150 帝都へ
大陸暦423年11月4日の朝。イドラ帝国への侵攻作戦が発動された。
兵士達が小船を連ね、人気の少ない所を選んで続々と国境の川を渡っていく。
川沿いには大型の魔物がよく出るそうだが、さすがに2万人の兵士が立てる喧騒を警戒してか、姿を見せなかった。
敵にも発見されていないようで、渡河は順調に進んで昼までには全軍が川を渡りきった。
ここから先、帝都へ向けて突進する部隊は早速陣容を整えて出発する。
国境の砦と川沿いに点在する小さな街や村の攻略は1万の残留部隊に任せ、俺達はとにかく急いで帝都に向かう。
速ければ速いほど敵の虚を突けるというのがエイナさんの方針だ。
……国境を越えて10日目の11月14日。今の所進軍は順調に進んでいる。
エイナさんによると、今頃帝国側では早馬が帝都に情報を届けているくらいだそうだ。馬による伝令が最速の通信手段な世界なので、この辺のタイムラグは大きい。
旧マーカム王国がサイダル王国の侵攻を受けた時も、情報が鉱山に届くまで10日以上かかった。
おかげで対応が遅れて、避難がギリギリになったのを思い出す。
あの時俺を馬の後ろに乗せ、予備の馬を引いて駆けてくれたライナさんのように、今俺達の周りには元イドラ帝国騎兵隊の捕虜達が、歩兵を乗せてもう一頭の馬を引きながら走っている。
彼等の首につけられている奴隷の首輪。エルフの奴隷制を廃したのによくこの短期間に一万個も集められたなと思ってエイナさんに訊いてみたら、なんの事はない、以前に俺が注文した首輪だった。
教会に亜人追放令を出してもらう前。手放すくらいならとエルフ奴隷を殺して首輪を売られるのを防ぐために、1万個を注文しておいて追放令発表前に中古市場に流し、値段を暴落させたのだ。
エルフを追放して需要が激減したので、1万個がほとんどそのまま倉庫に残っていたらしい。
世の中、なにがどこで役に立つか分からないものである……。
帝都への進軍はかなりの強行軍だが、俺達は特別に馬車一台を与えられているので、移動の負担はそれほどでもない。
最初のうちは窓から外を眺め、見渡す限りに広がる草原や荒野の雄大さに感動したりしていたが、さすがに10日間毎日見ていると飽きてきた。
なにしろ行けども行けども同じような風景なので、本当にちゃんと進んでいるのかさえ疑わしくなる事がある。
道沿いには所々、補給所と休憩所を兼ねているのであろう小さな集落があるが、俺達の情報が伝わっているのかどこも無人だった。
当然食料などもなにもない。敵を引き込むのは向こうの常套戦術だけあって、手馴れたものであるようだ。
一方で遊牧民と外周部隊が接触する事があり、交渉してみたら食料として羊200頭を売ってもらえたのだそうだ。
意外な感じがしたが、大草原を自由に旅する遊牧民は国家への帰属意識が希薄なのかもしれない。
相手が誰であろうと、家畜を買ってくれて自分達が必要とする物資を売ってくれるのなら、それでいいようだ。
捕虜になったイドラ帝国兵が多数こちらに協力しているのも、そんな民族性あっての事なのかもしれない。
荒野を進んでいると、北の大山脈から南へ向かって流れる川が数日おきに現れるが、水が少なく浅いので進軍の障害にはならなかった。
川にぶつかるたびに水を補給するのだが、さすがにこの季節になると寒くて水浴びは不可能だ。
妹には出発前、鉱山に戻って待っている事も提案したのだが、やはりというか案の定拒否されてしまったので、お風呂に入れないこの生活も我慢してもらうしかない。
一応、食事を用意する時に鍋一杯のお湯を沸かして体を拭いてはいるけどね。
ちなみに役目を終えたイドラ帝国の捕虜は、川で休憩する時に順次解放している。
川は遊牧民が家畜に水を飲ませにくる所でもあるので、合流が容易なのだそうだ。
そんなこんなで緊張感に乏しい進軍が20日あまりも続いた頃、不意に左前方の外周部隊から、『敵偵察部隊発見』の赤い布が結ばれた凧が上がった。
周囲の兵士たちにも緊張が走るが、事前の計画通りに進軍を止める事はない。
敵主力が現れたらなら別だが、偵察隊ならスルーする方針だ。
果たしてその日はそれ以上の動きはなく。翌日以降もたまに赤い布が上がるだけで、敵主力発見の黒い布が上がる事はなかった。
情報共有のために……というのは名目で、多分お姉ちゃん分補給のために俺達の馬車に来ているエイナさんに、気になっている事を訊いてみる。
「2000人規模の部隊なら攻撃されない可能性が高いって話でしたけど、それがいくつも見つかったら攻撃されるんじゃないですかね?」
事実、敵偵察隊発見の報告は外周のほとんどの部隊から寄せられているのだ。
「全部で10部隊もあると分かったら襲ってくるでしょうね。ですがおそらく、同一の部隊を複数の偵察隊が発見して報告しているだけだと。複数いてもせいぜい2~3部隊だと判断するでしょう。
そのために外周部隊は全て同じ編成にしてあるのですし、こんな目標物のない草原では発見位置を正確に報告できません。それこそ気球でも使って上空から一望しない限り、気付く事はないでしょう」
「ああ、なるほど……」
そしてエイナさんの正しさを証明するように、結局敵の主力部隊が姿を現す事はなく、偵察部隊の接触も次第に減少していった。
おそらく敵の主力は、幻の本隊と補給部隊を求めて後方へと向かったのだろう。
状況は完全にエイナさんの計画通りに進み、国境を越えてからピッタリ30日後の12月4日。一戦も交える事なく、10部隊全てが帝都の郊外で合流を果たした。
ホント、エイナさん怖いわ……。
帝都の郊外に到着した遠征軍は、さっそく土台を組んで気球を上昇させ、周囲にコウセンチョウの糸を張り巡らせて敵襲に備える。
俺もエイナさん達と一緒に、上空から帝都を偵察するべく最初の気球に乗って上昇するのだった……。
大陸暦423年12月4日
現時点での大陸統一進捗度 4.0%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領大森林地帯・ファロス王国に密かな影響力)
解放されたエルフの総数 44万8377人 ※情報途絶中
内訳 鉱山に30万6251人(森に避難していた人達帰還) 大森林のエルフの村1112ヶ所に13万2318人 リステラ商会で保護中の沼エルフ9808人(内一人は鉱山に滞在して山エルフと情報交換中)
旧マーカム王国回復割合 95% ※情報途絶中
資産 所持金 605億4709万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




