156 首都攻略の秘策
元々の遠征軍のメンバーに、新たに組み込まれた元イドラ帝国軍の指揮官数人も加わって、サイダル王国の首都オーサル攻略のための軍議が開かれる。
最初にエイナさんが、簡単に状況を説明してくれた。
「サイダル王国軍の現状ですが、先に送り出したマーカム王国への遠征軍が壊滅した事と、敗残兵の収容と逆侵攻を警戒して西方に部隊を派遣している事。常備兵の多くは北の長城警備に当てられているせいで、首都の防衛軍はあまり多くはないと思われます。訓練を受けた正規兵はせいぜい3万人といった所でしょう」
3万人……俺達が4万人だから、今回の戦いで初めて数で勝っている。
「ですが50万を抱える人口に加え、近隣の村々から避難してきている住民から臨時に兵を集めれば、5万や6万くらいはたやすく追加されるでしょう。
サイダル王国は各地方都市の独立性が強いので、周辺の都市に救援を求めても自分達の都市の防衛を優先してすぐには首都に兵を送らないと思われます。ですが、時間が経てば大規模な軍が組織されて向かってくる可能性が高いですね」
「大規模とはどの程度ですか?」
発言したのは、確か元イドラ帝国軍の騎兵隊長さんだ。
「おそらくは50万以上、100万に迫るかもしれません。サイダル王国軍は歩兵の数を頼んでの力押し戦術を得意とします。その分動きは鈍いですがね」
「ひゃくまん……」
一瞬にして場がシンと静まり返る。
そりゃそうだ、ちょっと想像できない数だよね。
沈黙を破ったのは、例によって無感情なエイナさんの声である。
「敵が採るであろう対応については、首都は街壁内に篭って持久戦を行いつつ、地方都市からの救援を待つ事になるでしょう。救援の兵が集まるには数ヶ月かかるでしょうが、首都内には半年分以上の食糧備蓄があります。救援がくるまで持久戦を戦うには十分ですから、これが最も安全で確実な方法です。
一方で我々も、住民が避難した周辺の村々から運べなかった分の食料を回収できていますので、持久戦を戦う事自体は可能です」
『自体は可能』か……。
エイナさんのこの言い方はやる気ないな。決め手がないまま持久戦をやっても、そのうち50万か100万かの大軍に囲まれておしまいだからね。
エイナさんの状況説明に、新しく加わった元イドラ帝国の軍人達から『西のファロス王国本土から援軍を出してもらえないのか?』『我が国でやったように水を止めては?』『ここは一旦引くべきではないか?』と次々に意見が出る。
一方で大公軍時代からの軍人さん達が黙っているのは、いいかげん学習したのだろう。エイナさんを信頼しているのだ。
そのエイナさんが、おもむろに口を開く。
「本国からの援軍は期待できませんし、首都内の水は主に井戸から供給されているので止める事はできません。退却は最後の手段であり、まずは首都の攻略を試みます。しかもできれば、他の都市も脅えて降伏を決断するような方法でです。たとえ首都を落としても、他の都市が抵抗を続けた場合一つずつ潰して回るのはとんでもなく手間ですし、その間にまとまった反撃を受ければこちらが危うくなりますから」
……エイナさんの言う事はわかるけど、結構な無茶振りだよねこれ。
果たしてそんな都合のいい方法があるだろうか? ……十日熱の細菌兵器なら目的に適うだろうけど、あれはなるべく使わない方針だ。
議場にいる全員が考え込む中、エイナさんの声が響く。
「私としては、兵糧攻めを提案したいと思います」
兵糧攻め……? たしか篭城している敵への食糧供給を断ち、飢えさせて降伏に導く戦術だ。でもさっき、エイナさん自身が首都には十分な食料があるって言ってなかったか?
「兵糧攻めなど、何ヶ月かかるのですか。その前にこちらが敵に包囲されて全滅ですぞ。そもそも、敵は大量の食糧を蓄えていると言ったのは総指揮官殿ではありませんか」
案の定、元イドラ帝国の軍人さんからツッコミが入る。
「たしかに、現状では兵糧攻めは成立しません。ですが敵に十分な食糧の備蓄があるのなら、それをなくしてしまえばいいだけの話です。我々には上空から敵食料庫の位置を確認する手段がありますし、それを焼き払う手段も備えています」
「焼き払う……食料をですか?」
元イドラ帝国の軍人さんが、驚いた表情で疑問を呈する。彼等にとって食料は奪う物で、焼き払うなどありえない事なのだろう。
俺はサイダル王国の村人が多くの食料を残したまま逃亡するのを疑問に思っていたが、あれは攻めてきたのがイドラ帝国兵であるのなら、食料を多少略奪されても持ちきれない分は残していくと知っているからなのだ。
だが、今回の相手はイドラ帝国兵ではない。サイダル王国にとって、想像だにしていないであろう攻撃が行われようとしているのだ。
エイナさんは、非情とも思える言葉を口にする。
「はい、焼き払います。国や軍の食料庫はもちろん、民間の食料庫も。蓄えてある薪などの燃料もまとめて、なるべく多くを焼き払います」
空からの攻撃など考えてもいないからだろう、首都の倉庫は大半が木造で、レンガ造りのものも屋根は木でできている。火のついた油壺を投下すれば焼き払う事はたやすいだろう。
そして、小麦も米も生では食べられない。調理するためには燃料が必要なのだ。
首都以外の都市でも多くの食糧を備蓄しているだろうが、空からの攻撃で焼き払われると知ったら、どんなに戦慄するだろうか。
他の都市を脅えさせて降伏させるという目的も、同時に果たす事ができる。
俺としては食べ物を粗末にするのはあまり感心しないけど、そんな事を言っている場合じゃないしね……。
結局エイナさんの作戦は全会一致で採用され、さっそく偵察を強化して食料庫の位置特定と、近隣の村を回って油と壷を回収する作業がはじまった。
気球の燃料にも使う燃え易い油は帝都攻略戦でかなり使ってしまったので、大規模に倉庫を焼き払うには在庫が心許ないのだ。
帝都で調達した油はランプや食用の物で少し燃えにくく、いま村々を回って集めている油も同じだが、燃え易い油と混ぜて使ったり、すでに火災が起きている場所に追加で投下する分には問題ない。
準備は着々と進み、攻撃開始は2月の1日と決定された……。
大陸暦424年1月28日
現時点での大陸統一進捗度 12.5%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領大森林地帯・ファロス王国に密かな影響力・イドラ帝国をファロス王国に併合)
解放されたエルフの総数 44万8377人 ※情報途絶中
内訳 鉱山に30万6251人(森に避難していた人達帰還) 大森林のエルフの村1112ヶ所に13万2318人 リステラ商会で保護中の沼エルフ9808人(内一人は鉱山に滞在して山エルフと情報交換中)
旧マーカム王国回復割合 95% ※情報途絶中
資産 所持金 605億4709万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




