155 長城
気球から見下ろす俺の視界には、草原を横切って地平線のはるか彼方まで、灰色のレンガが積まれた壁が延びている。
高さは2メートル半か3メートルくらいだろうか? 今まで見てきた街壁や城壁に比べれば決して高くはないが、馬で超えるのは難しいだろう。
今は上から見下ろしているので感じないが、地上に降りて近付いてみればそれなりの威圧感もあると思う。
元の世界でも同じような物を作った国があったが、農耕民族が騎馬民族を相手にしようとすると、同じ発想に到り着くのだろう。
元の世界では無用の長物と言われたり、防壁ではなく交通路としての役割が重要だったのではないかと言われていたりしたが、イドラ帝国の人に訊いてみると、この世界ではしっかり防壁の役目を果たしているらしい。
あれのおかげで、サイダル王国の領内に進入するのはとても難しいのだそうだ。
壁の所々に見張り台があり、壁の向こう側には兵士の宿舎も見える。
兵士の姿も散見されるが、長大な長城を守っているせいだろう、数は少なめだ。
おそらく警備が主任務で、敵の姿が見えたら周辺から兵士が大勢集まってくるのだろう。
攻撃した事のある元イドラ帝国騎兵さんの話だと、襲撃の情報は太鼓の音の連鎖で迅速に伝えられ、半日で1000人ほど。その後も続々と集まってくるらしい。
半日で両側20キロメートルくらいずつとして、1キロあたり25人くらいの守備兵かな?
数で押せば壁を越える事はできるが、馬を連れて行けないので向こうでの行動範囲が限られてしまうそうだ。
数日かけて壁を壊して馬を入れた事もあったらしいが、略奪をしている間に壁を直されてしまい、戻れなくなって大きな損害を出した事もあるそうだ。
そこはちゃんと壁の穴守っとこうよと思ったが、騎兵というのは攻撃力は高いが拠点防御には向かない兵種で、歩兵に限れば数の多いサイダル王国側に優位性があるので、なかなか難しいとの事だった。
エイナさんによると、この長城はイドラ帝国とサイダル王国の国境全面に渡って、西は旧マーカム王国との国境である大河から、東は沼エルフさんの故郷である大湿地帯まで、馬車で50日ほどの距離にわたって延々と築かれているのだそうだ。
元の世界で言うと、2000キロメートルから3000キロメートルくらいのイメージだろうか? とんでもない作業量に思えるが、建設に何年もかけたのだろうし、延べ300万人で作ったと考えれば3000キロでも一人1メートルな訳で、そう考えるとできそうな気もしてくる。
人海戦術ってのは凄いね。今から俺達はその人の海を相手にする訳だけどさ……。
相手の監視兵がこちらの気球に気付いたらしく、慌しい動きを見せはじめると、エイナさんは早速グライダー部隊と歩兵に出撃を命じる。
グライダー部隊は敵の兵舎に攻撃を加え、その間に歩兵が壁を乗り越える。3メートルの壁は馬には重大な障害物だが、人間なら梯子やロープでたやすく超えられる高さだ。
壁にとりつく2000人ほどの歩兵達。装備は三分の一ほどが武器。残りは帝都で調達した鍬やスコップである。
護衛の兵士と気球の偵察、グライダーの攻撃に守られて、兵士達は次々と草原の土を掘り、壁の向こうに積み上げていく。
そして、壁のこちら側でも同じ作業が繰り広げられる……。
荷物を少なくしたせいで道具の数は十分ではなかったが、敵の妨害がなかったおかげもあって、半日ほどで壁の両側に長さ100メートルほどのスロープが完成した。
100メートルで3メートルの上昇だから、傾斜の角度はわりとゆるい。馬はもちろん、馬車でも通行可能な角度である。
道さえできてしまえば、あとは騎兵の機動力で一気に突破するだけだ。
莫大な労力を投じて作られたのだろう巨大な長城も、一ヶ所に穴が開いてしまえばそれまでなのだ。
俺達が通った後で敵がやってきてスロープを除去するだろうが、俺達は帰る事を想定していないので問題ない。このまま一気にサイダル王国攻略を目指すのだ。
……失敗した時の事を考えると恐ろしいよねこの作戦。逃げ道が完全に無いんだから。まぁ、今までの作戦も全部そうだったけどさ……。
長城を超えた俺達は、サイダル王国の首都オーサルに向けてまっすぐに突き進んでいく。
サイダル王国の防衛は長城に依存する所が大きかったのだろう。国境近くで散発的な抵抗はあったものの騎兵の突破力の前には問題にならず、道中ではほとんどの住民が街壁に守られた都市に避難して門を固く閉ざしており、人影を見かける事もほとんどなかった。
昔から何度もイドラ帝国の襲撃を受けてきた人々の知恵なのだろう。
おかげで俺達は、ほとんど無人の野を行くように進撃できる。
サイダル王国について、『固い殻を破ってしまえば、あとは柔らかい肉が詰まっているのを食い荒らすだけだ』とは元イドラ帝国兵の言葉だが、完全に蛮族でちょっと怖い。
ていうかエイナさん、よくこんな人達を配下に組み入れてちゃんと統率してるよね。
『強い縦社会なので、頭をしっかり押さえておけば簡単ですよ』と言っていたが、絶対簡単じゃないと思う。
まぁそれはともかく、俺達は住民が避難して無人になった村で食料や寝床を拝借したりしながら、都市を避けてサイダル王国内を突き進み、6日後の1月21日にはサイダル王国の首都、オーサルを視界に捕らえる所まで来る事ができた。
早速観測用の気球を上げてみると、首都は高く重厚な壁に囲まれていて、エイナさんによると人口は50万人。
今は周辺の村や小さな街から避難民が流れ込んでいるので、60万から70万人だろうという事だった。
人口はイドラ帝国の帝都の方がはるかに多いが、あそこが平原に広がる巨大な村みたいな感じだったのに対して、こちらは高い街壁に囲まれた巨大都市といった感じである。
街壁の高さは大人4人分ほど。7メートルくらいはありそうだ。
そしてその向こうに広がる大きな街の先に、さらに高い城壁をそなえた王城が見える。
一目見ただけで守りは堅く、攻めるのは難しそうだ。
平地での戦いでは強力な攻撃力を誇る騎兵も、城攻めではあまり役に立たない。
騎兵は障害物に弱いのだ。
だが俺達の軍は騎兵が主力で、歩兵は7000程度。しかも気球やグライダー関係の人員が三分の一ほどを占めている。
とてもまともな攻城戦なんてできるとは思えないが、エイナさんはどうやってこの巨大都市を攻略するつもりなのだろうか?
そんな疑問を抱きながら、俺はその日の夜に開かれた軍議の席で端っこの方に陣取るのであった……。
大陸暦424年1月21日
現時点での大陸統一進捗度 12.5%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領大森林地帯・ファロス王国に密かな影響力・イドラ帝国をファロス王国に併合)
解放されたエルフの総数 44万8377人 ※情報途絶中
内訳 鉱山に30万6251人(森に避難していた人達帰還) 大森林のエルフの村1112ヶ所に13万2318人 リステラ商会で保護中の沼エルフ9808人(内一人は鉱山に滞在して山エルフと情報交換中)
旧マーカム王国回復割合 95% ※情報途絶中
資産 所持金 605億4709万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




