144 戦勝と新たな問題
イドラ帝国軍を撃破した戦いから5日後の、10月18日。
王都へ逃げ込んだ敵の指揮官はわずかな兵と共にイドラ帝国へ向けて逃亡し、俺達は戦う事なく王都へ入城を果たす事ができていた。
王都へ入城した日。メインストリートは解放を喜ぶ住民達であふれ、口々にファロス大公を讃える歓呼の言葉を叫んでいる。
大公は王城に入り、戦いの勝利と同時に新しい国、ファロス王国の建国を宣言した。
北部や西部ではわずかに残っていたイドラ帝国の駐留部隊が次々と降伏し、南部では大公家の従属領主達がサイダル王国軍残党の追撃を続けている。
冒険者ギルドのエリスさんも無事で元気な姿を見せてくれ、新王国の冒険者ギルド長に任命されて、占領中は解体されていたギルドを復活させるのだと張り切っていた。
イドラ帝国軍侵攻直前に出した俺の警告が役に立ったらしく、ギルドの資金と資料の隠匿に成功したそうで、燃えてしまった郊外支部はともかく、組織自体は早期に復活できそうらしい。役に立ったようでなによりだ。
リステラさんも早速商売の再建に取りかかっているし、俺達の王都の家も、多少汚れたくらいで無事だった。
妹が張り切って掃除をし、今ではすっかり元通りである。
本当はすぐにでも鉱山に駆けつけたかったが、イドラ帝国との国境に近い北東部はまだ治安が不安定だし、なにより食料調達の段取りをつけないといけない。
とりあえず伝令を送ってみんなの無事を確認する事ができたので、なにはともあれ一安心だ。
そんな全てが順調に見える中、深刻な表情をしたエイナさんに話があると言われて時間をとったのは、10月25日の事だった……。
俺と妹、ライナさんとエイナさん姉妹が、久しぶりに王都の家に勢揃いする。
エイナさんは新王国の財務大臣に就任してかなり忙しそうだったのに、わざわざここまで来るとはよほどの事だろうか?
ちなみにエイナさん、本当は『宰相に』と乞われたのだが、それだけはと全力で断っていた。
あまりに普段の様子と違うので、その場にいた俺達以外が酷く困惑していたのを思い出す。
ライナさんに怒られた時のトラウマ、まだ治ってないんだね……。
それはともかく、久しぶりに全員が揃ったのだからと妹が腕を振るってくれた夕食を食べ、お茶が配られた所で、エイナさんが話を切り出す。
「洋一様。私は明日にでも、ファロス国王陛下に対してイドラ帝国ならびにサイダル王国への逆侵攻を提案しようと考えているのですが、ご賛同頂けますか?」
「え……」
エイナさんの口から出たのは、衝撃的な言葉だった。
せっかく攻めてきた敵を撃退したというのに、さらに戦争を続けようと言うのだ。
正直、あまり賛同できる話ではない。
俺の表情を見て取ったのか、エイナさんは話の詳細を語りはじめる。
「侵攻してきた敵軍は撃退しましたが、イドラ帝国サイダル王国共にいまだ健在です。イドラ帝国とは旧マーカム王国時代から犬猿の仲ですし、サイダル王国とも今回の事で敵対関係になりました。今は和平を求めれば両国とも応じてくるでしょうが、それは長くは続かないでしょう」
「それは……外交交渉でなんとかできるんじゃないですか?」
「……洋一様は変な所で楽観的ですね。戦争とは相手あっての事。たとえこちらがどんなに譲歩をして平和を望んだ所で、相手が戦争を望んだらどうあっても避け得ない物です。仮に属国になると申し出たとしても、相手がより直接的な支配を望んだり、それこそ『先の戦争の屈辱を晴らすのだ!』とでも言い出したら攻撃を受けるでしょう。先の戦のおり、大公領に迫ってきたイドラ帝国軍が、無条件での降伏を迫ってきた事をお忘れですか?」
「……それなら、以前のようにサイダル王国と同盟を結んでイドラ帝国と対峙するとか?」
「今となっては難しいですね。元南東部の貴族達は、多くが再びサイダル王国へ逃げたようです。加えて、我々は圧倒的に高い軍事力を見せてしまった。むしろ我々をより大きな脅威とみなし、イドラ帝国と組んで攻撃してこようとするでしょう」
「…………」
「洋一様、今なら両国の主力軍は壊滅しています。加えて、熱気球とグライダーという装備もあり、我々が圧倒的に優勢です。一方で、情報は秘匿すると言っても限度があります。数年もすればイドラ帝国もサイダル王国も我々と同じ装備を揃え、我々に数倍する兵力でもって雪辱を果たさんと迫ってくるでしょう。人口をはじめとした国力では、我々は敵に劣ります。洋一様は、その時に再び敵軍を退ける秘策をお持ちですか?」
秘策……出せと言われたら、火薬と銃と大砲だろうか? でもそんなものを教えたくはない。
「……おや、なにかありそうですね?」
うわ、エイナさん鋭いな。
「いえ、なにもありませんよ。それより今の話だと、このままではいずれ攻め滅ぼされるから、こちらが有利なうちに先に相手を攻め滅ぼそうという事ですか?」
「平たく言えばそうですね。今を逃せば、もう機会はないでしょう。洋一様がまた新たな知識を提供してくださるなら、話は別ですが」
なんかやたら興味深そうなエイナさんの視線。それを誤魔化すように言葉を発する。
「エイナさん、一つ質問をいいですか?」
「どうぞ」
「さきほど『明日にでも国王陛下に提案しようと思っている』と言いましたが、どうして国王陛下よりも先に、俺に話をしてくれたのですか?」
「それは、もし洋一様が反対なさったらその時点で計画を中止にするつもりだからです。私は他人の腹の内を読むのは得意なつもりですが、いまだに洋一様の真意を。果たそうとしておられる望みを量りかねているのです。もし洋一様がこの計画に反対なさるなら、将来的にこの国が必要ないとお考えなら、私としてもこの国の存続にこだわる理由はありません」
「え、どうしてですか? エイナさんは新王国の財務大臣ですし、2年後にファロス国王が引退したら、次期国王の筆頭候補じゃないですか?」
「私としては、洋一様が不要と判断している国の王などやりたくはありませんね。完全な貧乏くじではありませんか」
……ん? なんかエイナさんの中で俺の評価がおかしな事になってないか?
たしかに俺の理想にこの国は必要ないけど、それは俺が妹と一緒に安全な森の奥で暮らしたいからであって、存在を否定している訳ではない。むしろエイナさんが国王ならありがたいと思っているくらいだ。
「あの、エイナさんなんか俺の事誤解してませんかね?」
「先ほども申し上げましたが、私は洋一様の真意を量りかねているのです。真意がわからない以上、誤解かどうかも判断いたしかねます」
「いや、そうじゃなくて。俺はそんな、エイナさんに警戒されるような大した人間じゃないですよ?」
「…………」
あれ? エイナさんがめったに見ない表情をして黙り込んでしまった?
「……洋一様はその類の嫌味を言う方ではないと認識しておりますので、もしかして本心で言っておられますか? 他の者はともかく、私は先の戦いで勝利に最大の貢献をした熱気球と、グライダーの知識を提供したのが誰であったかを。イドラ帝国騎兵隊を完膚なきまでに破った防戦の要となる知識を提供したのが誰であったのかを知っています。
表に出ていないだけで先の戦争の第一功労者は洋一様ですし、洋一様なくしてこの勝利は得られていません。本来なら、新王国で望みの地位を与えられてしかるべき功績です。しかも、まだなにか切り札をお持ちのご様子。そんな存在を気にかけないほど私が無能だと思われているなら、いささか心外ですね」
……マジか。
俺も、エイナさんがこの手の冗談を言わない人だと知っている。
よく考えたらかなり目立つ事をしてたんだな……エイナさんに代理人になってもらっていてよかったよ。
……でもそうなると、ここでエイナさんの計画に乗らないのはまずい気がする。
無用の疑念を深めてしまうし、そもそもこの国の北部がイドラ帝国に占領されてしまったら、大森林での行動もやりにくくなるだろう。鉱山への食料調達にも支障をきたす。
それに、エルフ全ての解放を実現するためにはいずれ隣国にも勢力を伸ばさないといけない訳で、それがファロス国王による統治であれば最高にやりやすくもある。
新たに保護した沼エルフさん達の住む場所として、サイダル王国の東部にある大湿地帯へのアクセスも欲しい所だ。
「……わかりました。イドラ帝国とサイダル王国への逆侵攻、エイナさんの計画に賛同します……やっぱり俺も同行した方がいいですよね?」
「そうしていただけると大変ありがたいです」
俺が同行するって事はライナさんも同行するって事だから、そりゃエイナさんは嬉しいだろうな。
「いつ頃から行動開始の予定ですか?」
「明日には国王陛下に話をして、早い方がいいでしょうから出立は三日後。それから五日後にイドラ帝国との国境を越える予定で考えております」
ホントに早いな。
とはいえ、敵に回復の時間を与えないという意味では早い方がいいのはわかる。
行き先が北東方面という事で、俺達は一旦鉱山に寄った後、国境付近で現地集合という事になった。
新しい戦いが、始まろうとしている……。
大陸暦423年10月25日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人→25万人を森に避難中)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
※鉱山とパークレン子爵領(大森林)の状況は不明なので、当面更新なし
旧マーカム王国回復割合 89%(南西部・ファロス大公領とその周辺貴族領+サイダル王国軍撃破+南部を中心に解放地域拡大中+イドラ帝国軍撃破+北部と西部の大部分解放)
資産 所持金 605億4815万(-26万)
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




