141 存在のわからない敵
サイダル王国軍敗残兵の掃討と捕縛を周辺領主達の軍に任せ、大公軍の主力2万は王都の郊外に迫っていた。
北部ではそろそろ風が冷たく感じられる、10月7日の事である。
「……酷いですね」
そうポツリとつぶやいたのは、ライナさんだ。
偵察用の気球から見下ろす王都の郊外は、一面の廃墟になってしまっている。
雑然としながらも活気のあった街が、今はもう跡形もない。
リンネと出会った宿屋も、ライナさんを紹介された冒険者ギルド王都郊外支部も。どこにあったのかも分からないくらいの、焼け野原になってしまっていた。
情報としては聞いていたが、実際目の当たりにするとかなりのショックだ。
リンネの元主人……はわりとどうでもいいけど、冒険者ギルドのエリスさん達は無事だろうか?
イドラ帝国軍が襲ってくる前、ギリギリのタイミングで情報を伝えたけど、あのわずかな時間を有効に使ってくれていたらいいなと、祈らずにはいられない。
視線を動かしていくと、幸いと言うべきか街壁の中は比較的被害が少なかったようで、一部焼けたりしている所はあるが、俺達が住んでいた家も、リステラ商会の店舗も、エイナさんが実質取り仕切っていた十日熱の薬を売る薬店も、遠目で見る限りでは無事のようだった。
もっとも、中がどうなっているかは分からない。
かなり酷い略奪があったそうだし、良い建物は軒並みイドラ帝国軍に接収されて、兵士の宿舎などになっているという情報だ。
俺達が暗い表情で王都を見つめる中、一人エイナさんだけが、あらぬ方向に視線を動かしているのに気付く。
「……敵騎兵隊の姿は見えませんね」
――そうだ、イドラ帝国軍の本隊である歩兵5万は旧王都の中だが、騎兵3万は王都の外にいるはずだ。
イドラ帝国軍の騎兵隊は大陸最強と謳われているそうで、機動力と攻撃力が非常に高い。ある意味、本隊よりずっと警戒するべき相手なのだ。
大公も難しい表情で考え込む。
「当初の計画では我々が南からサイダル王国軍を攻めている所を北から襲わせ、混乱状態の所をまとめて撃破する予定であったが、サイダル王国軍を破るのが早過ぎたのう……」
「はい。我々とサイダル王国軍が戦っていると知れば、イドラ帝国軍はより大きな脅威と認識しているであろうサイダル王国軍に対して騎兵隊を差し向けたでしょう。我々が軍を起こすという情報は密かに流してあったので、騎兵隊を戻す時間は十分にあったはずなのですが……我々がサイダル王国軍の分遣隊を破って本隊に迫る程度の戦力もないと、侮っていたのでしょうね」
「それについては腹を立てる気もないが、とにかく問題は敵騎兵隊の位置じゃ。王都内に潜ませている者達の報告によると、街壁内にいるのは歩兵ばかりであるらしい。外にいるのは間違いないが、所在不明ではおちおち城攻めもできんぞ」
大公の言葉に、周囲の将軍や参謀達も難しい表情を浮かべる。
ややあって参謀長さんが口を開いた。
「もしも攻城戦中に腹背を襲われたり、王都内の歩兵と挟み撃ちにされたりしたら壊滅は必至です。かといって、短期間に王都を攻略できる見込みもない。ここは一旦引く事も考えるべきではないかと……」
参謀長の発言に異論を唱える人はなく、重苦しい沈黙が漂いはじめた所で、エイナさんが口を開いた。
「そもそもの話として、一旦引けば我々は騎兵3万の攻撃に対応できるのでしょうか? 常に機先を制し、主導権を握った状態でないと戦えないのではありませんか?」
「それは……」
……なんか沈黙がさらに重くなった。
今まで怖いくらいに順調だったけど、ここにきて難問発生だ。
気球で高空に上がれば広い範囲を索敵できるけど、広いといってもせいぜい数十キロだ。しかも昼間に限られる。
騎兵の速度を考えれば、敵発見からの猶予は数時間。夜襲を受けたらどうしようもない。
所在不明の騎兵隊、これは厄介な問題だ……。
と、エイナさんがじっとこちらに視線を向けているのに気付く。
これはあれだ。明らかに、俺になにかアイディアはないかと訊いている。
わりと無茶振りだと思うのだが、俺としても負けるのはもちろん、決着が遅くなるだけでも困るのは確かだ。なのでなにか策はないかと、全力で記憶を辿ってみる。
……騎兵隊を討ち破る方法……長篠の合戦か? でもダメだ、鉄砲がない。
色々知識を掘り返してみるが、元が中学生レベルな上に、よく考えたら俺は騎兵の事をよく知らない。
この状況でエイナさんに訊くのは難しいので、小声でライナさんに訊ねてみる。
ライナさんは馬に詳しいし、俺よりは戦術の知識もあるはずだ。
「ライナさん、騎兵隊の弱点ってなにかないんですか?」
「弱点ですか? そうですね……足を封じる事でしょうか。機動力と突撃力を奪ってしまえば、騎兵はただの軽装歩兵と変わりません。湿地帯に誘い込む事で壊滅させた戦例があったと記憶します」
「なるほど、ありがとうございます」
足か……たしかに馬は湿地に弱そうだが、今俺達がいる場所は辺り一面平原で、湿地帯は見当たらない。
一応細い川が流れてはいるが、堀に使うのにも頼りないレベル。この季節の王国北部は空気が乾いていて、大雨も期待できない。
…………いやまてよ。たしか長篠の合戦では、鉄砲と同時に馬防柵が活躍したんだっけ?
馬防柵……サイダル王国軍がイドラ帝国軍の騎兵隊を迎え撃とうとして採った戦術が方陣だった事を考えると、この世界ではあまりない考え方なのかもしれない。
柵とはちょっと違うが、サイダル王国軍が壊走に当たって捨てていった槍が沢山あるので、あれを斜めにして地面に埋めれば、ある程度騎兵の突撃を防げるのではないだろうか?
もしくは、地面に丈夫な杭を打って馬の足が引っかかる高さにロープを張るとかなら、短時間で広範囲をカバーできると思う。幸いこの軍には気球を運用する都合上、ロープが沢山用意されている。
辺りには膝丈の草が茂っていて、俺と妹がこの世界に飛ばされてきた時を思い出す光景が広がっているが、この草丈に合わせればロープも目立たなくなる気がする。
あまり大きくないとはいえ川も流れているし、地形を上手く使えば短時間で防御陣地を作れる可能性はあると思う。
それがどれだけ有用で、どう作るのが効果的なのか。
そこまでいくと俺にはわからないから、専門家と頭のいい人に任せよう。
よし。
俺はライナさんの陰に隠れて作戦内容を紙に走り書きし、ライナさんに頼んでエイナさんに渡してもらう。
さて、エイナさんの評価はどうだろうか……。
大陸暦423年10月7日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人→25万人を森に避難中)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
※鉱山とパークレン子爵領(大森林)の状況は不明なので、当面更新なし
旧マーカム王国回復割合 28%(南西部・ファロス大公領とその周辺貴族領+サイダル王国軍撃破+南部を中心に解放地域拡大中+主力は旧王都南方に到達)
資産 所持金 605億4841万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)




