146 ニナの武勇伝
久しぶりに鉱山に帰ってきた俺達は、懐かしい仲間達と楽しく夕食を囲んでいた。
妹がどんどん料理を運んでくれ、リンネが新鮮な果実ジュースを搾ってくれる。
薬師さんとヒルセさんの年長コンビは沼エルフさんを巻き込んで、壷からなにかの液体を注いで飲んでいるようだ。
少し顔に赤味が差しているのを見ると、お酒かな? 俺も勧められたけど遠慮しておいた。
妹の料理とリンネが採取してきてくれた食材に舌鼓を打っていると、セレスさんがニヤニヤしながらこちらにやってくる。この人も少しお酒入っているかな?
「聞いてください洋一様、ニナちゃんったら凄かったんですよ」
セレスさんとニナは木工品の生産者と販売者として交流があり、かなり仲がいいらしい。
そのセレスさんの言葉に、果実ジュースを飲んでいたニナが慌てたようにやってくる。
「ちょ、セレスさんやめてくださいよ!」
「照れない照れない、せっかくの武勇伝なんだから聞いてもらおうよ。レナ、ニナちゃん押さえといて」
「りょうか~い、ニナちゃんゴメンね」
こちらもお酒入っているらしいレナさんが、背後からニナに抱きついて動きを止める。その隙にセレスさんが話しはじめた。
「ニナちゃんてば洋一様達が旅立った後、思い詰めた表情でルクレアさんの所を訪ねていくからなにかと思って見にいったら、おもむろに眼帯を外して言ったんですよ。
『せっかく治して頂いたのに申し訳ありませんが、この目をもう一度。二目と見られないような醜い姿に戻してください。私は外見が幼いせいでどうしても大人から侮られてしまいます。相手を威圧できるような迫力が、凄味がほしいのです』ってね」
「…………」
思わずニナを見ると、目を瞑ってうつむいていた。恥ずかしいのか、それとも俺に怒られると思っているのだろうか?
セレスさんの話はさらに続く。
「当然ルクレアさんは『馬鹿な事を言うな! 私は医術師だぞ、傷を治す事が仕事なのだ。傷をつける事などできるものか!』と怒りましたが、ニナちゃんは一歩も引きませんでした。『ご恩を仇で返す真似だとは、重々承知しております。ですが今の私には必要なのです。洋一様に恩義を返すために、私を育ててくれた皆とこの場所を守るためにです』って、それはもう勇ましかったですよ。そもそも怒っているルクレアさんに面と向かって意見できる人なんて、この鉱山に何人もいませんからね」
うん、わかる。怒った時の薬師さん本気で怖いよね、多分俺も無理だわ。
「ルクレアさんはそれでも了承しませんでしたが、結局ニナちゃんが『では自分でやりますから、注意点だけでも教えて頂けませんか?』と言いだしたのでとうとう折れて、『酷い傷痕っぽく見えるけどごく浅い傷』をつける事になったんです。そこはさすがルクレアさんだけあって見事な出来で、知らずに見たレナが悲鳴を上げて腰を抜かしたくらいです」
ニナを抱いているレナさんが、恥ずかしそうに視線をそらす。被害が飛び火した。
「人族の軍人がここにやって来た日。もしニナちゃんになにかしようとしたら助けて逃げようとみんなで隠れて見張っていたんですが、最初はニナちゃんが小さいのを見て侮っていた軍人が、ニナちゃんが仮面を外したとたんに顔色を変えて、最低限の話だけして足早に帰っていきましたよ。その後すぐに傷を治して、以降は仮面をつけて誤魔化していましたけど、大したものです。おかげで軍人達はほとんどここに近寄ろうとしませんでしたよ」
セレスさんはニナをベタ褒めだが、当のニナがうつむいたままなのは照れているのか? それともせっかくの治療を無にしようとした事で、俺に怒られると思っているのだろうか?
もちろん、俺に怒る気なんてない。
あまり無茶はしないでほしいと思うが、ニナが精一杯頑張って。トラウマであろう失われた左目を利用してまでこの鉱山を守ろうとしてくれたのだ。むしろ思いっきり褒めてあげたい。
「ニナ、お疲れ様。そしてありがとう、よくやってくれた。でもあんまり無茶はしちゃダメだぞ」
そう言って、レナさんに抱かれたままのニナの頭をなでてやる。
「洋一様……」
やはり怒られると思っていたのか、一瞬驚いた表情を見せたニナだったが、すぐに目を潤ませて頭を下げる。
「お役に立てたのなら。恩義に少しでも報いられたのならこの上もない幸福です……」
言葉はとても13歳とは思えないが、レナさんの手を離れてこちらに寄ってきたので抱きしめてやると、俺の胸に顔を埋めて泣きはじめた。その姿は年相応に子供らしい。
……本当にいい子に育ってくれた。親代わりとして感無量だ。
周りではセレスさんやレナさんはじめ、他のエルフさん達も温かい目で、母親のように優しくニナを見守っている。
まるで優しい母親が大勢いるみたいだ。なるほどこんな環境なら、歪んで育つ方が難しいだろう。
エルフさん達がみんな心配になるくらい優しい性格をしているのも、生来の性質もあるのだろうが、こんな環境で育つからかもしれないな。
しばらくして泣きやんだニナに、妹からがんばりを讃えて特製ケーキが贈られる。
ニナはそれを照れくさそうに受け取ると、一口食べて満面の笑みを浮かべた。うん、やっぱりニナは笑っている時が一番かわいいな。
それからも日が落ちるまで宴は続き、俺は久しぶりに心の底から沢山笑う事ができた。
妹も料理を終えて合流し、俺と並んで座った間にニナを置いて、楽しそうにしている。
この穏やかで幸せな時間が永遠に続けばいいのになと思うが、現実はまだそれを許してくれない。
明日には鉱山を発ってエイナさん達と合流し、数日後には新たな戦争が始まるのだ。
まだまだこの先幾多の苦難に見舞われる事になるのだろうが、いつか今日のように穏やかな時間が永遠に続く日々を勝ち取るために、俺は目前に迫った戦いに向けて決意を新たにするのであった……。
大陸暦423年10月28日
現時点での大陸統一進捗度 4.0%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領大森林地帯・ファロス王国に密かな影響力)
解放されたエルフの総数 44万8377人
内訳 鉱山に29万9077人(25万人は森に避難中) 大森林のエルフの村1112ヶ所に13万2318人 鉱山に移送中の山エルフ7174人 リステラ商会で保護中の沼エルフ9808人(鉱山に同行の一人を含む)
旧マーカム王国回復割合 95%(南東部の一部を残すのみ)
資産 所持金 605億4709万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




