久しぶりだよね、楽しみだなぁ……」
なんかすごい食いつきだ。
最近あまり構ってやれなかった……なんて事もないと思うのだが、まぁ喜んでくれるならなによりだ。
いつも俺を支えてくれている妹だから、たまには兄らしい事もしないとね。
多分退屈だっただろう話につきあわせてしまったし……。
明日に備えて早く眠るという妹にうながされ、俺もベッドに横になる。
この穏やかな時間がずっと続けばいいなと、そう願いながら……。
大陸暦425年10月21日
現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 77万4080人
内訳 鉱山に13万9714人 大森林のエルフの村4590ヶ所に53万1686人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万2680人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児1万9255人
資産 所持金 212億2412万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
エイナ(パークレン王国国王)




