142 騎兵を殺す罠
イドラ帝国の騎兵隊と戦うための策について、俺の書いたメモを一読したエイナさんはしばらく考え込み、やがて力強く言葉を発する。
「大公閣下、旧王都に攻撃を加えましょう」
「……本気か? 下手に攻城戦をはじめれば我々は動きを拘束される事になる。騎兵隊に狙ってくれと言わんばかりじゃぞ」
「はい。ですが元より、機動力では騎兵には敵いません。であれば、我々の想定した形での戦闘に持ち込むためには、敵の攻撃を誘い込むしかないと考えます」
「……詳しく聞こう」
「まずはこちらに有利な、敵を誘い込みたい場所を定めて、そこから気球を上げます。絶え間なく常に滞空しているように。旧王都内の敵からよく見えるようにです」
「――囮か」
「はい。ですが実際にこの気球からグライダーを発進させもします。数は多くなくてもいいですが、断続的に。旧王都でも特に王城を狙って攻撃を加えます。敵の司令部はまず間違いなく王城に置かれているでしょうから、そこを狙って威圧するようにです」
「ふむ……だがそれだと、騎兵隊より先に王都内の歩兵が攻めてくるのではないか?」
「その兆候が見られたら、風上から大型気球を多数投入してありったけの油壺を旧王都内に叩き込みます。大火を起こせば敵は少なくない損害を受け、出撃どころではなくなるでしょう」
「……エイナよ、王都はお主が長年暮らした場所であろう? 友人……がおるかどうかは知らんが、親しい人間も多いのではないか?」
あ、大公まだエイナさんに親友がいるって話疑ってるのね。気持ちはわかるよ、うん。
「私の知る限り、旧王都はここ200年で3度大火に見舞われています。4度目が起きても復興は可能ですし、親しい人間なら、我々がこの戦いに敗れた場合にこそ多くを失うと危惧しております」
「……優先順位、という事か」
「はい。それに、歩兵部隊が単独で出撃してくる可能性は高くないと考えます。8万のサイダル王国軍がわずか半日で壊走したという情報は向こうも掴んでいるはず。その相手に5万の兵で挑もうとは、まともな指揮官なら考えないでしょう。まず間違いなく、騎兵との同時攻撃を選択するはずです」
「……よかろう、それで肝心の騎兵隊にはどう対応する? 王都内の歩兵も同時に攻撃してくるのであろう?」
「まず、歩兵については別の場所に陣取った本隊からグライダー部隊を出して攻撃をかけ、可能な限り進撃を遅らせます。騎兵隊はそのまま気球の下まで突入させましょう。そこに誘い込むのが目的なのですから。
地上の要員は敵が来る前に気球に乗って上昇してしまえば、騎兵隊が突入した場所はもぬけの殻です。望ましくはないですが、最悪歩兵と同時に突入を許してしまっても問題ない。矢の届かない高度にいる限り敵は手の出しようがないのですから、なんなら上から油壺でも落としてやりましょう。
気球を地上と繋ぐ縄を引っ張って引き摺り下ろそうとしてくるかもしれませんが、その時はこちらから縄を切って、風任せで逃亡を図るまでです。その間にこちらが有利な地形に引き込んだ敵を、地上軍を使って攻撃します」
「ううむ……案としては悪くないと思うが、いくら有利な地形に引き込んだからといって、騎兵3万を2万の兵で討つのは厳しいぞ。体勢を立て直されたら逃亡を許すのはもちろん、逆襲も受けかねん」
「そうでしょうね。ですから罠を張ります」
「罠とな?」
「幸いな事に、いま我々の手元にはサイダル王国軍から鹵獲した槍が大量にあります。これを斜めに地面に立てて障害物とし、騎兵の動きを阻害するのです。併せて地面に丈夫な杭を打ち込んで縄を張り、馬の足を取って転倒させます。槍はおびき出した敵を囲うように、縄は敵の予想進路上に設置するのが効果的だと思いますが、いかがでしょうか?」
エイナさんは大公と、将軍や参謀達に判断を仰ぐように言う。
将軍達はしばらくあれこれ話し合っていたが、最終的にエイナさんの案を多少修正して採用する事に決まったようだ。
「ありがとうございます。ではまず、騎兵をおびき寄せる場所の選定ですね。これは従来の軍学知識に長けた皆様にお願いしたいと思います」
エイナさんにお願いされて、将軍や参謀達は俄然やる気を出したようで、張り切って場所の選定に取りかかる。
今までの戦いがほとんどエイナさんの独壇場だったから、ようやく出番が回ってきて嬉しいんだろうな。
俺も一応、気球から周囲を見渡してみる。
王都の周りには畑が広がっていて、その外側は一面の草原だ。各地へと伸びる道が数本と、細い川が一本、緑の中をミミズのようにくねくねと流れている。
もう朝晩は少し寒いくらいの気温なのに、草はあまり枯れていないようだ。枯れていたら火計ができたのに……と、そんな事を思いついた。
そういえば俺達がこの世界に飛ばされてきたのも、ちょうどこんな季節だった気がする。正確には分からないけど、草が少し枯れはじめていた記憶があるので、もうちょっと後くらいだろうか?
あれは……あの辺りかな? 懐かしいなぁ……。
俺がすっかり目的を忘れて感傷に浸っている間に、場所の選定は終了したらしい。
王都から西へ20キロほど離れた場所。
小川が湾曲していて、湿地というほどではないが、ちょっとした窪地になっている。
北から東、南にかけては湾曲した小川なので、王都方向から見れば小川を防壁にしようとしているように見えるし、騎兵隊が小川を避けるなら進入方向が特定しやすくなる。いい場所だ。
早速地上からも確認するべく参謀二人が派遣され、気球をはじめとした物資の搬送も始まった。
俺達はその南に構えられた本陣に陣取る事になる。
こちらは気球を上げたりせず、炊事の煙も目立たないように気を使う。
……この世界に飛ばされてきた日の事を思い出すが、この世界は地球より星が小さいらしく地平線までの距離が短いので、数キロメートルも離れたらお互いの姿は地平線の影に隠れて見えなくなってしまう。
王都の街壁の上からでも囮地点は見えないだろうし、本陣までも十分に距離をとった。
囮地点の気球が思いっきり目立っているので敵はあそこが本陣だと思うだろうが、一応念の為、周囲に警戒の兵士も配置する。
エイナさんの分析によると、俺達とサイダル王国軍との戦いに介入してこなかったという事は、その時点では騎兵を呼び戻せていなかったという事なので、慌てて呼んでもあと数日は余裕があるそうだ。
その間に、できる限りの準備を進めていく。
次の一戦が、今回の戦いの勝敗を決める天王山になるのだ……。
大陸暦423年10月7日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人→25万人を森に避難中)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
※鉱山とパークレン子爵領(大森林)の状況は不明なので、当面更新なし
旧マーカム王国回復割合 28%(南西部・ファロス大公領とその周辺貴族領+サイダル王国軍撃破+南部を中心に解放地域拡大中+主力は王都南方に到達)
資産 所持金 605億4841万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




