136 ライナさんの心と俺の心
エイナさんから王になる事を打診された翌日。
エイナさんは戦いの準備に忙しく走り回っているので、俺と妹、ライナさんだけで朝食をとる。
俺は寝不足の目をこすりながらパンに手を伸ばし、改めて昨日の事を考えていた。
あの様子だと、エイナさんは絶対に諦めていない。
譲れない一点が『国王の妻になる事』ではなく『お姉ちゃんと同じ相手の妻になる事』なので、必ずしも俺を国王にする事にはこだわらないだろうが、昨夜色々考えてみた所、俺とエイナさんが結婚する理由として『国王と有力貴族の政略結婚』というのはとても便利なカードになる。
普通に考えれば、エイナさんが俺に好意を持っているという設定で結婚しようとした場合、ライナさんは絶対に気を遣って遠慮してしまうだろう。
先に俺とライナさんとの婚姻関係を成立させていても、同じ事だ。
だがそれでは、ライナさんに普通の夫婦としての幸せを掴んで欲しいというエイナさんの願いに反してしまう。
その点、俺とエイナさんとは形だけの政略結婚であり、エイナさんが本当に好きな人は別にいるという設定にすれば、ライナさんに気を遣わせる事もない。
エイナさんが本当に好きな人はお姉ちゃんな訳だが、それを隠したまま、お姉ちゃんと同じ相手と結婚してずっと一緒にいるという野望を叶える事ができる訳だ。
さすがエイナさんというべきか、実によく考えられた計画だ。
ダシに使われるのが一国の王座というのが、なんとも言えないけど……。
というかエイナさん、いま戦い前の大事な時期なのに、こんな計画を立てている場合なのだろうか?
…………まさかとは思うけど、この計画のために王国を滅ぼした訳じゃないよな?
さすがにそこまでの事はないと思うが、下手にエイナさんの事を知っているだけに完全に否定する事もできず、昨夜はベッドの中で散々思い悩まされた。
考え込む俺を気遣ってか、妹が『お兄ちゃんの好きなように決めたらいいよ。私はどうなってもお兄ちゃんの味方だし、なにがあってもずっと一緒にいるからね』と言ってくれて、こっちはこっちで心配になってさらに悩みが深まったが、とりあえず目下の問題はエイナさんだ。
妹が早起きして調理を手伝ったという肉の香草焼きを食べながら、正面に座るライナさんをチラリと見る。
ライナさんはいつも通りピンと背筋を伸ばしたきれいな姿勢で、行儀よくスープを口に運んでいた。
流れるような赤銅色の髪に、凛々しい系の整った目鼻立ち。元の世界なら宝塚のスターとして、男女問わず大人気になったんじゃないだろうか?
正直結婚相手として見れば、俺なんかにはもったいない人だと思う。
美人だし、スタイルもいいし、性格もいいし、強い。そして、エルフさん達にも公平に接してくれる貴重な人材でもある。
……本当に俺なんかに好意を持ってくれているのだろうか?
他ならぬエイナさん情報。それもお姉ちゃんに関わる事なので間違っているとは思えないけど、こうしてみると自信がなくなってしまう。
「……洋一様、どうかなさいましたか?」
「え――あ、いやいや。なんでもないよ」
危ない危ない、思わずライナさんをじっと見つめてしまっていた。変に思われたかな?
……直接訊くのはためらわれるので、まずは外周から様子を探ってみよう。
「ねえライナさん。ライナさんはなにか夢とかってあったりします?」
「夢ですか?」
「はい」
「そうですね……」
ライナさんは『カタン』とかすかな音を立ててスプーンを置き、遠くを見るようにして考え込む。こんな姿も絵になるなぁ……。
「少し前までは、妹を一人前の立派な大人に育て上げる事が夢でした。ですがエイナはもう独り立ちして私の手を離れましたから、今はそのためにご助力を賜った洋一様に恩を返す事が夢ですね」
いやいやいや、妹さん全然独り立ちしてませんよ! お姉ちゃんと一ヶ月会えなかったら禁断症状起こすし、今だってずっと一緒にいるために絶賛暗躍中ですよ!
手を離れるどころか、一生離れない気満々ですよあの人!
思わずツッコミが声に出そうになったが、ギリギリ飲み込んで平静を装う。
「ほ、他にはなにかありませんか? こんな事したいとか、こうなりたいとか、こんな人生を送りたいとか」
「そうですね……良心に恥じる所がないように、誠実に生きる事ができたらいいなと思っております。いつか生涯を終えた時、天国の両親の前で胸を張って自分はこう生きたのだと報告できたら、それに勝る喜びはありませんね」
おおう……まぶしい。後光が射して見える、天使かなこの人?
ライナさんはこれを本気で言っているのが凄い。瞳に一点の曇りもないもん。
そりゃエイナさんも懐きますわ、俺も本気で惚れてしまいそうになる。
「結婚したいとか、子供が欲しいとかの希望はあったりします?」
「それは……ないと言えば嘘になりますが、大恩ある洋一様に恩を返す事と両立はできませんから。今はただ、自分が正しいと信じる生き方を貫くだけです」
……ああ、これはもういよいよ逃げ道がないかもしれない。
ライナさんが口にした、両立できない二つの望み。
そしてエイナさんが抱いている、お姉ちゃんに幸せを掴んでほしいという望み。
もし本当にエイナさんの言う通り、ライナさんが俺に好意を寄せてくれているのだとしたら、その全てを解決する方法が一つだけある。
(俺とライナさんが結婚する……)
もしそれが実現するのなら、俺にはもったいないくらいの話だし、全てが丸く納まるのかもしれない。
そしてエイナさんからの全面的な協力という、この世界で何をするにも最高に心強い、最強の後ろ盾もついてくる。
冷静に考えれば選ばない理由などなにもない選択肢だが、なぜか俺は次の言葉を。ライナさんの気持ちを確認する言葉を口に出す事ができなかった。
『ライナさんは、俺に好意を持ってくれていますか?』
この状況でそんな言葉を口にすれば、もう後には引けなくなる。
肯定されたら、いよいよ本当にプロポーズをしなければいけないだろう。
だが俺の喉は、貼り付いたように言葉を発しない。
好意を否定されるのが怖い? 自分に自信がないから? 打算が含まれている事に嫌悪感がある?
色々な可能性を考えてみるが、どれもゼロではないにせよ、そこまで強いものでもない。
じゃあどうして……。
「……お兄ちゃん、どうしたの?」
長い沈黙の後、妹の声にハッと我に返る。どうやら俺は、パンを持ったまま固まっていたらしい。
「あ……いや、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ……」
そう言って、慌てて朝食を口に運ぶ。
妹の声を聞いた時、なにか一瞬答えが見えたような気がしたが、気のせいだったのだろうか……?
大陸暦423年8月6日
現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人→25万人を森に避難中)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)
※鉱山とパークレン子爵領(大森林)の状況は不明なので、当面更新なし
旧マーカム王国回復割合 8%(南西部・ファロス大公領とその周辺貴族領)
資産 所持金 615億4841万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(パークレン鉱山運営長)
誤字報告くださった方ありがとうございます。
こっそり修正しておきました。




