145 我が家への帰還
北部では寒さが厳しくなりつつある10月の28日。俺達は懐かしい鉱山への道を進んでいた。
最後に鉱山を出たのが7月8日だから、実に110日ぶりになる。
あの時は夏の盛りだったのが、今はもう冬の入り口だ。
それでも、思っていたよりはずっと早く帰ってくることができた。
護衛についてくれた部隊はイドラ帝国との国境へ向かうそうなので、鉱山の手前で別れ、俺達は馬車一台で鉱山への山道を登っていく。
前に来た時はここでイドラ帝国の騎兵隊を発見し、さっき通ってきた道で命がけの追い駆けっこをしたものだ。
懐かしいなと思って馬車の幌をめくって外を見ると、小さく『ひっ』と声が上がった。
声の主は、水色の髪に褐色の肌をした沼エルフさん。
一万人近くを保護した中から読み書きができる人を探してもらい、俺が鑑定をかけて、一番年長の人に代表としてついてきてもらったのだ。
ちなみにその時の結果は
カナンガ エルフ 216歳 スキル:弓術Lv8 採取Lv6 状態:脅え 地位:解放奴隷
だった。
216歳といっても、外見は人間で言えば20歳くらいの若いお姉さん。褐色の肌がなんか俺が苦手なタイプの、常時テンション高い系のお姉さんを連想させてちょっと身構えてしまったが。話してみるとリンネ達山エルフと同じく、極めて温厚で大人しい人だった。
話を聞いた所、捕まって奴隷にされる前は一年中夏のような気温の大湿地帯で魚や貝、水鳥や動物などを狩り、食べられる水草や半水生の植物の実を採取して暮らしていたらしい。
半水生の植物の中には稲っぽい物もあったので、将来的にはぜひとも大規模に仕入れたいものだ。
泳ぐのが得意で10分以上水に潜って行動できる一方、南部の大湿地帯は一年中温かいので寒さが苦手らしく、今は厚着をして毛布を羽織ってもらっているのだが、それでも長い耳の先が赤くなっている。
幌をめくって入ってきた冷たい風に身を縮めているのを見ると、雪の中でも平気な山エルフとはずいぶん違うらしい。
慌てて幌を降ろすと、操縦席からライナさんの声が聞こえてきた。
「洋一様、お迎えが来たようですよ」
扉をくぐって操縦席に出てみると、ライナさんが左前方。大きな木の中ほどを指差してくれた……のだが、俺にはなにも見えなかった。
しばらくしてライナさんが馬車を止めると、道の脇の茂みからヒョコっと、長い耳をした金髪の少女。リンネが姿を現した。
「洋一様、お帰りなさいませ!」
リンネはどこで覚えたのか、騎士がやるように片膝をついて頭を下げる。すごく絵になっていてカッコイイ。
「リンネ、元気そうで良かった。 鉱山は無事だったと聞いてるけど、みんなも元気にしてる?」
「はい。ニナ様のご活躍によって人族の進入を許す事もなく、全員息災で、洋一様の帰りをお待ちしております」
おお、詳細までは聞いてなかったけど、ニナ頑張ってくれたんだ。
嬉しそうな笑顔を見せるリンネを馬車に乗せ、改めて鉱山への道を登っていく。
リンネは馬車の中で水色の髪と褐色の肌をしたエルフさんを見て、ちょっと驚いた様子だった。俺が説明と紹介をすると『なるほど、噂に聞く沼エルフですか……』と納得したようで、興味深そうに相手を観察していた。
一方の沼エルフさんも、リンネを見て同じ反応である。
元々住んでいる地域が遠く離れているので、お互い存在は知っていても交流はないらしい。
ぎこちない様子であいさつと自己紹介をし、言葉を交わす二人をほほえましく見守っている間に、馬車は鉱山に到着して門をくぐったようだった。
操縦席に顔を出すと、懐かしいみんなが勢揃いで出迎えてくれている。
リンネと妹のレンネさんの二人で道を張っていて、俺達の馬車を見つけると、レンネさんが連絡に走ってくれたらしい。
ニナ、薬師さん、レナさん、セレスさん、ヒルセさん、レンネさん……他に顔見知りのエルフさん達も、大勢が俺達の帰還を喜んで迎えてくれている。
ああ、我が家に帰ってきたんだなと。思わずそんな気にさせられた……。
ひとしきりお互いの無事を喜び合った後、まずは必要な情報を交換する。
戦争に勝利し、食料は年内に調達可能見込みである事。イドラ帝国軍で使われていた山エルフさん7000人ほどが近く移送されてくる事。これからイドラ帝国と、続いてサイダル王国と新たに戦争をする事。戦争の経過次第ではさらに多くのエルフさん達が送られてくる事。もし戦争に勝てたら、イドラ帝国領の大森林も利用可能になる事。
それらを説明して対応をお願いする一方、可能な範囲で高性能馬車の量産、熱気球の燃料となる油の生産、投下用油壺に入れる油の生産、気球とグライダーの修理に使うビニール状樹皮と、細く加工した木材の調達、医薬品の供給もお願いする。
王国南西部にある旧大公領と、これから戦争になる王国北東部からイドラ帝国にかけては遠く離れているので、補給品を近くで調達できるとすごくありがたいのだ。
生産可能な予想量を聞き、詳細の打ち合わせを済ませる。
新たに大勢のエルフさんを救出できるかもしれないと聞き、特に薬師さんは目を輝かせて、大量の油と医薬品の供給を約束してくれた。
送られてくるエルフさんへの対応もあるんだから、また無理をしないようにリンネとヒルセさんに見張りをお願いしておく。
とはいえ、薬師さんが頑張ってくれるのは補給の事を考えるとすごくありがたい。
必要な話が終わると、あとは食事でもしながらゆっくりと留守中の話を聞く団欒タイムだ。
話の途中から姿を消していた妹が、早速一品目の料理を運んできてくれる。
リンネもこの日に備えて森で採ってきたという、大量の木の実やドライフルーツを持ってきてくれた。
一人だけの沼エルフさんも、遠慮がちにではあるが団欒の輪に入っている。
今は戦争の事を忘れて、仲間達と楽しく過ごすのだ。いつかきっと、こんな日が永遠に続く事を夢に見ながら……。
大陸暦423年10月28日
現時点での大陸統一進捗度 4.0%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領大森林地帯・ファロス王国に密かな影響力)
解放されたエルフの総数 44万8377人
内訳 鉱山に29万9077人(25万人は森に避難中) 大森林のエルフの村1112ヶ所に13万2318人 鉱山に移送中の山エルフ7174人 リステラ商会で保護中の沼エルフ9808人(鉱山に同行の一人を含む)
旧マーカム王国回復割合 95%(南東部の一部を残すのみ)
資産 所持金 605億4709万(-106万)
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




